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5森に住む聖人候補
833 先行者特権
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833
「ともかく、できる限り資材分の金は上乗せするからきっちり請求してくれ」
ソロスさんたち山の民にとっては、資材確保のために平地に暮らす人たちより高いお金を支払うことは常識らしい。それを割増料金を上乗せするどころかすべてサービスしてしまう私を、やっぱり世間をよく知らない子供の考えることだと、ものすごく心配してくれていた。
(私もこの世界では成人と言っていい年齢になっているんだけど、見た目はまだまだ子供なのかな。ちっさいし。きっと、子供でよく値段のことをわかっていないと思われている……たはは)
私としては、ここで儲けを出そうという目論見はなかったし、十分な報酬もいただいていると考えていたので、一度炭焼きが成功するまでのすべての資材は私持ちで良いと考えていたのだが、こうした輸送が難しい山間の集落においてはそれは過ぎたことだったのだ。
彼らにはきっと私は世間知らずに見えているのだろう。ある意味それはその通りかもしれない。
一応、この世界ではそれなりに商人としての実績も地位もある私なのだが、そんなことを知るはずもない彼らには、利益度外視のお仕事をしてしまう姿が危なっかしく見えている。みなさんの、かわいそうな子を見るようなやさしい目がツライ。
(いや、別に原価はゼロだし魔法もそう特殊なものは使っていないし、私とソーヤの人件費ぐらいなんだから、大した手間でも費用でもないと思っちゃったんだよね。でも、それは魔法ありきの魔法使いだからできることだよなぁ……面白くなっちゃって、ちょっとやりすぎちゃったよ。
工程を完璧に見せてあげたくて〝完全再現〟にこだわり過ぎた! 彼らからすれば薪の切り出しも料金が発生して当たり前の重労働なんだから、好意で済ませられるようなことじゃないんだ)
私は自分のサービス過剰を反省しつつ、それはそれとして、これからの工程についての説明を始めた。
「ではここからは煙突にも蓋をした状態で、この小さな焚き口から燃焼を促す火を中に送り込んでいきます。これは絶え間なく三日三晩行う必要があるので、交代で火を守ってください」
ともあれこれで炭焼き窯は完成、早速密閉して火を入れていく。
「ああ、それは聞いてる。こいつらとあと何人かで火の番をするよ」
「その三日三晩が過ぎる段階で煙の色が変化するので、時々煙突から確認して、それを見逃さないようにしてください。その段階になれば、あとは数日完全に蓋をして様子を見ましょう。中ではそのまま燃焼が続きますが、やがてすべてが炭になって鎮火します。空気が入ってしまうと、木は燃え尽きてしまい、炭にはならないので仕事は丁寧にお願いします」
「了解した。みんなもわかったな! これがうまくいけば薪に囲まれた部屋でメシを食わなくて良くなるんだ。しっかりやるぞ!」
「はい、ソロスさん!」
「出来上がりが楽しみですね!」
部屋に薪が山積みの冬越しはやはりストレスになっていたようで、皆さんとてもモチベーションが高くて結構だ。
(ソロスさんの指揮もしっかりしているし、みなさん真面目そうだし、これならきっとうまくいきそうね)
私とソーヤは炭焼き小屋の前に簡易的なテーブルを用意し、みんなで炭焼きの成功を祈って温かいハーブティーで乾杯した。ついでに炭焼き窯の様子を監視する間もくつろげるよう、私がこのお休み期間にせっせとDIYで作ったスツールを《生産の陣》で増やして保管しておいたものをいくつか取り出して設置。旅の途中で買ったものだと言い訳しつつ、いくつかお茶菓子も並べ、そこからはしばらく焚き口の炎の様子を見ながらソロスさんとお話しをした。話題はこの炭焼きについてだ。
「俺はこの〝炭焼き窯〟は〝先行者特権〟を取得すべき技術だと思う。メイロードさんは他の地方にはすでにあると言っていたが、この形のこれだけ大規模なものは聞いたことがない。この設計は〝メイロード式特殊炭焼き窯〟として、その権利をメイロードさんに帰属させるべきだ」
ソロスさんいう〝先行者特権〟というのは特許に近いもので、新しい技術や商品は〝商人ギルド〟に登録することで他の人がその技術をギルドを介して買えるようになり、登録者には購入された金額から一定の割合でお金が還元される仕組みだ。この〝先行者特権〟の侵害に関しての罰則はえげつないほど厳しいそうで、こんな山奥に住む人でもそのことを知っている。
(懲罰は無許可で作った商品の破壊もしくは没収。それに元値の数十倍から数百倍の懲罰金、悪質ならそれに加えて鞭打ちに投獄に長い強制労働、斬首まであるというフルコースらしい。これは相当な図太さがないとやれないよね)
実は、いままで私がいろいろとやらかしてきたことに関しては、この〝先行者特権〟の申請といった面倒そうなことはすべておじさまに丸投げにし、私の名前が出ないよう計らってもらってきた。それに多くのものは製法などを公開せず、秘匿状態の個別魔法契約で運用したり、そもそも特定の人以外には教えなかったりだったので、いままであまり気にはしてこなかった制度だ。
でもこの〝炭焼き窯〟については、寒い地方の人たちには積極的に使ってほしいと思うし、技術情報をギルドを通じて公開できる〝先行者特権〟制度は利用してみてもいいかもしれない。
「そうですね、ただ登録名にはこの集落の名前を使わせてください。〝タスマ谷式炭焼き窯〟これでどうでしょう」
私の言葉にソロスさんは、えっという顔だ。
「そりゃ、うちの集落にとってはすこぶる名誉なことだが、普通は自分の名前を入れるもんだよ、メイロードさん。それが技術者の名を上げるんだ」
(名前なんてこれ以上いちミリも上げたくないんですよ、ソロスさん)
「でもそうしたいと思います。ここで初めて作ったものですから……」
私はそういうと、納得が入っていない感じのソロスさんを見ないようにしながら、笑顔で焚き口の炎を見つめた。
「ともかく、できる限り資材分の金は上乗せするからきっちり請求してくれ」
ソロスさんたち山の民にとっては、資材確保のために平地に暮らす人たちより高いお金を支払うことは常識らしい。それを割増料金を上乗せするどころかすべてサービスしてしまう私を、やっぱり世間をよく知らない子供の考えることだと、ものすごく心配してくれていた。
(私もこの世界では成人と言っていい年齢になっているんだけど、見た目はまだまだ子供なのかな。ちっさいし。きっと、子供でよく値段のことをわかっていないと思われている……たはは)
私としては、ここで儲けを出そうという目論見はなかったし、十分な報酬もいただいていると考えていたので、一度炭焼きが成功するまでのすべての資材は私持ちで良いと考えていたのだが、こうした輸送が難しい山間の集落においてはそれは過ぎたことだったのだ。
彼らにはきっと私は世間知らずに見えているのだろう。ある意味それはその通りかもしれない。
一応、この世界ではそれなりに商人としての実績も地位もある私なのだが、そんなことを知るはずもない彼らには、利益度外視のお仕事をしてしまう姿が危なっかしく見えている。みなさんの、かわいそうな子を見るようなやさしい目がツライ。
(いや、別に原価はゼロだし魔法もそう特殊なものは使っていないし、私とソーヤの人件費ぐらいなんだから、大した手間でも費用でもないと思っちゃったんだよね。でも、それは魔法ありきの魔法使いだからできることだよなぁ……面白くなっちゃって、ちょっとやりすぎちゃったよ。
工程を完璧に見せてあげたくて〝完全再現〟にこだわり過ぎた! 彼らからすれば薪の切り出しも料金が発生して当たり前の重労働なんだから、好意で済ませられるようなことじゃないんだ)
私は自分のサービス過剰を反省しつつ、それはそれとして、これからの工程についての説明を始めた。
「ではここからは煙突にも蓋をした状態で、この小さな焚き口から燃焼を促す火を中に送り込んでいきます。これは絶え間なく三日三晩行う必要があるので、交代で火を守ってください」
ともあれこれで炭焼き窯は完成、早速密閉して火を入れていく。
「ああ、それは聞いてる。こいつらとあと何人かで火の番をするよ」
「その三日三晩が過ぎる段階で煙の色が変化するので、時々煙突から確認して、それを見逃さないようにしてください。その段階になれば、あとは数日完全に蓋をして様子を見ましょう。中ではそのまま燃焼が続きますが、やがてすべてが炭になって鎮火します。空気が入ってしまうと、木は燃え尽きてしまい、炭にはならないので仕事は丁寧にお願いします」
「了解した。みんなもわかったな! これがうまくいけば薪に囲まれた部屋でメシを食わなくて良くなるんだ。しっかりやるぞ!」
「はい、ソロスさん!」
「出来上がりが楽しみですね!」
部屋に薪が山積みの冬越しはやはりストレスになっていたようで、皆さんとてもモチベーションが高くて結構だ。
(ソロスさんの指揮もしっかりしているし、みなさん真面目そうだし、これならきっとうまくいきそうね)
私とソーヤは炭焼き小屋の前に簡易的なテーブルを用意し、みんなで炭焼きの成功を祈って温かいハーブティーで乾杯した。ついでに炭焼き窯の様子を監視する間もくつろげるよう、私がこのお休み期間にせっせとDIYで作ったスツールを《生産の陣》で増やして保管しておいたものをいくつか取り出して設置。旅の途中で買ったものだと言い訳しつつ、いくつかお茶菓子も並べ、そこからはしばらく焚き口の炎の様子を見ながらソロスさんとお話しをした。話題はこの炭焼きについてだ。
「俺はこの〝炭焼き窯〟は〝先行者特権〟を取得すべき技術だと思う。メイロードさんは他の地方にはすでにあると言っていたが、この形のこれだけ大規模なものは聞いたことがない。この設計は〝メイロード式特殊炭焼き窯〟として、その権利をメイロードさんに帰属させるべきだ」
ソロスさんいう〝先行者特権〟というのは特許に近いもので、新しい技術や商品は〝商人ギルド〟に登録することで他の人がその技術をギルドを介して買えるようになり、登録者には購入された金額から一定の割合でお金が還元される仕組みだ。この〝先行者特権〟の侵害に関しての罰則はえげつないほど厳しいそうで、こんな山奥に住む人でもそのことを知っている。
(懲罰は無許可で作った商品の破壊もしくは没収。それに元値の数十倍から数百倍の懲罰金、悪質ならそれに加えて鞭打ちに投獄に長い強制労働、斬首まであるというフルコースらしい。これは相当な図太さがないとやれないよね)
実は、いままで私がいろいろとやらかしてきたことに関しては、この〝先行者特権〟の申請といった面倒そうなことはすべておじさまに丸投げにし、私の名前が出ないよう計らってもらってきた。それに多くのものは製法などを公開せず、秘匿状態の個別魔法契約で運用したり、そもそも特定の人以外には教えなかったりだったので、いままであまり気にはしてこなかった制度だ。
でもこの〝炭焼き窯〟については、寒い地方の人たちには積極的に使ってほしいと思うし、技術情報をギルドを通じて公開できる〝先行者特権〟制度は利用してみてもいいかもしれない。
「そうですね、ただ登録名にはこの集落の名前を使わせてください。〝タスマ谷式炭焼き窯〟これでどうでしょう」
私の言葉にソロスさんは、えっという顔だ。
「そりゃ、うちの集落にとってはすこぶる名誉なことだが、普通は自分の名前を入れるもんだよ、メイロードさん。それが技術者の名を上げるんだ」
(名前なんてこれ以上いちミリも上げたくないんですよ、ソロスさん)
「でもそうしたいと思います。ここで初めて作ったものですから……」
私はそういうと、納得が入っていない感じのソロスさんを見ないようにしながら、笑顔で焚き口の炎を見つめた。
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