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5森に住む聖人候補
830 新たな依頼
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830
「メイロードさんから教わった〝石吐き病〟対策は、みんなで実践しているよ」
ソロスさんはちょっと自慢げに続けた。
「集落の集会でもしっかり話したし、掲示板にも予防法について書き出したものを貼り出したんだ。読める奴らは少ないが、それでもやらないよりはいいからな。おかげで〝ラジーネック〟も例年以上に売れてるよ。うちで作ってるジュースの人気もすごくてね。作るのが追いつかないぐらいさ」
(ああ、なるほど。それで店頭で……)
「しっかり実践されているようで、安心しました。いまは患者さんは出ていませんか?」
「ああ、それも大丈夫だ。もうこの季節だとひとりふたり出てきていてもいい時期なんだが、今年はまだ誰も罹ってないよ」
「寒くなってきて水分の摂取が減ると良くないですから、温かいものをたくさん飲んでください」
「はいはい、わかってるよ」
「〝ラジーネック〟の皮もハーブと合わせるといい飲み物になりますから、是非使ってくださいね」
「皮? なるほど、そいつは気がつかなかった。それも広めさせてもらうよ」
私は柑橘類の皮の活用法についていくつか話し、ソロスさんはそれを熱心に書き取っていた。
「それは保存食にも良さそうだな。この辺りなら甘くする材料は比較的安く手に入るから、その〝じゃむ〟とか〝ぴいる〟とかいうやつも作れるかもしれん。うまくいけば女衆のいい小遣い稼ぎにもなるかもな……いいことを教えてくれてありがとうよ」
砂糖漬けは保存食としてとても優れているし、いろいろな料理に活用できるので、きっと気に入ってくれると思う。
そこからは冬支度の大変さに話が及び、広場に積み上げられた大量の薪の話になった。
「この時期は薪の仕入れが一気に必要になるんだが、とにかくこの集落は住む者の数と集落の規模が合ってなくてね。ご覧の通り建物が密集して建てられている上に家も小さいだろう。それぞれの家にはひと冬分の薪を保管する場所がなくて大変なんだ。地下を掘って場所を作っている者たちもいるが、それはそれでなかなか大変で誰でもできるわけじゃないしな。ひどいところは部屋を半分削って薪を積み上げている有様なんだよ」
たしかに狭小住宅での地下利用はいいアイディアだが、岩盤に当たっている家では無理だし、建築にかかるお金も高額だ。さらにいえばどうしても空気の循環が悪く湿度が高くなりがちな地下は、決して薪の保管場所として最適な空間ではない。
(っていうか、地下に置くっていうなら……)
私が考えている間も、ソロスさんの嘆きは続いた。
薪は自分たちで山に入って調達する分とソロスさんを通じて外部から購入する分があるそうなのだが、みんな家に積み上げるのが嫌なので、お金を前払いして予約までしているのにギリギリまで取りにこない。おかげでソロスさんは仕方なく広場の一部を有償で借りて、予約済みの薪を積み上げているそうだ。
どちらにしろ必ず必要になり、この時期に確保しておかなければ真冬に困ることがわかっているだけに、集落全体の維持のことも考えているソロスさんとしては買い付けないわけにはいかず、広場の薪はまだまだ増やさざるを得ないらしい。
重く嵩張るだけでなく、積み上げ過ぎれば崩れ落ちたりする危険もあるのだから、保管には神経を使うようで、本当はすぐにとりにこいと言いたいところだが、事情を知るだけにそうもいかないらしい。この薪問題は、この時期から冬にかけてのソロスさん、そして集落全体の悩みの種だという。
「そういうことなら炭がいいのではないですか? 炭焼きはされないんでしょうか?」
私の言葉にソロスさんは首を捻る。
「炭? 炭っていうのは木の燃え残りだろう? 燃料とは違うだろ。それがなんなんだい?」
「生木を上手に燃やしてあげると水分だけが抜けた状態になるんですよ。でも完全に元の形を守った状態です。そうなればもちろんカサもぐっと減りますし、とっても軽くなります。それに燃えるときに煙の原因になるもの、主に水分ですけど……それが抜けてしまっているので、煙突や排気口のない場所でも、煙に悩まされずに使うことができるんですよ。しかも火力は安定して長時間燃えます」
私の言葉にソロスさんは不思議そうな顔をする。
「燃やしちまったら木は跡形も無くなっちまうんじゃないのかい? なんで形が残るんだよ」
私は現物を見せた方が早いと思い《無限回廊の扉》直結のバスケットの中からいくつか炭を取り出した。
これは私が自作したものだ。
炭の持つ独特の香りとその遠赤外線を含んだ火力は、ときに料理をとても美味しくしてくれる。特に私が作ってソーヤが大好きになった〝やきとり〟を最高に美味しくするためには、絶対に必要なアイテムだったので、この世界にきてからも探したのだが、料理に使えそうなものは手近には見つからなかった。
そのため〝炭火やきとり〟を作るときには異世界から買ったりしていたのだが、炭を作るために必要なものは、こちらの世界にもあるのだから、本来ここで作れるはずなのだ。ならば地産地消でいこうと考え、最終的には自作に踏切った。もうすでに条件を変えながら何度か試作を重ねており、ほぼ満足のいく出来のものを完成して、料理にも使っている。
(この世界でも地方によっては炭焼き文化はあるらしいんだけど、この地方では、というか大陸には木炭の文化が伝わってないみたい)
ソロスさんに見せるため机の上に並べてみせたのは、そうして私が作った炭たち。取り出したのは少しづつ違う形状の真っ黒な塊と棒状の炭。
「これが炭です。ほら、この断面は生木の断面と同じでしょう?」
「本当だ。だが、なんでこんなにしっかり形を残したままなんだ? なぜ全部燃えてしまわないんだ?」
そこから私が炭の作り方を説明するとソロスさんはそれに真剣に耳を傾けたあと、こう言った。
「頼むメイロードさん! そいつを一度作って見せてはくれないか?」
「メイロードさんから教わった〝石吐き病〟対策は、みんなで実践しているよ」
ソロスさんはちょっと自慢げに続けた。
「集落の集会でもしっかり話したし、掲示板にも予防法について書き出したものを貼り出したんだ。読める奴らは少ないが、それでもやらないよりはいいからな。おかげで〝ラジーネック〟も例年以上に売れてるよ。うちで作ってるジュースの人気もすごくてね。作るのが追いつかないぐらいさ」
(ああ、なるほど。それで店頭で……)
「しっかり実践されているようで、安心しました。いまは患者さんは出ていませんか?」
「ああ、それも大丈夫だ。もうこの季節だとひとりふたり出てきていてもいい時期なんだが、今年はまだ誰も罹ってないよ」
「寒くなってきて水分の摂取が減ると良くないですから、温かいものをたくさん飲んでください」
「はいはい、わかってるよ」
「〝ラジーネック〟の皮もハーブと合わせるといい飲み物になりますから、是非使ってくださいね」
「皮? なるほど、そいつは気がつかなかった。それも広めさせてもらうよ」
私は柑橘類の皮の活用法についていくつか話し、ソロスさんはそれを熱心に書き取っていた。
「それは保存食にも良さそうだな。この辺りなら甘くする材料は比較的安く手に入るから、その〝じゃむ〟とか〝ぴいる〟とかいうやつも作れるかもしれん。うまくいけば女衆のいい小遣い稼ぎにもなるかもな……いいことを教えてくれてありがとうよ」
砂糖漬けは保存食としてとても優れているし、いろいろな料理に活用できるので、きっと気に入ってくれると思う。
そこからは冬支度の大変さに話が及び、広場に積み上げられた大量の薪の話になった。
「この時期は薪の仕入れが一気に必要になるんだが、とにかくこの集落は住む者の数と集落の規模が合ってなくてね。ご覧の通り建物が密集して建てられている上に家も小さいだろう。それぞれの家にはひと冬分の薪を保管する場所がなくて大変なんだ。地下を掘って場所を作っている者たちもいるが、それはそれでなかなか大変で誰でもできるわけじゃないしな。ひどいところは部屋を半分削って薪を積み上げている有様なんだよ」
たしかに狭小住宅での地下利用はいいアイディアだが、岩盤に当たっている家では無理だし、建築にかかるお金も高額だ。さらにいえばどうしても空気の循環が悪く湿度が高くなりがちな地下は、決して薪の保管場所として最適な空間ではない。
(っていうか、地下に置くっていうなら……)
私が考えている間も、ソロスさんの嘆きは続いた。
薪は自分たちで山に入って調達する分とソロスさんを通じて外部から購入する分があるそうなのだが、みんな家に積み上げるのが嫌なので、お金を前払いして予約までしているのにギリギリまで取りにこない。おかげでソロスさんは仕方なく広場の一部を有償で借りて、予約済みの薪を積み上げているそうだ。
どちらにしろ必ず必要になり、この時期に確保しておかなければ真冬に困ることがわかっているだけに、集落全体の維持のことも考えているソロスさんとしては買い付けないわけにはいかず、広場の薪はまだまだ増やさざるを得ないらしい。
重く嵩張るだけでなく、積み上げ過ぎれば崩れ落ちたりする危険もあるのだから、保管には神経を使うようで、本当はすぐにとりにこいと言いたいところだが、事情を知るだけにそうもいかないらしい。この薪問題は、この時期から冬にかけてのソロスさん、そして集落全体の悩みの種だという。
「そういうことなら炭がいいのではないですか? 炭焼きはされないんでしょうか?」
私の言葉にソロスさんは首を捻る。
「炭? 炭っていうのは木の燃え残りだろう? 燃料とは違うだろ。それがなんなんだい?」
「生木を上手に燃やしてあげると水分だけが抜けた状態になるんですよ。でも完全に元の形を守った状態です。そうなればもちろんカサもぐっと減りますし、とっても軽くなります。それに燃えるときに煙の原因になるもの、主に水分ですけど……それが抜けてしまっているので、煙突や排気口のない場所でも、煙に悩まされずに使うことができるんですよ。しかも火力は安定して長時間燃えます」
私の言葉にソロスさんは不思議そうな顔をする。
「燃やしちまったら木は跡形も無くなっちまうんじゃないのかい? なんで形が残るんだよ」
私は現物を見せた方が早いと思い《無限回廊の扉》直結のバスケットの中からいくつか炭を取り出した。
これは私が自作したものだ。
炭の持つ独特の香りとその遠赤外線を含んだ火力は、ときに料理をとても美味しくしてくれる。特に私が作ってソーヤが大好きになった〝やきとり〟を最高に美味しくするためには、絶対に必要なアイテムだったので、この世界にきてからも探したのだが、料理に使えそうなものは手近には見つからなかった。
そのため〝炭火やきとり〟を作るときには異世界から買ったりしていたのだが、炭を作るために必要なものは、こちらの世界にもあるのだから、本来ここで作れるはずなのだ。ならば地産地消でいこうと考え、最終的には自作に踏切った。もうすでに条件を変えながら何度か試作を重ねており、ほぼ満足のいく出来のものを完成して、料理にも使っている。
(この世界でも地方によっては炭焼き文化はあるらしいんだけど、この地方では、というか大陸には木炭の文化が伝わってないみたい)
ソロスさんに見せるため机の上に並べてみせたのは、そうして私が作った炭たち。取り出したのは少しづつ違う形状の真っ黒な塊と棒状の炭。
「これが炭です。ほら、この断面は生木の断面と同じでしょう?」
「本当だ。だが、なんでこんなにしっかり形を残したままなんだ? なぜ全部燃えてしまわないんだ?」
そこから私が炭の作り方を説明するとソロスさんはそれに真剣に耳を傾けたあと、こう言った。
「頼むメイロードさん! そいつを一度作って見せてはくれないか?」
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