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5森に住む聖人候補
829 再び集落へ
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829
一ヶ月半ほどたったところで、タスマ村集落をもう一度訪れてみることにした。
私が住む山岳地帯にも、そろそろ冬の気配が忍び寄って来ている。積雪も多く寒さの厳しい山間部では、寒くなり始めるこの時期から徐々に往来が減っていき、本格的な冬の間はほぼ交易のための道も閉ざされる。きっとどの集落もいまごろは冬支度に忙しくしているだろう。
私も本格的な冬が訪れれば、ただの薬師見習いという設定で活動している以上、実際はなんの問題もなく一瞬で移動できてしまうとはいえ、深い山奥から集落へと至る険しい山道を往復するわけにはいかない。そんなことをしたら、それこそどんな超人だと驚かれてしまう。
なので集落へ行ける時期は冬になる前のこの時期を逃すと、かなり先になってしまう。それに私の納品した商品の売れ行きと〝石吐き病〟の対策がどうなったのかも気になる。いまのうちにもう一度訪れておくのがいい、と判断したわけだ。
いつものように集落近くの森に隠して設置している《無限回廊の扉》を使って、入り口の扉まで十分少々で到着。
もちろん今回も顔が判別がしにくい無個性な人物になるように、ギッチギチに魔法をかけていったのだが、残念ながら効果はあまりなかった。一ヶ月半ほど前に、しかもたった一度しか訪れていないというのに、もうすでに服装と身長だけで私であることがわかってしまうほどに〝チビ薬師〟の存在は村で有名になってしまっていたのだ。
(みんなが私を知っているってことは〝石吐き病〟の対策もしっかり集落の人たちに広まったってことだから、いいこと……だよね。うん、そう思っておこう!)
おかげで顔も朧げな無個性な人物であるはずなのに、出会う人たちはみなさんもれなく丁寧にお辞儀をしてくれ〝薬師様〟と敬ってくれる。
(うーん、手間も魔法力もかなりかけてるのに悲しいほどに効果が薄い。自分のやらかしが原因とはいえ、目立つことをしてしまったいまとなっては、あまり魔法の意味がないよぉ……)
とはいえ、これ以上私の特徴を公にするのも憚られるので隠蔽魔法は続行する。
まず向かったソロスさんのお店は相変わらず、店の外まで品物でいっぱいだった。冬に備えてむしろ商品が増えている感じさえする。店前では、今日は従業員らしき人が外で何やら作業をしていた。この間休みだった人だろうか。見れば大量の〝ラジーネック〟を木製の絞り機で一生懸命絞っているみたいだ。
「ごせいがでますね。ソロスさんはいらっしゃいますか?」
「ああ、チビ……失礼しました、薬師様! ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください」
(そうですか……私の通り名は〝チビ薬師〟ですか)
そう心で思い、微妙に傷つきつつも笑顔で私はお店の中に入っていった。
「ああ、メイロードさん! よく来てくれました。春まで来てくれなかったらどうしようかと思っていましたよ」
私の姿を見つけたソロスさんは満面の笑みで迎えてくれた。
「お久しぶりです。冬になる前に一度ご挨拶をと思いまして。その後、いかがでしたか?」
ソロスさんは、すぐに椅子を用意してくれ、ラジーネックのジュースと木の実を出してくれた。精一杯おもてなしをしようとしてくれている様子で、私はそんなに気を使わなくていいのにとも思ったが、ソロスさんがとても嬉しそうだったので、あえて言わず大人しく歓待を受けた。
「実は〝キズバンド〟がですね。一週間と経たないうちに完売しちまったんですよ。売れるとは思ってましたが、どこから噂が広まったのか、次の日にはもうかなりの枚数が捌けちまいましてね。本当にあっという間に売り切れになってしまったんですよ」
おそらく〝キズバンド〟の効果に関する噂の火元は前回私が泊まった〝谷間の憩い〟亭の従業員の皆さんだろう。どうやらあのときの販促用〝キズバンド〟から評判が広まったようだ。私のちょっとした宣伝活動は、うまくいきすぎてしまったらしい。
「では冬場の分を一括でと考えると、かなりの数が入りますね」
「ああ、まずは前回の三倍、できれば五倍は欲しいんだが、無理かね?」
少しすまなそうにしているソロスさんに私がなんとかなると告げると、そのなかなかいかついお顔はパッと明るくなった。
「そうかい。助かるよ。この時期は特に冬支度の手仕事が多いからあれの需要はさらに増えていくだろうしな」
そう言いながらソロスさんは早速発注書を書き始めた。こうしてちゃんと発注書がもらえるということは、〝お試し〟ではなく、正式な取引相手として認められたということだ。
となれば、ここからはシビアな取引条件の交渉となる。今回のように取引数が増えれば値段の割引交渉もありえたが、確実に売れる上にみんなの役に立つ商品のため、いまは数を揃えてもらえるだけでもありがたいと言ってもらえて、前回と同額でとすぐに決まった。それに加えて、私が前回卸した他の薬もみんな三倍増しの発注なので、かなりの量だ。
「随分仕入れますね。結構な額になりますが……」
「メイロードさんの薬はものすごく評判が良くてね。これでも少ないぐらいさ」
「それは嬉しいですね。では、明日には揃えて納品しますね」
「おお、メイロードさんは仕事が早いねぇ。助かるよ」
そこからは従業員の方が入れてくれたあたたかいハーブティーを飲みながらしばし談笑。
だが、この談笑から私は思いもかけなかった新たな仕事を受注してしまうことになったのだった。
一ヶ月半ほどたったところで、タスマ村集落をもう一度訪れてみることにした。
私が住む山岳地帯にも、そろそろ冬の気配が忍び寄って来ている。積雪も多く寒さの厳しい山間部では、寒くなり始めるこの時期から徐々に往来が減っていき、本格的な冬の間はほぼ交易のための道も閉ざされる。きっとどの集落もいまごろは冬支度に忙しくしているだろう。
私も本格的な冬が訪れれば、ただの薬師見習いという設定で活動している以上、実際はなんの問題もなく一瞬で移動できてしまうとはいえ、深い山奥から集落へと至る険しい山道を往復するわけにはいかない。そんなことをしたら、それこそどんな超人だと驚かれてしまう。
なので集落へ行ける時期は冬になる前のこの時期を逃すと、かなり先になってしまう。それに私の納品した商品の売れ行きと〝石吐き病〟の対策がどうなったのかも気になる。いまのうちにもう一度訪れておくのがいい、と判断したわけだ。
いつものように集落近くの森に隠して設置している《無限回廊の扉》を使って、入り口の扉まで十分少々で到着。
もちろん今回も顔が判別がしにくい無個性な人物になるように、ギッチギチに魔法をかけていったのだが、残念ながら効果はあまりなかった。一ヶ月半ほど前に、しかもたった一度しか訪れていないというのに、もうすでに服装と身長だけで私であることがわかってしまうほどに〝チビ薬師〟の存在は村で有名になってしまっていたのだ。
(みんなが私を知っているってことは〝石吐き病〟の対策もしっかり集落の人たちに広まったってことだから、いいこと……だよね。うん、そう思っておこう!)
おかげで顔も朧げな無個性な人物であるはずなのに、出会う人たちはみなさんもれなく丁寧にお辞儀をしてくれ〝薬師様〟と敬ってくれる。
(うーん、手間も魔法力もかなりかけてるのに悲しいほどに効果が薄い。自分のやらかしが原因とはいえ、目立つことをしてしまったいまとなっては、あまり魔法の意味がないよぉ……)
とはいえ、これ以上私の特徴を公にするのも憚られるので隠蔽魔法は続行する。
まず向かったソロスさんのお店は相変わらず、店の外まで品物でいっぱいだった。冬に備えてむしろ商品が増えている感じさえする。店前では、今日は従業員らしき人が外で何やら作業をしていた。この間休みだった人だろうか。見れば大量の〝ラジーネック〟を木製の絞り機で一生懸命絞っているみたいだ。
「ごせいがでますね。ソロスさんはいらっしゃいますか?」
「ああ、チビ……失礼しました、薬師様! ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください」
(そうですか……私の通り名は〝チビ薬師〟ですか)
そう心で思い、微妙に傷つきつつも笑顔で私はお店の中に入っていった。
「ああ、メイロードさん! よく来てくれました。春まで来てくれなかったらどうしようかと思っていましたよ」
私の姿を見つけたソロスさんは満面の笑みで迎えてくれた。
「お久しぶりです。冬になる前に一度ご挨拶をと思いまして。その後、いかがでしたか?」
ソロスさんは、すぐに椅子を用意してくれ、ラジーネックのジュースと木の実を出してくれた。精一杯おもてなしをしようとしてくれている様子で、私はそんなに気を使わなくていいのにとも思ったが、ソロスさんがとても嬉しそうだったので、あえて言わず大人しく歓待を受けた。
「実は〝キズバンド〟がですね。一週間と経たないうちに完売しちまったんですよ。売れるとは思ってましたが、どこから噂が広まったのか、次の日にはもうかなりの枚数が捌けちまいましてね。本当にあっという間に売り切れになってしまったんですよ」
おそらく〝キズバンド〟の効果に関する噂の火元は前回私が泊まった〝谷間の憩い〟亭の従業員の皆さんだろう。どうやらあのときの販促用〝キズバンド〟から評判が広まったようだ。私のちょっとした宣伝活動は、うまくいきすぎてしまったらしい。
「では冬場の分を一括でと考えると、かなりの数が入りますね」
「ああ、まずは前回の三倍、できれば五倍は欲しいんだが、無理かね?」
少しすまなそうにしているソロスさんに私がなんとかなると告げると、そのなかなかいかついお顔はパッと明るくなった。
「そうかい。助かるよ。この時期は特に冬支度の手仕事が多いからあれの需要はさらに増えていくだろうしな」
そう言いながらソロスさんは早速発注書を書き始めた。こうしてちゃんと発注書がもらえるということは、〝お試し〟ではなく、正式な取引相手として認められたということだ。
となれば、ここからはシビアな取引条件の交渉となる。今回のように取引数が増えれば値段の割引交渉もありえたが、確実に売れる上にみんなの役に立つ商品のため、いまは数を揃えてもらえるだけでもありがたいと言ってもらえて、前回と同額でとすぐに決まった。それに加えて、私が前回卸した他の薬もみんな三倍増しの発注なので、かなりの量だ。
「随分仕入れますね。結構な額になりますが……」
「メイロードさんの薬はものすごく評判が良くてね。これでも少ないぐらいさ」
「それは嬉しいですね。では、明日には揃えて納品しますね」
「おお、メイロードさんは仕事が早いねぇ。助かるよ」
そこからは従業員の方が入れてくれたあたたかいハーブティーを飲みながらしばし談笑。
だが、この談笑から私は思いもかけなかった新たな仕事を受注してしまうことになったのだった。
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