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4 聖人候補の領地経営

788 ルミナーレ様御一行

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公式の場でない場合、貴婦人は言葉の代わりに、目配せをして相手に微笑みかけつつ手を少し向けることで、立場が下の者に先に発言するよう促す。いままさにそうされた高貴な方の仕草を読み取ったお出迎え代表の私は、まずは恭しく例を取ってから、あまり堅苦しくならないよう話を始めた。

「遙に遠き帝都より、ようこそイスへおいで下さいました。心よりと敬愛と歓迎を高貴なる御身に捧げます。久しぶりにお会いすることができて嬉しいです」

天舟アマフネ〟の降り立った場所から移動用の馬車までは、赤い絨毯を敷き詰め、その上に花を散らし、タラップの左右、馬車の左右にも大きな花籠に生けられたゴージャスな花を置き、正装に身を包んだ多くの警備兵も配置している。なかなかに凝ったセッティングだが、今回のお客様はそれに相応しい賓客だ。

私は笑顔で、抱えていた白を基調とした花束を恭しく手渡す。

「まぁ、メイロード、私もよ。久しぶりに会えて本当に嬉しいわ。素敵なお出迎えね。ああ、いいわ。とても良い香り……ありがとう」

天舟アマフネ〟から降り立ったルミナーレ様は、いつものようにお美しい聖母のような柔らかな笑顔で私を見つめる。

「本来であればサイデムおじさまがお出迎えすべきところなのでございますが、所持多忙でどうしてもお出迎えの時間と予定が合わず本当に申し訳ございません。このお花はおじさまからのせめてもの歓迎の印でございます」

ドール侯爵家は、シド帝国の中枢で辣腕を振るう最も勢いのある大貴族というだけでなく、おじさまや私にとってはアウェイであるパレスでの強力な後ろ盾であり、顧客でもあり、おじさまとドール参謀は、それを超えたまるで親友のような間柄までも築いてきた。そして私にも家族のように接してくださる奥様、お嬢様を含めとても大事な方々だ。

本来であれば、絶対おじさまはお出迎えに来なくてはならないお相手だが、実は〝天舟アマフネ〟というやつは、気候の影響をとても受けやすく、天候によって到着時間にかなり幅ができてしまう。パレス・イス間の長距離だと半日ぐらいズレることは珍しくないのだ。

さすがにあのお忙しいおじさまを、このために長時間拘束しておくことは無理と判断した秘書の方から、緊急連絡が私のところにあったのは一週間ほど前のことだ。

このままでは、長時間の待ち時間に対応できるような融通の聞くスケジュールでは動いていないおじさまは、お出迎えに遅刻するかも知れず、最悪出迎えに行けないというとんでもなく失礼な状況になる可能性が高い。

サイデムおじさまもかなり悩まれているご様子で、いろいろと方策を考えたらしいが結局いい案は思いつけなかったらしい。で、ルミナーレ様に不快感を与えず気持ちよく降り立っていただくことのできるただひとりの名代として、どうかイスへおいで願えないだろうかと、半泣きの《伝令》が私のもとに届いたわけだ。

「このようなことをお忙しいメイロードさまにお願いいたしますことは、誠に心苦しいのでございますが、メイロードさま以上にイスでドール侯爵家の皆様方と親しい間柄の方はいらっしゃらないのでございます。どうかお願いできませんでしょうか。もしご承知いただけるようでしたらその旨をドール侯爵夫人にお伝えし、メイロードさまをサイデム商会の〝天舟アマフネ〟にて、ご領地までお迎えに参上いたします」

その切羽詰まっている《伝令》の口調に気の毒になった私は、すぐに返事をした。

「〝天舟アマフネ〟でのお迎えは大丈夫です。ちょうど仕事も落ち着いておりますし、おじさまにも会いに行こうかと考えていたところなので、こちらから向かいます。おじさまの名代、お引き受けいたしましょう。ルミナーレさまの観光に数日お付き合いしても構いませんよ」

私の即座に返した《伝令》に、もう半泣きを超えて全泣きの《伝令》でお礼が来たのには苦笑したが、おじさまにもルミナーレ様にも恩のある身だ。ここでお返しできるのなら、数日のアテンドなどさして難しいことではない。

なんでもルミナーレ様は、アリーシア様とではなく、貴族のご令嬢数名とともに来られるとのことだ。

(まぁ、アリーシア様はこの間私のところに来られたばかりだからね)

「どうもこれは〝お見合い旅行〟のようでございますね」

私が《伝令》で伝えられたことと、イスに行く話をすると、キッペイが少し含み笑いをしながらそう言った。

キッペイによると、昔からサイデムおじさまのところには、山のように見合いの話が来ていたのだそうだ。それに対し丁重な断りを入れることも秘書の仕事だったという。

「サイデム様が男爵になられたことで、逆に平民の富裕層からの圧力が減って少し楽になったとお聞きしていたのですが、今度は遥かパレスから貴族のご令嬢が送り込まれてきましたか。サイデム様も、もういい加減観念された方がむしろお楽なのではないでしょうか」

キッペイがうんざりした顔をしているところをみると、この問題なかなか根深そうだ。

「そうよねぇ、おじさまもいいお年だもの。独身でいるのも面倒よね。おじさまがお心を惹かれるような、いい方がいらっしゃればいいのだけど……さすがにこればっかりは……」

おじさまがいまでもメイロードの母、親友アーサーの妻となった幼馴染ライラだけを思い続けているらしいと、私には察しがついているので、それでもおじさまが妻としたいと思うような女性が見つかるかどうかについては懐疑的だ。

(ここまで結婚せずにきた、頑固者の純情中年だからなぁ。とはいえ、紹介者がルミナーレ様ではさすがのおじさまも簡単に断るわけにはいかないよね。それで、お見合いツアーを受け入れたわけね)

「まぁ、いらしてくださった方々に、おじさまについてなるべく正確な情報をお伝えするのが私の役割かなぁ。そのつもりで頑張ってみるわ」
「ふふ、それがよろしいかと思います。きっとメイロードさま以上にサイデム様のことをわかっていらっしゃる方はいらっしゃいませんからね。天下一の大商人に相応しい、良きご伴侶が見つかることをお祈りしておきますよ」
「あー、その口振り、絶対無理だと思ってない?」
「さぁ、どうでしょう」

キッペイは私がイスに行く前に目を通すべき書類を準備しながら、意味深な顔で笑っている。

(おじさまには幸せでいて欲しいから協力は惜しまないけど、どうなんだろうなぁ……)

こうして、私はおじさまの名代としてにこやかにお見合いツアーご一行様を出迎え、サイデムおじさまをめぐるお見合い大作戦の渦中へと入っていくことになったのだった。

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