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4 聖人候補の領地経営
782 秘密の治癒法
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782
私は《無限回廊の扉》を開くと、そこからまず大きなタライを取り出した。
(保存食作りに使うタライだけど、いまはそんなことを言ってられないしね)
そのタライは小さな皇女様の躰なら十分入れる大きさがあったので、博士にその中へ皇女様を運んでもらった。頭はタライのふちにかけるようにしたので、痛くないように首元にはタオルを置いてクッションにして、なるべく楽な体勢が取れるよう慎重に寝かせる。お姫様の手は本当に冷たくて、何日も苦しんできているお顔は青白く見えるほど真っ白、まさに血の気が失せた状態だった。誰の目にも、いつその命が尽きてもおかしくない、そんな状態に見える。
「では……いきます。《生産の陣》」
私はそのタライの上に万能複製スキル《生産の陣》を展開するとあるものを作り始めた。頭上に浮かんだ光る球体からは、すぐに不思議な青みを帯びた究極の回復薬がサラサラと音を立て、姫の眠るタライに流れ始める。
(〝エリクサー〟を大量製造しているこの姿は、さすがに誰にも見せたくないもんね。グッケンス博士が人払いしてくれてよかったぁ)
万能回復薬〝エリクサー〟は、皮膚からの吸収も可能で、こうして躰にかけても経口摂取したときと同様の効果がある。いまの状態のレジェーナ姫に経口で薬を飲ませることは難しいと思われたので、私はこのやり方を取ることにしたのだ。
《生産の陣》と《無限回廊の扉》そして〝エリクサー〟の無限生成……私のできるとんでも技術をいくつも開示してしまうことのなる〝エリクサー風呂〟を使った治療。
(さすがにヤバ過ぎるやり方だってことぐらいはわかるから、博士に相談したんだよね)
呪いの供給元は絶ったものの、すでに皇女様の中に根を張っている〝呪〟が、どのぐらいの抵抗をするのかは予想がつかなかった。そこで、このとんでも薬風呂を使うことで大量の〝エリクサー〟を対象に浴びせ続けて、敵の反撃を一気に潰しまくり撲滅してしまおうという作戦だ。
案の定、皇女様の胸の付近からは絶え間なく黒い霧のようなものが立ち上り続けたが、供給元が絶たれているおかげで徐々にその勢いは弱まっていき、三十分ほど様子を見ていると、遂に黒い霧は完全に見えなくなった。ここまでくれば、再び悪化することはもうないだろう。
作戦は成功。お姫様は命の危険を脱したのだが、ここでいきなり目覚められると、姫を驚かせてしまうだろうし、説明やら何やらいろいろと面倒なことになりそうだったので、一時的に軽く《闇夢》を使って姫には眠ってもらい、経過観察を続行した。
「よくよく確認しましたが、もう悪いものの影はどこにもありません。どうやら姫の中の〝呪〟はすべて駆逐できたようです」
私の言葉にうなづいた博士は、皇女様を再びベッドへと戻す。不思議なことに《エリクサー》に浸かっていたレジェーナ姫の寝巻きからはすぐにエリクサーの色は消え、躰が濡れている様子もなかった。
(不思議な薬よねぇ……)
タライを片付け、念のために入り口に展開してあった《物理結界》を解くと、すぐにたくさんの薬を抱えた侍従長とメイド長が駆け込んできたが、ふたりは血の気を取り戻し穏やかな顔で眠っているレジェーナ姫の姿に、ヘナヘナとその場で膝をついた。
「ご苦労だったな。皇女は無事だ。どうやらなんとかなったようじゃ。呪詛の影響はもう心配せずともよいじゃろう」
博士の言葉に、入り口にいた召使いたちも皆涙目だ。
「すぐに控え室の皆様にお知らせをしなくては!」
なんとか立ち上がった侍従長はすぐに大泣きしていた侍女のひとりを呼び止め、姫の回復を伝えるよう指示を出した。
ほどなくして地響きとともに全速力でたくさんの人たちが駆けてくる音が聞こえ、息を切らした皇族の皆さんが姫のそばへと駆け寄った。
「ああ、レジェーナ……レジェーナ!」
「おお、すっかり元の顔色ではないか! よかった……よかった!」
皇太子妃が愛娘の頬に触れると、姫はお昼寝から目覚めたような様子で目を開け、にっこりと微笑みながらが一同を見て、不思議そうな顔をしている。彼女は自分に何が起こったのかよくわかっていないのだろう。きっと両親や皆に、涙目で取り囲まれている状況に驚いているに違いない。
「大丈夫だ、レジェーナ。お前の悪い病気はもう治った。いまは、もう少し眠っておくといい」
ゼン皇子は涙の浮かんだ目で、やさしく娘に微笑み、
「はい、おとうさま」
と言ったあと、レジェーナ姫は幸せそうに目を閉じた。
娘の寝顔をしばらく見つめていたゼン皇子は、涙を拭ってからグッケンス博士の前に立ち、深々と頭を下げた。
「偉大なる大魔法使いグッケンス博士に心より感謝申し上げる。あなたがいらっしゃらなければ、私たちは間違いなくわが家の宝レジェーナを失っていただろう。この恩にはいかようにも報いよう。ああ、本当に助かったのだな……ありがとう、ありがとうございます、グッケンス博士!」
ゼン皇子の言葉にうなづいた博士はチラリと私の方を見たが、私は目で〝絶対に私のことに触れてくれるな!〟と小さく首を振った。博士は釈然としない顔はしたものの、私の意向はわかってくれたようで、そこからは今回の事件の究明に話を移してくれた。
「これから、今回の病の原因について話すが、どうやって皇女を癒したかについては、わしの秘術も関わっている事柄であるから、詳しくは聞いてくれるな。わしの望みはそれだけだ。よいか?」
「はい。承知いたしました」
真剣な表情でゼン皇子はうなずく。その頃には、ドール参謀も駆けつけてきたので、説明をしながらレジェーナ姫の居間へと移動しつつ、博士は話し続けた。
「簡単に言えば、今回の病の原因は呪詛だ。そして、禍々しく強い〝呪〟を垂れ流していたのはアレで間違いあるまい」
博士の指さす先には、素晴らしい装飾が施された美しい鳥籠、そしてその中の長い虹色の羽と尾びれをした貴重な鳥。
「この〝虹彩鳥〟が!」
「ああ、警戒はせんでいい。いまは結界で強固に封じてあるゆえ、外部への影響はない」
それでもいまにも〝虹彩鳥〟を切って捨てそうな勢いのゼン皇子を、博士が止めた。
「馬鹿者が! よく見るがよい、すでにこれは結界の中に何重にも囚われておると言っておろうが! 下手に手を出せば傷つくのはお前だ! 冷静になりなされ、ゼン皇子!」
博士の一喝に、ゼン皇子はハッとし、うなだれた。そこで、ドール参謀が博士を促す。
「どうぞ、現段階での博士のご考察をお聞かせください。お願いいたします」
私は《無限回廊の扉》を開くと、そこからまず大きなタライを取り出した。
(保存食作りに使うタライだけど、いまはそんなことを言ってられないしね)
そのタライは小さな皇女様の躰なら十分入れる大きさがあったので、博士にその中へ皇女様を運んでもらった。頭はタライのふちにかけるようにしたので、痛くないように首元にはタオルを置いてクッションにして、なるべく楽な体勢が取れるよう慎重に寝かせる。お姫様の手は本当に冷たくて、何日も苦しんできているお顔は青白く見えるほど真っ白、まさに血の気が失せた状態だった。誰の目にも、いつその命が尽きてもおかしくない、そんな状態に見える。
「では……いきます。《生産の陣》」
私はそのタライの上に万能複製スキル《生産の陣》を展開するとあるものを作り始めた。頭上に浮かんだ光る球体からは、すぐに不思議な青みを帯びた究極の回復薬がサラサラと音を立て、姫の眠るタライに流れ始める。
(〝エリクサー〟を大量製造しているこの姿は、さすがに誰にも見せたくないもんね。グッケンス博士が人払いしてくれてよかったぁ)
万能回復薬〝エリクサー〟は、皮膚からの吸収も可能で、こうして躰にかけても経口摂取したときと同様の効果がある。いまの状態のレジェーナ姫に経口で薬を飲ませることは難しいと思われたので、私はこのやり方を取ることにしたのだ。
《生産の陣》と《無限回廊の扉》そして〝エリクサー〟の無限生成……私のできるとんでも技術をいくつも開示してしまうことのなる〝エリクサー風呂〟を使った治療。
(さすがにヤバ過ぎるやり方だってことぐらいはわかるから、博士に相談したんだよね)
呪いの供給元は絶ったものの、すでに皇女様の中に根を張っている〝呪〟が、どのぐらいの抵抗をするのかは予想がつかなかった。そこで、このとんでも薬風呂を使うことで大量の〝エリクサー〟を対象に浴びせ続けて、敵の反撃を一気に潰しまくり撲滅してしまおうという作戦だ。
案の定、皇女様の胸の付近からは絶え間なく黒い霧のようなものが立ち上り続けたが、供給元が絶たれているおかげで徐々にその勢いは弱まっていき、三十分ほど様子を見ていると、遂に黒い霧は完全に見えなくなった。ここまでくれば、再び悪化することはもうないだろう。
作戦は成功。お姫様は命の危険を脱したのだが、ここでいきなり目覚められると、姫を驚かせてしまうだろうし、説明やら何やらいろいろと面倒なことになりそうだったので、一時的に軽く《闇夢》を使って姫には眠ってもらい、経過観察を続行した。
「よくよく確認しましたが、もう悪いものの影はどこにもありません。どうやら姫の中の〝呪〟はすべて駆逐できたようです」
私の言葉にうなづいた博士は、皇女様を再びベッドへと戻す。不思議なことに《エリクサー》に浸かっていたレジェーナ姫の寝巻きからはすぐにエリクサーの色は消え、躰が濡れている様子もなかった。
(不思議な薬よねぇ……)
タライを片付け、念のために入り口に展開してあった《物理結界》を解くと、すぐにたくさんの薬を抱えた侍従長とメイド長が駆け込んできたが、ふたりは血の気を取り戻し穏やかな顔で眠っているレジェーナ姫の姿に、ヘナヘナとその場で膝をついた。
「ご苦労だったな。皇女は無事だ。どうやらなんとかなったようじゃ。呪詛の影響はもう心配せずともよいじゃろう」
博士の言葉に、入り口にいた召使いたちも皆涙目だ。
「すぐに控え室の皆様にお知らせをしなくては!」
なんとか立ち上がった侍従長はすぐに大泣きしていた侍女のひとりを呼び止め、姫の回復を伝えるよう指示を出した。
ほどなくして地響きとともに全速力でたくさんの人たちが駆けてくる音が聞こえ、息を切らした皇族の皆さんが姫のそばへと駆け寄った。
「ああ、レジェーナ……レジェーナ!」
「おお、すっかり元の顔色ではないか! よかった……よかった!」
皇太子妃が愛娘の頬に触れると、姫はお昼寝から目覚めたような様子で目を開け、にっこりと微笑みながらが一同を見て、不思議そうな顔をしている。彼女は自分に何が起こったのかよくわかっていないのだろう。きっと両親や皆に、涙目で取り囲まれている状況に驚いているに違いない。
「大丈夫だ、レジェーナ。お前の悪い病気はもう治った。いまは、もう少し眠っておくといい」
ゼン皇子は涙の浮かんだ目で、やさしく娘に微笑み、
「はい、おとうさま」
と言ったあと、レジェーナ姫は幸せそうに目を閉じた。
娘の寝顔をしばらく見つめていたゼン皇子は、涙を拭ってからグッケンス博士の前に立ち、深々と頭を下げた。
「偉大なる大魔法使いグッケンス博士に心より感謝申し上げる。あなたがいらっしゃらなければ、私たちは間違いなくわが家の宝レジェーナを失っていただろう。この恩にはいかようにも報いよう。ああ、本当に助かったのだな……ありがとう、ありがとうございます、グッケンス博士!」
ゼン皇子の言葉にうなづいた博士はチラリと私の方を見たが、私は目で〝絶対に私のことに触れてくれるな!〟と小さく首を振った。博士は釈然としない顔はしたものの、私の意向はわかってくれたようで、そこからは今回の事件の究明に話を移してくれた。
「これから、今回の病の原因について話すが、どうやって皇女を癒したかについては、わしの秘術も関わっている事柄であるから、詳しくは聞いてくれるな。わしの望みはそれだけだ。よいか?」
「はい。承知いたしました」
真剣な表情でゼン皇子はうなずく。その頃には、ドール参謀も駆けつけてきたので、説明をしながらレジェーナ姫の居間へと移動しつつ、博士は話し続けた。
「簡単に言えば、今回の病の原因は呪詛だ。そして、禍々しく強い〝呪〟を垂れ流していたのはアレで間違いあるまい」
博士の指さす先には、素晴らしい装飾が施された美しい鳥籠、そしてその中の長い虹色の羽と尾びれをした貴重な鳥。
「この〝虹彩鳥〟が!」
「ああ、警戒はせんでいい。いまは結界で強固に封じてあるゆえ、外部への影響はない」
それでもいまにも〝虹彩鳥〟を切って捨てそうな勢いのゼン皇子を、博士が止めた。
「馬鹿者が! よく見るがよい、すでにこれは結界の中に何重にも囚われておると言っておろうが! 下手に手を出せば傷つくのはお前だ! 冷静になりなされ、ゼン皇子!」
博士の一喝に、ゼン皇子はハッとし、うなだれた。そこで、ドール参謀が博士を促す。
「どうぞ、現段階での博士のご考察をお聞かせください。お願いいたします」
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