588 / 832
4 聖人候補の領地経営
777 綺麗な妖精さんはお好きですか?
しおりを挟む
777
「役所へ来る人が倍増?」
私は今日も今日とて楽になったとはいえ、決してなくなることはない書類仕事を領主館でしている。
「守護妖精の皆さんは、確かに即戦力になってくれています。読み書きは完璧ですし、妖精の間での意識共有のおかげで、必要な情報が瞬時に全員に伝えられるので、仕事を覚える速度も信じられないほど早いですし、事務処理ももう他の文官たちを超える速度でこなしてます。それに、メイロードさまの薫陶のおかげか、住民の方々にも大変評判がよろしくてですね……」
「?」
そう言うキッペイの顔には、不思議な笑いが浮かんでいる。
妖精さん同士ということもあって、接客の先輩であるセーヤとソーヤを講師とし住民たちに対する接し方の指導をお願いしたのだが、ふたりの指導の基本は、最初に私がセーヤ・ソーヤに伝えた〝お客様を私だと思って接する〟というルールに準じたものだった。
それを守護妖精たちは忠実に守り、それは丁寧な接客態度で役所での仕事をしてくれている。
私の依頼を受けたこの臨時の妖精職員五十名は、領内の公共施設に分散して配属された。半分は内勤、もう半分は住民との接触の多い申請窓口などの業務なのだが、彼らの登場で役所の窓口は一気に華やかになった。
私はあまり気にしていなかったのだが、もともと花の妖精である彼らは超のつく美形揃い、しかも近づけば優しい花の香りをふんわりとさせているという優雅さ。そんな妖精さんが、丁寧に大切に扱ってくれるとあって、住民たちからは大好評なのだが、大好評が過ぎている面があるらしい。
「世の中には馬鹿な男どもが多いってことですよ」
キッペイはやれやれと言う顔をしながら、説明してくれた。
実の所、守護妖精たちに厳密な性別はないのだが、基本的に花の妖精たちは女性的でスレンダーな容姿をしている。そのため人間からすると、やたらと別嬪の女性に見えるわけだ。それが、大切な人に対するような丁寧さで笑顔をいつも向けながら接してくれる。こうなると、女慣れしていない勘違い連中が沸いてしまう、ということらしい。
腕っ節に自信のある男たちの中には、役所の中で守護妖精たちに強引な口説きを始める輩も出てきたそうで、他の人たちの迷惑になる連中も現れたらしい。
「それは良くないね。それじゃ、妖精さんたちには内勤にまわってもらった方がいいのかな……」
私は思わぬ事態にどうしようかと考え始めたが、キッペイによるとそれもほぼ解決済みだそうだ。
ある男が、用事もないのに役所へ日参していた。冒険者らしく筋骨隆々としたこの大男は、住民サービスの窓口対応をしていた守護妖精のひとり〝ネルケ〟に完全に惚れていて、声高に〝こんなところで働くよりいい生活をさせてやる〟とか、〝俺はこの街で一番強い冒険者だ〟とか、言い募っていた。
ネルケは、もちろん親切丁寧に対応を続けていたが、申請窓口に陣取って睨みを効かせ、男性客を威嚇するという彼の態度はすぐさま問題となった。その態度と大声に他の住民たちが怯える様子を危険だと感じたネルケは、念話を使い妖精ネットワークで相談。すぐさまこれを〝排除対象因子〟と判断した。
すっとネルケは窓口から離れ、フロアに出ていく。窓口から出てきたネルケを、相変わらずしつこく追い回し、その肩に触ろうとする大男。いつもならば軽くかわしていたネルケ、だが今回は違った。大男の腕を掴むと、そのか細い腕からは信じられない腕力で、笑顔のままその腕をねじり上げた。
男はあまりの痛さに悲鳴をあげるが、一歩も動くことはできずにいる。
「お客様、大変申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑となっておりますので、もう少しお静かにしてくださいませ」
いつもと変わらぬ涼しげな微笑みを絶やさず、美しい声でそう言うネルケに、恥をかかされたとでも思ったのかその大男は逆上し、ネルケが力をゆるめた瞬間に、強引に手を振り解くと奇声を上げながら掴みかかってきた。
だが、か細く見えてもネルケは〝守護妖精〟神の眷属として危険な大森林を守っている戦士だ。
掴みかかろうとする大男に顔色ひとつ変えず、ネルケは軽くいなしてその腕をスルッと避けると、逆に男の上腕に手をかけ、そのまま周囲が驚くほどの高さまで跳ね上げると、ぽんと投げ飛ばした。
そして次に瞬間には、ズンッと大きな音がして、男はフロアの真ん中に投げ出され、目を回していた。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました。お怪我をされた方はございませんか?」
もちろん、その場所に人がいないことは確認して投げ飛ばしたネルケだったが、呼吸ひとつ乱さず、何事もなかったかのような笑顔で周囲にいる人々にそう聞くその姿はかなり衝撃的だったようで、役所にいる妖精たちがとてつもなく強く、無礼を働く者には容赦がない、という噂は、あっという間に領内を駆け巡ったそうだ。
「あー、なるほどね。それで、解決しちゃたんだ」
「まぁ、そうでございますね。これで少しは節度を守ってくれるようになったとは思いますよ。相変わらず、うろつく男性は多いですけどね。それに……実は男性のように迷惑になる者は少ないですが、女性の方にも役所へ日参されている方がいるようです」
(みんな美形好きか! しょうがないわねぇ……)
「役所へ来る人が倍増?」
私は今日も今日とて楽になったとはいえ、決してなくなることはない書類仕事を領主館でしている。
「守護妖精の皆さんは、確かに即戦力になってくれています。読み書きは完璧ですし、妖精の間での意識共有のおかげで、必要な情報が瞬時に全員に伝えられるので、仕事を覚える速度も信じられないほど早いですし、事務処理ももう他の文官たちを超える速度でこなしてます。それに、メイロードさまの薫陶のおかげか、住民の方々にも大変評判がよろしくてですね……」
「?」
そう言うキッペイの顔には、不思議な笑いが浮かんでいる。
妖精さん同士ということもあって、接客の先輩であるセーヤとソーヤを講師とし住民たちに対する接し方の指導をお願いしたのだが、ふたりの指導の基本は、最初に私がセーヤ・ソーヤに伝えた〝お客様を私だと思って接する〟というルールに準じたものだった。
それを守護妖精たちは忠実に守り、それは丁寧な接客態度で役所での仕事をしてくれている。
私の依頼を受けたこの臨時の妖精職員五十名は、領内の公共施設に分散して配属された。半分は内勤、もう半分は住民との接触の多い申請窓口などの業務なのだが、彼らの登場で役所の窓口は一気に華やかになった。
私はあまり気にしていなかったのだが、もともと花の妖精である彼らは超のつく美形揃い、しかも近づけば優しい花の香りをふんわりとさせているという優雅さ。そんな妖精さんが、丁寧に大切に扱ってくれるとあって、住民たちからは大好評なのだが、大好評が過ぎている面があるらしい。
「世の中には馬鹿な男どもが多いってことですよ」
キッペイはやれやれと言う顔をしながら、説明してくれた。
実の所、守護妖精たちに厳密な性別はないのだが、基本的に花の妖精たちは女性的でスレンダーな容姿をしている。そのため人間からすると、やたらと別嬪の女性に見えるわけだ。それが、大切な人に対するような丁寧さで笑顔をいつも向けながら接してくれる。こうなると、女慣れしていない勘違い連中が沸いてしまう、ということらしい。
腕っ節に自信のある男たちの中には、役所の中で守護妖精たちに強引な口説きを始める輩も出てきたそうで、他の人たちの迷惑になる連中も現れたらしい。
「それは良くないね。それじゃ、妖精さんたちには内勤にまわってもらった方がいいのかな……」
私は思わぬ事態にどうしようかと考え始めたが、キッペイによるとそれもほぼ解決済みだそうだ。
ある男が、用事もないのに役所へ日参していた。冒険者らしく筋骨隆々としたこの大男は、住民サービスの窓口対応をしていた守護妖精のひとり〝ネルケ〟に完全に惚れていて、声高に〝こんなところで働くよりいい生活をさせてやる〟とか、〝俺はこの街で一番強い冒険者だ〟とか、言い募っていた。
ネルケは、もちろん親切丁寧に対応を続けていたが、申請窓口に陣取って睨みを効かせ、男性客を威嚇するという彼の態度はすぐさま問題となった。その態度と大声に他の住民たちが怯える様子を危険だと感じたネルケは、念話を使い妖精ネットワークで相談。すぐさまこれを〝排除対象因子〟と判断した。
すっとネルケは窓口から離れ、フロアに出ていく。窓口から出てきたネルケを、相変わらずしつこく追い回し、その肩に触ろうとする大男。いつもならば軽くかわしていたネルケ、だが今回は違った。大男の腕を掴むと、そのか細い腕からは信じられない腕力で、笑顔のままその腕をねじり上げた。
男はあまりの痛さに悲鳴をあげるが、一歩も動くことはできずにいる。
「お客様、大変申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑となっておりますので、もう少しお静かにしてくださいませ」
いつもと変わらぬ涼しげな微笑みを絶やさず、美しい声でそう言うネルケに、恥をかかされたとでも思ったのかその大男は逆上し、ネルケが力をゆるめた瞬間に、強引に手を振り解くと奇声を上げながら掴みかかってきた。
だが、か細く見えてもネルケは〝守護妖精〟神の眷属として危険な大森林を守っている戦士だ。
掴みかかろうとする大男に顔色ひとつ変えず、ネルケは軽くいなしてその腕をスルッと避けると、逆に男の上腕に手をかけ、そのまま周囲が驚くほどの高さまで跳ね上げると、ぽんと投げ飛ばした。
そして次に瞬間には、ズンッと大きな音がして、男はフロアの真ん中に投げ出され、目を回していた。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました。お怪我をされた方はございませんか?」
もちろん、その場所に人がいないことは確認して投げ飛ばしたネルケだったが、呼吸ひとつ乱さず、何事もなかったかのような笑顔で周囲にいる人々にそう聞くその姿はかなり衝撃的だったようで、役所にいる妖精たちがとてつもなく強く、無礼を働く者には容赦がない、という噂は、あっという間に領内を駆け巡ったそうだ。
「あー、なるほどね。それで、解決しちゃたんだ」
「まぁ、そうでございますね。これで少しは節度を守ってくれるようになったとは思いますよ。相変わらず、うろつく男性は多いですけどね。それに……実は男性のように迷惑になる者は少ないですが、女性の方にも役所へ日参されている方がいるようです」
(みんな美形好きか! しょうがないわねぇ……)
184
お気に入りに追加
13,092
あなたにおすすめの小説
策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜
鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。
だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。
これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。
※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
仰っている意味が分かりません
水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか?
常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。
※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。
妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。
しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹
そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる
もう限界がきた私はあることを決心するのだった
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。