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4 聖人候補の領地経営
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天ぷらを完璧に仕上げようと思えば、細心の注意を払った食材の取り扱いと高い調理技術が求められる。お店の料理として成立させるのは決して楽ではない。
私が天ぷらをお客様にお出しすることを考え始め、厨房に提案したのはだいぶ前のことだった。もちろん最初にこれがとても難しい調理技術であることは厨房のみんなに伝えた。その上で志願してくれた料理長のチェダルさんを含む四人の料理人たちに、私の知る天ぷらに関する情報を伝え、技術研修を開始した。
元いた世界ならば、天ぷら専用に配合され、あまり技術がなくともそれなりに美味しいものが作れる専用粉もあるので、それを私が購入して渡せばずっと楽に作れるだろうが、それでは私がいなくなったらそれっきりだ。
(やっぱり、この世界でも完結できないと〝生産〟もできないし、広まってもいかないよね。まぁ、しばらくは独占させてもらうけど……)
熟練の料理人チェダルさんでも、この技術を満足のいくレベルまで高めるのには数ヶ月を要し、仕事の合間に何度も何度も修練を重ねてくれたのだ。そして今日、お客様の前で堂々と〝お座敷天ぷら〟を披露してくれた。
(料理長のチェダルさんはなかなかの完璧主義で、私と同じにできるまで絶対に店では出さないと、私が呆れるほど練習に努めてくれたんだよね。いい料理長だわ)
「それにしてもこの〝テンプラ〟という料理、メイロード様がいらっしゃらなければとても作れませんなぁ……」
「家庭で作るなら、ここまではしなくてもいいわよ」
「はは、こんなもの、家庭どころか、かなりの金持ちでもおいそれとは手に入れられはしませんよ」
そう言いながら料理長が手にしている瓶に入っているのは、天然の炭酸水。私が旅の合間に山の中で見つけた炭酸泉から汲み上げて瓶に詰めて保存していたものだ。これが、天ぷらの軽さとサクッと感を一段と高めてくれる。
この炭酸水は〝泡水〟と呼ばれており、胃腸に良い薬という扱いでこの世界でも流通しているものだが、とても高価なものなのだ。
なぜ高価なのかといえば、気軽に使える完全密閉容器がないこの世界では、まず第一に運ぶことが困難だからだ。この〝泡水〟を飲むためには、山奥の炭酸泉までやってくる、もしくは山奥の炭酸泉からマジックバッグに入れて運ばれたものを購入するということになるが、一度マジックバッグから出せば炭酸はあっという間に抜けてしまうため、保管にもマジックバッグが必須となる。
容器の密閉率を高めて炭酸を保持することも可能ではあるが、そのためには魔法を使って強度の高いガラス容器の中へ封印するしかない。結局魔法頼りとなれば、やはり価格は高くなってしまうのだ。
「この〝大地の恵み〟亭は、世にも珍しいマジックバッグが常備された厨房でございますから問題ございませんが、ここから一歩出たらこんな使い方はできません」
そう言いながらチェダルさんは機敏な所作で小麦粉に炭酸水を合わせていく。
「まぁ、なければないで他の方法もあるんだけどね。それにしても見事な手際ね! これなら安心して任せられるわ」
「それを聞いて安心いたしました。さあ、メイロードさま、ぜひ私の〝テンプラ〟をご試食ください」
完成したチェダルさんの天ぷらをそこから厨房のみんなで試食をしたのも楽しい思い出だ。いい舌を持っている厨房の子たちが、揃って大絶賛してくれたことで、私の自信も深まり、こうして大事なお客様の接待に出すことができた。
ただ、あの伯爵様は、どうも天ぷらについて勘違いしている様子で、大量の油で衣をつけたものを揚げればできると早合点していたらしい。グルメぶっても自分で料理をしないお貴族様は物事を簡単に考えすぎる。そんな単純なものじゃないのにね。
いずれにしても、この〝お座敷天ぷら〟の披露は、まだ特別なときにだけにしておいた方がいいようだ。
(料理人が席前でひとり拘束されちゃうからね。この忙しい厨房では早々やれないな)
ともかくマーゴット伯爵様は、大満足でこの〝お座敷天ぷら〟を堪能してくれたようだ。帰りにはかなり高額のチップも置いていってくれたが、次の予約を入れようとして、おじさまからこの料理はいつでも用意できるものではないと言われてしまい、あからさまにがっかりしていた。
「ともあれ、素晴らしい斬新な料理を発見できたいい一夜でした。パレスでも大いに広めたいところですな」
この言葉には、自分がパレスで〝マーゴット伯爵家発〟として披露しても文句を言うなよ、という意味が込められていたが、おじさまは何も言わずに笑顔でスルーした。
マーゴット伯爵はそれを〝許しを得た〟と思ったようだが、おじさまは
(一度食べたぐらいで、この緻密で繊細な料理が再現できるわけがなかろうが。というかそれが食べてわからんのか、阿呆め!)
と思っていたそうだ。
(まぁ……その通りなんだけどね)
もちろん、その後パレスで〝テンプラ〟が披露されたという噂は立たず、〝お座敷天ぷら〟は〝大地の恵み〟亭の隠れた絶品メニューとして長く伝えられたのだった。
天ぷらを完璧に仕上げようと思えば、細心の注意を払った食材の取り扱いと高い調理技術が求められる。お店の料理として成立させるのは決して楽ではない。
私が天ぷらをお客様にお出しすることを考え始め、厨房に提案したのはだいぶ前のことだった。もちろん最初にこれがとても難しい調理技術であることは厨房のみんなに伝えた。その上で志願してくれた料理長のチェダルさんを含む四人の料理人たちに、私の知る天ぷらに関する情報を伝え、技術研修を開始した。
元いた世界ならば、天ぷら専用に配合され、あまり技術がなくともそれなりに美味しいものが作れる専用粉もあるので、それを私が購入して渡せばずっと楽に作れるだろうが、それでは私がいなくなったらそれっきりだ。
(やっぱり、この世界でも完結できないと〝生産〟もできないし、広まってもいかないよね。まぁ、しばらくは独占させてもらうけど……)
熟練の料理人チェダルさんでも、この技術を満足のいくレベルまで高めるのには数ヶ月を要し、仕事の合間に何度も何度も修練を重ねてくれたのだ。そして今日、お客様の前で堂々と〝お座敷天ぷら〟を披露してくれた。
(料理長のチェダルさんはなかなかの完璧主義で、私と同じにできるまで絶対に店では出さないと、私が呆れるほど練習に努めてくれたんだよね。いい料理長だわ)
「それにしてもこの〝テンプラ〟という料理、メイロード様がいらっしゃらなければとても作れませんなぁ……」
「家庭で作るなら、ここまではしなくてもいいわよ」
「はは、こんなもの、家庭どころか、かなりの金持ちでもおいそれとは手に入れられはしませんよ」
そう言いながら料理長が手にしている瓶に入っているのは、天然の炭酸水。私が旅の合間に山の中で見つけた炭酸泉から汲み上げて瓶に詰めて保存していたものだ。これが、天ぷらの軽さとサクッと感を一段と高めてくれる。
この炭酸水は〝泡水〟と呼ばれており、胃腸に良い薬という扱いでこの世界でも流通しているものだが、とても高価なものなのだ。
なぜ高価なのかといえば、気軽に使える完全密閉容器がないこの世界では、まず第一に運ぶことが困難だからだ。この〝泡水〟を飲むためには、山奥の炭酸泉までやってくる、もしくは山奥の炭酸泉からマジックバッグに入れて運ばれたものを購入するということになるが、一度マジックバッグから出せば炭酸はあっという間に抜けてしまうため、保管にもマジックバッグが必須となる。
容器の密閉率を高めて炭酸を保持することも可能ではあるが、そのためには魔法を使って強度の高いガラス容器の中へ封印するしかない。結局魔法頼りとなれば、やはり価格は高くなってしまうのだ。
「この〝大地の恵み〟亭は、世にも珍しいマジックバッグが常備された厨房でございますから問題ございませんが、ここから一歩出たらこんな使い方はできません」
そう言いながらチェダルさんは機敏な所作で小麦粉に炭酸水を合わせていく。
「まぁ、なければないで他の方法もあるんだけどね。それにしても見事な手際ね! これなら安心して任せられるわ」
「それを聞いて安心いたしました。さあ、メイロードさま、ぜひ私の〝テンプラ〟をご試食ください」
完成したチェダルさんの天ぷらをそこから厨房のみんなで試食をしたのも楽しい思い出だ。いい舌を持っている厨房の子たちが、揃って大絶賛してくれたことで、私の自信も深まり、こうして大事なお客様の接待に出すことができた。
ただ、あの伯爵様は、どうも天ぷらについて勘違いしている様子で、大量の油で衣をつけたものを揚げればできると早合点していたらしい。グルメぶっても自分で料理をしないお貴族様は物事を簡単に考えすぎる。そんな単純なものじゃないのにね。
いずれにしても、この〝お座敷天ぷら〟の披露は、まだ特別なときにだけにしておいた方がいいようだ。
(料理人が席前でひとり拘束されちゃうからね。この忙しい厨房では早々やれないな)
ともかくマーゴット伯爵様は、大満足でこの〝お座敷天ぷら〟を堪能してくれたようだ。帰りにはかなり高額のチップも置いていってくれたが、次の予約を入れようとして、おじさまからこの料理はいつでも用意できるものではないと言われてしまい、あからさまにがっかりしていた。
「ともあれ、素晴らしい斬新な料理を発見できたいい一夜でした。パレスでも大いに広めたいところですな」
この言葉には、自分がパレスで〝マーゴット伯爵家発〟として披露しても文句を言うなよ、という意味が込められていたが、おじさまは何も言わずに笑顔でスルーした。
マーゴット伯爵はそれを〝許しを得た〟と思ったようだが、おじさまは
(一度食べたぐらいで、この緻密で繊細な料理が再現できるわけがなかろうが。というかそれが食べてわからんのか、阿呆め!)
と思っていたそうだ。
(まぁ……その通りなんだけどね)
もちろん、その後パレスで〝テンプラ〟が披露されたという噂は立たず、〝お座敷天ぷら〟は〝大地の恵み〟亭の隠れた絶品メニューとして長く伝えられたのだった。
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