上 下
574 / 813
4 聖人候補の領地経営

763 謎の慈善家

しおりを挟む
763

「なんだって? 寄付がいらないとはどういうことだ!」

新しい夜会服の仮縫のため躰に派手な色の高級織物を巻きつけていたマーゴット伯爵は、驚く仕立て屋を突き飛ばさんばかりの勢いで、マチ針のついた服のまま家令のドーソンに向き直った。その表情には苛立ちと驚きがあふれており、寄付を拒否されるなどというあり得ない事態に理解がついてきていない様子だった。

ドーソンによれば、すでにこの専門学校設立に関しては必要十分な資金が用意済みであり、現在は寄付を受け付けていないというのだ。

「新しい大規模な慈善事業計画とのことでございましたので、貴族の慈善活動の動向に詳しい方々にお話を伺ってみたのですが、どなたもその窓口すらをご存知ではありませんでした。どうも、本当に信じられない速さで資金が集まったようで……」

今回の調べにかなり苦労した様子のドーソンも、その常軌を逸した速度での集金力に、何が起こっているのかわからないという顔をしている。

「その中でもめざとかったおひとりは、直接サイデム男爵様に寄付をしたい旨をお伝えしたそうですが、男爵様からのお返事は〝すでに設立と運営のための十分な資金が集まっておりますので、ぜひ次の機会にご助力をお願い申し上げます〟という、丁寧な断り状だったそうでございます」

「チッ」

マーゴット伯爵は、自分に情報が届く前に動いていた者がいたことにも苛立っていた。彼には、慈善活動に大枚を投じてきたという自負がある。ところが、こうした大きな慈善活動を行うならば、当然自分にその情報が真っ先に知らされるはずだと思っていたにも関わらず、後手に回ってしまった。そのことが、いたく彼の自尊心を傷つけていたのだった。

「どいつもこいつも目端の利くことだな。それにしても、公に報道されてまだ数日だというのに、もうそんな資金を集めたのか。いくらサガン・サイデムが中心にいるとはいえ、随分と早いな。いや、速すぎるだろう。一体誰が寄付してるんだ? まさか、イスの商人たちか?」

「いえ、それが……」

こうした寄付は匿名でも可能だが、基本的にはその情報は公開される。特に大きな資金が動く場合、その集金方法の透明性を国に疑われたりすることのないよう、必ずといっていいほど寄付をした人々を招いての感謝パーティーが開催され、そこでどれだけの寄付があったかを公表して、そこに不正がないことを明らかにしつつ、寄付をした篤志家の自尊心も満足させるのだ。
そこはマーゴット伯爵の晴れ舞台であり、自己顕示欲を満たし、さらに家名を上げられる最高のイベントだった。

ところが、今回は莫大な寄付金が動いているにもかかわらず、そのパーティーすら開かれる予定がない。しかも寄付者についての情報も身元の確かな人物が問い合わせてきた場合のみ、一部だけ教えてもらえるという慎重さで秘匿されている状況だという。

「なんだそれは……わけがわからないぞ。貴族が社交パーティーの中でも最も栄誉ある感謝パーティーを望まないなど、あり得んだろう。それでは何のために莫大な寄付をしているのかわからないではないか!」

伯爵におろおろとしながらついて回っている仕立て屋……だが、伯爵はそんなことに構うゆとりなどなく、部屋を歩き回る。

「パーティーが開かれない理由についても、あまり詳しくはわかりませんでしたが、多くの寄付者が多忙であるから、とされておりまして……」

「はぁ?! ますますわからん! たしかに〝帝国の代理人〟となったサガン・サイデムが多忙なのはわかるが、それでも他の慈善家たち……普通の貴族は、当然パーティーを開かせようとするはずだろう。なぜ開催しないことに納得するのだ?」

ついにマーゴット伯爵は、仮縫中の服を乱暴に脱ぎ捨て、ソファーに座り込んでしまった。ドーソンは仕立て屋に目配せし、また後で続きをするからと、部屋から下がらせた後、小声でこう言った。

「これはたしかな情報ではないのでございますが、ひとつ信憑性のありそうな情報がございました。それは、今回のご寄付が皇族の方からなされたらしい、という話で……」

とんでもない名前が出てきたことに、目を輝かせる伯爵。

「なんだと! だが、それならばたしかに一般に情報が出るより先に動くことができるだろうし、多忙を理由にされることにも納得はいくが……」

家令はさらに声をひそめ、主人に耳打ちする。

「これは皇宮の出納に関わる部署からの極秘情報なのでございますが、ここ数日で、私財の一部を皇宮から持ち出された皇族方がいらっしゃるそうでございます。どうもお妃様と皇子様の複数が関わっておられるようで、もしかしたら、その方々の資金なのではないかと……」

「……」

そこでマーゴット伯爵は黙ってしまった。そのまましばらくブツブツ言っていた伯爵は、家令のドーソンに顔を向ける。

「やはりおかしい! どう考えてもこの状況はおかしいぞ! これではまるで頼まれたのではなく、皇族方がわれ先に金を出したようではないか! こんなことは前代未聞だ!」

そして、伯爵はさらに耳を彼に寄せてこう言った。

「いくら金がかかってもいい。この魔法屋専門学校設立計画に関わっている人間、そして今回の寄付を行った人間をすべて洗い出せ。これはわがマーゴット伯爵家を大きくする千載一遇の機会になるかもしれないぞ」

マーゴット伯爵は、この件になんとか自分をねじ込むことで、出会える機会が増え、もしかしたら皇族方と親しく話す機会を得られるかもしれないと考えただけで、身震いが止まらなかった。

(この活動に関われれば、マーゴット家は皇族方とお近づきになれるぞ!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

ラフィリアード家の恐るべき子供たち

秋吉美寿
ファンタジー
英雄と女神と呼ばれるラフィリアード家の子として生まれたジーンとリミアの双子たちと彼らと関わる人間たちとの物語。 「転生」「生まれ変わり」「誓い」「魔法」「精霊の宿りし”月の石”」 類い稀なる美貌と知性!そして膨大な魔力を身に秘めた双子たちの憧れ、『普通の学園生活』を過ごさんと自分達のことを知る人もいないような異国へ留学を決意する。 二人は身分もその姿さへ偽り学園生活を始めるのだった。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

僕は最強の魔法使いかって?いえ、実はこれしか出来ないんです!〜無自覚チートの異世界冒険物語〜

アノマロカリス
ファンタジー
僕の名前は、ホーリー・シャイニング。 一見…中二病とも思われそうなこの名前だが、勿論本名ではない。 僕の本名の聖(ひじり)輝(てる)を英語にしたのがこの名前だった。 この世界に転生する前は、僕は日本で暮らす両親不在の天涯孤独な一般の高校生だった。 友達には恵まれず、成績も標準で、女の子にモテそうな顔すらしていない。 更には金も無く、日々のその日暮らしをバイトで賄っている状態だった。 そんな僕がある時にクラスの女子に少し優しくして貰った事で、勘違い恋愛症候群に陥ってしまい… 無謀にもその子に告白をしたのだが、あっさり振られてしまった。 そして自暴自棄になり、バイト先のコンビニで有り金全てを使って大量の酒を購入してから、タワマンの屋上で酒を大量に飲んで酔っ払った状態で歩いていたら何かの拍子に躓いてしまい… 目が覚めるとそこは雲の上で真っ白な神殿があり、目の前には美しい女神様が立っていた。 それから先は…まぁ、異世界転生を促された。 異世界転生なんてあまり気乗りはしなかったので、当然断ろうとしたのだが? 転生先は公爵家の五男でイケメン、更には現世よりも圧倒的にモテると言われて受諾。 何もかもが上手い話だと思っていたら、当然の如く裏が有り…? 僕はとある特定の条件を約束し、転生する事になった。 …何だけどねぇ? まぁ、そんな感じで、物語は始まります。 今回のHOTランキングは、最高2位でした。 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。