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4 聖人候補の領地経営

754 決着

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754

「まず申し上げておきますが、私、結界系の魔法についてはいささか心得がございます。このしっかり作った結界から逃げようなんて思わないでくださいね。まぁ、〝救国の聖戦士〟たる私を倒せれば出られるかもしれないですけど……」

にっこり微笑んで法皇とジョリコフ枢機卿にそういうと、ふたりは般若のような顔で私を睨んできた。

「ああ、その通りだ! そんなものはお前がいなくなれば消える! 裏切り者めが!」

そういうが早いかジョリコフ枢機卿は、いきなり続けざまに大量の火の玉を私に向かって投げつけるように放ってきた。さすがの魔法力量というべきか、見事な多段攻撃。火力もなかなかだが、強固な魔法の盾を作ってあるこちらにその程度の魔法が届くわけもなく、私は避ける仕草すらしなかった。

そんな私の態度に、ふたりの苛立ちが加速していく。

「サシア! お前の防御結界はわしが張ってやる! あの不届なバチあたりを始末しろ!」
「ええ叔父上、わかりました」

さらに魔法攻撃を始めようとするジョリコフ枢機卿にキルム王が言う。

「サシア! これ以上罪を重ねるな! 愚かなことを……」

父であるキルム王の苦しみが滲むその言葉にもジョリコフ枢機卿は耳を貸さない。

「愚か……何が愚かだというのですか、父上! こんな貧しく疲弊するばかりの国で、ただ神に祈っていろと!? ここは聖国、この場所は聖地。もっと豊かでもっと敬われるべき土地なのです。そのためには更なる魔法力、そして豊かな土地がなくてはならぬのです! キルム復権のために、これは必要な聖戦なのですよ!」

教皇もさも当然だとばかりにその言葉に頷いている。

「そうとも、そのための戦いに身を置けるなど、ホマレでしかない。あの子供たちは聖戦のために選ばれた〝神の子〟なのだ!」

盗人猛々しいというのか、厚顔無恥というのか、ふたりの言い分は、神のご意志なのだから何をしてもいいのだと言わんばかり。なんの正当性もない言い訳だ。

「呆れた! 誘拐してきた子供たちをアーティファクトで操っていうことをきかせていただけじゃないですか! なにがホマレよ! 第一、あなたたちはその〝神の子〟にご大層な首輪までつけて売りさえしたわ。それは、どうして?」

「どうしてそれを……あの首輪と契約があれば、外部に知れることなどあり得るはずがない!」

法皇はおそらく一番触れられたくなかったことに切り込まれて、結界を維持しながらも著しく動揺していた。

「あの〝孤児院〟を維持するための費用だったのだ。あの子たちのためだった!」

ジョリコフ枢機卿は、そう言ったが、どこがあの子たちのためなのか、支離滅裂だ。

「あなたたちのしていたことは卑劣な誘拐と人身売買。どんな神がそんな卑劣な人間を守ってくれるのかしら? そんな犠牲にさせられた子供たちの悲しみの上に成り立つ〝聖戦〟なんてありえない!」

次から次へと枢機卿からの魔法攻撃は続いているが、私はそれを無視して話を続ける。

「私には神の啓示があったのだ。神がわれわれに聖戦をお認めになったのだ。見よ、これこそがその契約の首飾りだ」

法皇は大事そうに腰につけた袋に入れていた漆黒の石が連なった首飾りのようなものを差し出した。それが袋から出された瞬間から、私の目にはドス黒い霧が一気に周囲へと拡散する様子が見えた。それは尋常ではない瘴気のようなものだった。

(あれはサンクたちにつけられていた《契約の首輪》にあった黒い石……)

「神の御使いは、これを使って神の国を再建せよとおっしゃったのだ。われわれはそのご意志によって動いた。これは、聖なる戦いなのだ!」

黒い霧を全身に浴びながら首飾りを掴んで笑う法皇は、もう目が飛んでいて、もはや正常には見えない。これも、この瘴気のせいなのかもしれない。

横を見ると、キルム王が苦しそうな表情で膝をついていた。

「大丈夫ですか!」

駆け寄る私に苦しげな息で頷くキルム王。

「大丈夫……とは言えんな。あの黒い石の塊を突きつけられると、この強固な結界の中にいても意識が飛びそうになる。いったいあれは……」

「父上! 叔父上も、それを手にしてはならぬと御使様に言われたことをお忘れでございますか!」

ジョリコフ枢機卿もさすがに実父の苦しむ様子を目の当たりにして、動揺をみせている。

キルム王の苦しむ様子に危険を感じた私は、すぐに行動を開始した。

まず、枢機卿の放っていた魔法の十倍は威力がある高等火魔法《地獄の業火ヘルフレア》を使った多段攻撃で、法皇に張られていた結界を瞬時に砕く。

まさか法皇の作った結界が粉砕されるなど、彼らは想像もしていなかっただろうが、この攻撃はジョリコフ枢機卿とは比較にならない破壊力で、爆弾と火炎放射が一気に襲ってくるようなものだ。その魔法は彼らを怯ませるに十分な破壊力を持っていた。彼らがあまりのことに動きを止めたその隙に、私は《裂風》の魔法で走る速度を上げて法皇の前に飛び込み、法皇に抵抗される前に、禍々しい瘴気を撒き散らしている黒い首飾りに手をかけた。

次の瞬間、首飾りの石は高い金属音のような音とともに亀裂が入ったかと思うと、そのまますべて砕けて砂のように崩れ去り、それとときを同じくしてあたりを覆っていた禍々しい黒い霧も消え去った。

彼らのいう〝神からの賜りもの〟が一瞬で破壊されてしまうという衝撃の事態に、法皇は呆けたようにその場のへたり込み、砕けて粉々になった首飾りを前に、ただ、あああ、とウメいたかと思うと、四つん這いになって砕けた破片を必死に集め始めた。

ジョリコフ枢機卿もかなり動揺しているようだ。

神からの与えられた品であるはずの首飾りがいともたやすく壊され、さらに法皇のとても正常とは思えない姿目の当たりにし、何かがおかしいとやっと思い始めたようだ。

「なぜだ! こんなことがあり得るわけがない。なぜあの神より賜った首飾りが、こうも簡単に砕けるのだ!!」

「あれが神の与えたものでないことは、もうわかっているのではないですか? あれは邪悪に満ちた魔道具ですよ、ジョリコフ枢機卿」

私は哀れみを込めた目で、塵と化した首飾りをかき集めようと定まらぬ目をして地を這っている法皇を見ながら言った。どうやら、法皇ほど酷い支配は受けていなかったらしいジョリコフ枢機卿は、あの首飾りの破壊とともに、少しづつ考えが変化し始めている様子だった。

「これが初めてではありません。私は手を触れることで真に邪悪なものを砕いてしまうようなのです。これが砕けたということは、そういうことなのですよ……」

私がそう言うと、ジョリコフ枢機卿は砕けた首飾りと、それにすがりついている法皇を見ながらつぶやいた。

「そんなことが……そのような奇跡が……それではまさにそなたは聖なる者……ああ、なんということだ! 〝聖戦士〟が目に前にいたとは!!」

徐々にクリアになっていく意識の中で、何かを悟ったかのように、そのままジョリコフ枢機卿は崩れるように膝をついた。その様子に完全に戦闘意欲を失ったことを確認して私は結界を解除した。

「サシア……この愚か者めが……」

キルム王は息子のこの哀れな姿に、目頭を押さえながらそうつぶやいていた。

四人の活躍と王軍の皆さんによって、すでに教会側の魔術師たちは拘束済み。教会関係者も半数ほどが拘束されていて、彼らも法皇の正気を失った様子をに言葉を失っていた。

彼らに向かいキルム王が宣言する。

「キルム正教会の法皇は魔道具の瘴気に侵され正気を失った。彼の罪は暴かれ、それに加担した正教会もまた断罪されねばならない。聖天神教キルム正教会は、いまを持ってすべての活動を停止し、その罪のすべてが明らかにされるまで閉門とする!」
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