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4 聖人候補の領地経営

749 密談

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749

「なに? シド帝国からの?」

王宮内の豪華絢爛な装飾に飾られた国王執務室で、いつものように書類や手紙への署名を続けていた現在のキルム王国国王レニーエ・コーシャ・キルム七世は、最も機密性の高い、指定された人間以外には開封すらできない魔法がかけられた密書が、誰の目にも触れることなく直接王宮のしかも国王直属秘書官の元に突然届けられたことに驚いていた。

「この王宮の警備はそこまで手薄なのか?」

うやうやしくトレイに乗せられている封筒を見ながら、キリム国王はあきれた顔をしている。それを見て、国王の最も信頼する腹心でもある筆頭秘書官はもちろん違うと強く否定した。

「この王宮の警備は万全……のはずでございます。人員も多く配置しておりますし、魔法による警備体制も敷いておりますので、このようなことはあり得ません! あり得ませんが、相手がシド帝国の隠密を得意とする魔術師であれば、可能なのかもしれません。申し訳ございません」

秘書官はとても悔しそうだが、そうした有能な人材がいまはシドに集まっていることは確かであるため、この王宮の中枢のしかも特定の人物の机の上にいきなり他国からの密書を置いていくなどという前代未聞の突破劇も、シド帝国によるものであるというのならば、渋々納得するしかない様子だった。

「ともかく、十二分にその手紙は調べさせていただきました。開封は国王陛下ご本人でなければ不可能にはなっておりますが、そのほかに不穏な魔法がかけられている様子はございません。封蝋の印章は間違いなくシド帝国現皇帝のお使いのものでございますし、添えられていた書面には、非常に緊急を要する内容であり、至急確認し彼らの密使との面会を許可していただきたいと記されておりました」

秘書官の言葉にふうっとひとつ大きくため息をついた国王は、彼にしか開けられない手紙へと手を伸ばした。大国シドからの要請を受け流せる立場にキルム王国がないことは、誰よりも国王はわかっている。たとえどんな不埒な細工がなされていようとも、早急に中身を確かめねばならない。

国王が手紙の封蝋に触れると、手紙の封筒は自動的に開き、帝国の紋章が金箔で施された何も書かれていない便箋がスルスルと国王の前で開かれる。

(これは、間違いなくシド皇帝からの親書だ。一体何が起こっているのだ)

一枚目の紙だけにまず言葉が浮かび、そこには手紙は必ずひとりで読むよう指定されていた。そうしなければ手紙の内容を知ることもできない。覚悟を決めた国王は、秘書官を部屋の外の見張りに立たせ、緊張した面持ちでその親書を手にした。

すると、先ほどまで何も書かれていなかった便箋に文字が浮かび上がり、そこには一連の誘拐事件の詳細、そしてその首謀者として聖天神教キルム正教会法皇ラプキン四世及びサシア・エンダーロア・ジョリコフ・イル・キルムの名が記されていた。

読み進めるほどにワナワナと震え始める国王の手、見開かれた目には驚きと絶望が広まっていく。

その手紙の最後にはこう記されていた。

「この件に関しての全権はある人物に託されている。その人物とすぐに面会する気があれば、いまここで〝面会を望む〟と声を上げられよ。そのあとについては、その人物と話し合われることを望む。シド帝国は決して貴国との無駄な争いは望まない。だが、国と民を守るために動かねばならぬときもある。今後どうなるかは、キルムの国王たるあなたが決められよ」

書かれていたその言葉に、国王は失笑するしかなかった。

「国王たるわれと申すか……知っておろうに、皇帝陛下もお人が悪いことだ」

肩を落とした国王は、それでも意を決したようにこう言った。

「キルム国王レニーエ・コーシャ・キルム七世は、シド帝国より全権を委ねられた者との面会を望むものである!」

国王がそう言葉を発した瞬間、手にしていた手紙は薄紫の煙を上げながら消えていった。

そして、その煙の向こうにふたりの従者を連れ、膝を折ってお辞儀をしている見事な緑の髪をした少女が姿をアラワしたのだった。

さすが魔法の国の国王、このイリュージョンのような展開にも動じることなく、落ち着いた声で何者かと問うた。

「詳しい名については、いまは伏せさせていただきとうございます。ただ、メイロードとお呼びくださいませ。まずは、私がシド帝国よりの使いであることを証明するため、こちらをご覧くださいませ」

そう、ことのほか美しい声で話した少女は、手のひらの上に置かれた光を放つ宝石を差し出した。

「これは……《輝鳴玉》か!」

この《輝鳴玉》は、先代キルム国王がシド帝国皇帝へと献上した希少な古代のアーティファクトで、ほかにはないとても珍しいものだ。

「今回の任務に着くにあたり、皇帝陛下よりお貸しいただいた国宝にございます。これがなんであり、どう追う経緯でシドにあるのかをご存知である国王陛下には、これで私がシドの使いであることがご理解いただけますでしょう」

「ああ、この国宝を預けられるほどの信頼を得ているのだな……承知した。
では、話を聞こう。あの手紙にあったことは、すべて事実か?」

国王の言葉はまだ事実を認めたくない気持ちと戦っている様子で、とても苦しげだったが、美しい瞳でじっと国王を見る少女の言葉は一点の曇りもなく、キルム国王を更なる救いのない絶望に落としたのだった。

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