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4 聖人候補の領地経営

743 ガレット

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「メイロードさま、行ってしまわれるのですね」

お掃除担当の子供たちに囲まれながら、私は《土魔法》を使って組み上げた簡単な野外コンロに大きな鉄板を乗せ、蕎麦粉のガレットを焼いていた。

蕎麦の実は寒冷地でも収穫が見込める強い植物だ。こちらの世界にもあり、一部地域では食用にされていることは確認済みだったので、この〝孤児院〟にきたかなり早い段階で、思い切って栽培を提案した。隅っこの農地に向かないやせた土地を利用するならということで、食糧調達に苦慮していた〝孤児院〟の担当者は案外簡単に許可をくれた。

(まぁ、私が最初から期待のルーキーという評判だったせいもあるだろうけど……)

蕎麦は種を蒔いてから三か月足らずで収穫できるので、非常に効率がいいし、粉物は子供たちのお腹を満たしてくれる。

最初の収穫だけは、私が使迅速に収穫まで持っていった。実際は《緑の手》のスキルを少し使ったのだが、魔法にも収穫を早める効果のあるものはいくつか存在するので、それを使ったことにしてあるし、収穫まで一瞬ではなく、数週間は費やした。この収穫で種も確保できたから、次回からはさらにたくさん収穫できるだろう。

「これなら簡単に作れるでしょう? 卵やバターが気軽に使えたらもっといいんだけど、それをいっても仕方がないか。ともかく、これにあまりものの野菜や残り物のお料理を巻いてやればご飯の代わりになるし、蜂蜜を塗ったらお菓子にもなるからね。このコンロや鉄板、フライ返しもみんな置いていくから、作ってみてね」

実はクレープ生地は、この世界で作るのにはかなりまだハードルが高いリッチなものだ。何もかも足りないここでは、とても再現はできない。それで今回は、クレープの源流であるシンプルな薄焼き生地〝ガレット〟を教えていくことにした。小麦粉も貴重なここでは、それを下の組にいる子供たちが気軽に使うことも難しいのだ。

いまは調理法や食べ方をこうして下の組の子たちだけに教えていこうと思う。あくまで代替品という位置づけにした蕎麦粉ならば、育ち盛りなのに十分に食べられていない彼らが使っても怒られないだろうし、お腹が空いたときに気軽に食べやすいだろうと思ってのことだ。

私はこの〝孤児院〟周辺で蜂蜜が取れそうな場所、いい食材のある場所をメモした地図を、掃除の子たちに混じって蕎麦粉のガレットを食べているソルトーニくんに手渡した。

炒めた野菜と保存用に備蓄されている塩漬け肉の端肉を使ったガレットに、今日は貴重な卵をいくつか上級生のキッチンから頂戴してきて手作りしたニンニクの利いたスペインのマヨネーズ風ソース〝アリオリソース〟を使って味つけをしている。

「どう? これならご飯として食べられるでしょう。腹持ちもいいしね」

口の周りをソースだらけにしてバクバクとガレットを食べながら私の作った地図を一瞥したソルトーニ君は、すぐに二個目の昨日余った鳥のローストを薄くスライスして葉野菜と一緒に包んだガレットを食べながら、声を潜めてこう言った。

「これは……これは、驚くべき《索敵》能力でございますね。この地図、絶対に〝先生〟に見つからないようにしておきますのでご安心を」

「お願いね」

私は料理が得意な子供たちに、ガレットの焼き方を教えながらしばらくソルトーニ君と話す。

あの試合の後、急速に仲良くなった私たち。ソルトーニ君は、私がいない間、下の組の子たちに目を配ることを私と約束してくれた。特に、サンクたちのように悲惨なことになる子が出ないように、私が戻るまで子供たちの出入りを監視をしてくれるように頼んでいる。

今日も、普段は怖がってなかなか近づけない八組のソルトーニ君と掃除班の子たちを引き合わせ、彼が小さな子や下の組の子のことを知ろうとしていることをわかってもらおうと思って、一緒に来てもらっているのだが、本気でガレットの奪い合いをしているところをみると、うまく打ち解けているようだ。

同様に他の八組の子たちも、いまはとても私に対しては友好的で、私が下の組の子たちのことを心配していることに対して理解を見せてくれている。彼らの協力で、なんとか私が戻るまで、ここを守ってもらいたい。私としては、とても気持ちが急くのだが、さすがに昨日の今日では事態は動かなかった。

「今回は特別ですよ。〝院長先生〟までご一緒に行かれるとなると、すぐには無理でしょう。後出立は五日後だとか……」
「ええ、そう伺っています。私は早く動きたいのですが……」

子供たちだけとはいえ、周りの目があるので、ここではあまり迂闊なことは言えない。

「それで、出発までにできるだけ子供たちの生活改善をしていこうと思っています。と言ってもできることは少ないですけどね」

私は家事スキルを発動して、子供たちに効率的で衛生的な掃除の仕方や、食材を無駄にしない保存食の作り方などなど、できる限りのことを数日の間に教え続け〝先生方〟に魔法の勉強もせず何をしているのかと呆れられたが、私は

「聖戦士たるもの、弱き者に心を尽くす義務がございます!」

と、一切無視して、彼らのために奔走した。

そして、その日はやってきた。いよいよ聖戦士として私が旅立つ日だ。
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