利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

732 誇りと信頼

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732

「あなたが自分をみじめだと感じることなど何ひとつありませんよ。あなたは自分の修練の結果を十二分に使って、立派に戦ったではありませんか! それは素晴らしいことです」

私は笑顔で、うつむく彼女を心からほめた。だが、彼女の声は暗い。

「負けたら意味なんかないわ……強くあることだけが私を貴族だと証明することなのに……」

ノルエリアさんは、自身の出自について確証を得ているわけではなかった。ここへ連れて来られる前の記憶は、あのアーティファクトによって失われるかもしくは改ざんされている。それでも彼女は自分が貴族の出であると思いたかったのだ。

負けず嫌いで気の強い性格のせいもあり、同じ時期に入ってきた子もなかった彼女は、最初からここで孤立しがちだった。いくら気丈だとはいってもそこは年端もいかぬ少女、そんな状況が辛くないはずはなかった。そして、そんな彼女の心の拠り所は、自分が誇り高い貴族であるということだったのだ。

「私は誇り高い貴族。私は特別! だから大丈夫!」

彼女はそう思い込むことで、ここでの生活に耐え、魔法を修練し続けてきたのだった。だが、それが高飛車な態度となり、周囲と険悪になっていき、彼女の孤立はより深まってしまった。

「あなたはとても頑張りました……魔法はね……」

私はさらに語りかける。

「あなたは貴族として生きたいのでしょう? それならば、なぜ下級生を使用人のように扱ったり、いじめたりするの? それは行為なのかしら?」

私の言葉にノルエリアさんはキッと私を睨みつけた。

「それは私が偉いから、強いから、魔法で敵を撃退できる〝聖戦士〟となる者だから、それを支えるために格下の者が動くのは当然でしょう?」

「では、今日からあなたは私の下僕……ということなのかしら?」

私の言葉にノルエリアさんは息を呑む。

「グッ……わた、私は八組なのよ! 他の子たちと一緒にしないで!!」

「でも、あなたの理屈だと、強い者は弱い者を下僕にするのがなのではないの?」

「私は……私は……、私が下僕……?」

明らかに彼女は混乱していた。自分が下僕となる立場に置かれて、初めてその理不尽さとそれに抗えないという苦痛を体感しているようだ。自分のしてきたことが、その身に降りかかることを想像するだけで、彼女は震えていた。

「いまの状況なら、私はそうすることができるかもしれない。でも、そうはしないわ。なぜだかわかる?」

私は競技場にいる子供たちを見渡して言った。

「ここにいる子たちに、下僕とならなければいけない子など、ひとりもいないからよ。あなたも私もね。
私たちは対等。ここにいる子たちに上下などないの。もちろん能力の差はあるでしょう。でもノルエリアさん、あなたがここで魔法を極めるために、あなたの代わりに働いてくれる子たちに、感謝しなくてはいけないわ。あなたの代わりに動いてくれている、ここにいるみんなの献身に報いて生きる……それが〝誇り高い〟ということではないの?」

ノルエリアさんはいままで考えたこともなかった価値観に、目を見開いて涙も止まっていた。その顔を見ながら私はなおも語りかける。

「私は貴族がすべて誇り高いとは思わないし、貴族誇り高いとも思わない。でも、もし誇り高い貴族というものがあるのならば、それは人々から信頼され、尊敬される人だと思う。〝私は誇り高い〟と叫ばずとも、〝あなたは誇り高い〟と、周囲が認めてくれる……そのほうがずっと美しいと私は思うの。あなたがそんな誰からも尊敬される〝誇り高い魔術師〟になったら、そのときには、たとえ貴族でなくとも、きっとあなたの周りには、心からあなたを思い働いてくれる人や友がいるはずよ」

「心から……私を?」

そう言ったノルエリアさんの瞳からは再び涙があふれた。彼女の欲するものは、いまのままの彼女では得られないが、それに気づきさえすれば、きっと手に入るものだ。彼女はずっと自分がそれを欲しいと思う心に背を向けていただけだ。私はそっと彼女の手にクッキーの入った袋を握らせた。

「私が作ったの。多分、美味しいと思うわ。これを食べながらゆっくり休んで、考えてね。ノルエリアさん、あなたはとても可愛くて、強い人。きっとみんなに愛される〝誇り高い〟最高の魔法使いになれるわ」

「誇り高い……魔法使い……」

そう言った彼女は、涙を拭うとキリッとしたいつもの彼女の表情に戻り、立ち上がった。そして、そのまま背筋を伸ばして競技場を振り返ることなく去っていった。その手のクッキーを大事に握りしめて……

「実をいうと、僕はもう棄権してもいいかな、と思っていますよ。メイロードさん」

私の背後から声をかけてきたのは〝孤児院〟最強の魔術師ソルトーニ君だった。

「それは、このまま戦わずにあなたの席次を私に明け渡すということでしょうか?」

私の言葉にソルトーニ君は、至極冷静に唇には笑みさえ浮かべながら話した。

「ええ、そうですね。口惜しいことではありますが、僕はあなたに勝てる気がまったくしません。

僕も強い魔術師のつもりでいます。ですから、これまでの戦いの様子を見れば、あなたの技量はいやでもわかる。
その上、あなたはここまでの三戦、実にうまく短い勝負に徹し、僕と対戦する前に疲弊させてしまおうとしたこちらの計画もまったく無効になりました。どうみてもまだ十分魔法力を残しているようですし、特に疲れた様子もない。

メイロードさん、あなたの魔法の正確性、技術水準の高さ、そしてその発動の驚くべき速さ! どれも目を見張るべきものだ……はは、この戦いは僕には厳しいですねぇ」

そう言いながらもソルトーニ君は位置についた。

「そういうわけで、まったく勝てる気はしませんが……それでも、第一席の僕が戦わずにこの競技場を出るわけにはいきません。そして、何よりあなたとの実力差を僕は体感したい。手加減は無用です。もちろん僕も一切手加減はしませんので……」

冷静そうなソルトーニ君の瞳は赤く輝いていた。どことなく楽しそうにすら見える。こうして《火魔法》と《雷魔法》の使い手、ソルトーニ君との最後の《覇者決定戦》は静かに始まった。
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