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4 聖人候補の領地経営

728 そして次の試合へ

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728

「あ? なんだよ、なにが起こってんだよ!!」

毒づく対戦相手を無視して私が手を振ると、ほぼ一瞬でバグースード君の周囲には土壁が立ち上がり、身動きするまもなく家一軒分ぐらいの大きさの土壁でできた箱に覆われた。

当然箱の内側は真っ暗だが、《火魔法》が使えるなら、冷静さを取り戻せば、すぐに中の様子は見られるようになるだろう。

「この俺様に《土魔法》だぁ? チッ、素人だな!! 見てろよ、こんな壁すぐに壊してやる!!」

そういう声が聞こえたかと思うと、中から石や岩が壁に当たる音がものすごい回数聞こえた。だが、その直後から、今度はバグースード君の絶叫と悲鳴が、岩が壁に当たる音に混じって何度も響き渡った。

「うわぁ!! ひいぃーー! なんなんだよぉ!! いてぇ、痛いよぉ、出せ、ここから出してくれぇ!!」

そしてまたも、ドカン、ドカンと壁に岩が当たる音が響き渡り、今度は犬の悲鳴のような、キャンキャンといった感じの悲鳴が上がり……その後、静かになったかと思ったら、消え入るような声が聞こえてきた。

「えぐっ……助けてください。降参します……もういやだ、痛い、痛いよぉ……」

そのあとは、もうただ泣いている声がするだけだった。

私は審判がうなずくのを確認し、すぐに土壁の箱を解除した。壁はすべて土に戻り、その中には、大量の石や岩に埋まるようにて倒れ伏し泣いているバグースード君の姿があった。

私は彼に駆け寄りひどい怪我をしていないか様子をみたが、さすがは鉄壁の防御力を誇る硬い皮膚を持つバグースード君、打身や擦り傷のような多少の出血はあるけれど、骨折するまでには至っていない様子で安心した。

(一応、彼のポテンシャルを見切って加減したつもりだけど、うまくいったみたいでよかった)

「どう……石をぶつけられたら、あなたでも痛いでしょう? みんなもっと痛い思いをしたのよ。石をぶつけるなんていじめ方をするのは、良くないってわかった?」

ノロノロと上体を起こしたバグースード君は、相変わらず泣きながらうなずいた。自らの躰で自分の攻撃が与える暴力の痛みを知った彼は、きっといままでより人にやさしくなれるだろう。そう思いたい。

なぜ、バグースード君がこんなことになったのかというと、私が土壁の内側に仕込んだ《反射》の魔法のためだ。この魔法は基礎魔法のひとつで、あまり使われることがない無属性の魔法なのだが、基礎魔法をオールコンプリートしている私は、もちろん使うことができる。通常は、指定された狭い範囲の物理攻撃を反射して返すというものなので、ピンポイントに魔法を展開する恐ろしく高い精度と調整が必要で、技術がいる割に命中率が低く使えない基礎魔法とされているのだが、私はこの魔法をあの壁の内側の二百五十か所に仕込んだ。

そのため、バグースード君が壁を破壊しようと思いっきり投げつけたほぼすべての岩や石が、そのままの速度で彼に襲いかかったのだ。いや、実は《反射》の魔法をかけた場所の半分には《増幅》も重ねてかけてあったので、そこから反射した石や岩はバグースード君の発射時の倍の速さで彼に襲いかかったはずだ。

自らの攻撃が自分を襲ってくる恐怖、しかも自分が放ったものよりずっと大きな力で襲いかかってくる驚き。さすがの強靭な皮膚もこの攻撃を続け様に受けてはたまらず、彼の強靭な外皮は打ち砕かれ、その躰におそらくいまだかつて感じたことがないだろう強烈な痛みも与えた。いままで、物理攻撃によるこうした強烈な痛みを感じた経験のなかった彼には、未経験の耐えがたい痛みだっただろう。

そして、そこは誰もいない真っ暗な箱の中。壊れる気配すらない逃げ場のない場所にひとりきり……数回のトライにことごとく失敗し反撃をくらったバグースード君の心は、ポッキリと折れたというわけだ。

私は少し怪我のひどそうな場所を用意していた薬で軽く拭いて止血し、バグースード君の頭や腕に手早く包帯を巻きつけた。

「大丈夫。あなたの躰は強いんでしょう? すぐに良くなるわ。はい、これ。私の作ったクッキーよ。栄養も愛情もいっぱいだから、これを食べたらきっと怪我の治りも早くなるわ」

私は笑顔でハンカチに包んだクッキーを手渡す。

「あ……あじがど……」

私に促され躰をを引きずるように立ち上がったバグースード君は、まだ泣きながら、トボトボと試合場を去っていった。

(ちゃんとお礼も言えるし……案外素直よね)

私は一丁上がりと、次の対戦相手、席次三位のシャラマン君の方を振り返った。シャラマン君の顔面は、すでに見るも無惨に真っ青だ。もともと、とっても線が細い子で、ちょっと痩せかたが魔法学校のミンス教授を思わせるのだが、この子の評判も決して良くない。

とてつもない偏食の上に、食べ物を大事にせず食事の準備をしてくれた下位の組の子たちの前で、彼らは食べることすらできない豪華な料理を床に捨てたり、嫌いなものを出したと言ってその子たちに投げつけたりしているそうだ。そうした文句を言うとき以外は、ほとんど口を聞かず下位の組の子たちを無視するとも聞いた。

シャラマン君の得意なのは水系の魔法。《水槍アクア・ランス》の多重展開ができるのは、この〝孤児院〟では彼だけだそうで、これも殺傷性のある魔法だ。彼もバグースード君と同じく、特化型の魔術師で水系の特定の魔法との相性が極めて高く、大量の水操作ができるため、村のひとつぐらいすぐに水没させられると常に豪語しているという。

私は翠色の瞳で微笑みを絶やさず、じっとシャラマン君を見つめた。

シャラマン君は席次こそバグースード君より高いが、その攻撃力はバグースード君とほぼ互角だとセーヤたちの報告にあった。その私がバグースード君を完膚なきまでに叩きのめした様子を目の前にして、彼はもうすでにやる気がだだ下がりしている雰囲気だ。

「バグースードを、た、倒したことはほめてやろう。だが、いつもそううまくいくとは、おお……思うなよ!」

それでも衆人環視の中で敵前逃亡などできようもないし、彼にも学園最強の一角であるというプライドはある。なんとか絞り出すように、私に向かって、一応強気そうなことを言ってきた。

「はい。ですから、手は抜きませんよ」

私は優しげに笑いながら、開始位置へとスタスタと移動した。

審判の手が上がる。二回戦の開始だ。
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