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4 聖人候補の領地経営

721 やっぱりダメなオトナ

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「メイロード、よく戻った。無事で何よりだ」

いつもと変わらぬ私の姿を見て、グッケンス博士が少しホッとしたような顔をした。

「ご連絡できずに申し訳ありませんでした。ともかく敵に悟らせず安全に連絡が取れる状況が確認できないうちは、不用意に行動しない方が良いというご指示もありましたので……少し予定より長くかかりましたが当初の想定通り、こちらの考えた方法で潜入できました。まぁ、個室を与えられ、結界が使える状況であることを確認できるまでに、想定より少し時間がかかってしまいましたけどね」

「何をいう、首尾は上々じゃよ。こうして潜入に易々と成功できたのはメイロード、お前の力があってこそだ。ご苦労だったな」

敵地内に《無限回廊の扉》の設置が完了した時点で、私の安全はほぼ担保されたと言ってもいいので、気を揉んでくれていた博士は本当に一安心という表情だ。

(心配させちゃったなぁ……)

今回の調査は、私という特異な人間あってのもの。より迅速に敵陣の内情に肉薄できる可能性が高い極めて特殊な作戦だ。この役目は博士でもダメ、軍部の人間でもダメ。もし仮に他の作戦を使おうとすれば数年を要する可能性もあるし、内定中に逃げられる可能性も極めて高い。それはその場にいたみんなが全員一致で思ったことだ。

それでも博士は私を軍部の仕事に使わざるを得なかったことに忸怩たる思いがあるのだろう。

「グッケンス博士、決めたのは私です。それに私、そう簡単にはやられないだけの魔法を博士から教えていただいています。
今回の事件は魔法使い全体の今後に大きく影響する問題じゃないですか。これを長く放置すればするだけ、私にも博士にも危険が増すでしょう。私はやりますよ、ええ、もう張り切ってやりますとも!」

私はキリッとした顔をしながら、久しぶりに腕を振るって用意した料理の皿をどんどん並べていく。

茄子の煮浸しに自家製がんもどきの煮物、青菜の胡麻よごしに牡蠣のみぞれ煮、牛肉と九条ネギの玉子とじ……っと、やたらとおばんざい風の料理が並ぶのは、ずっと私が食べたかったからでもあるが、絶対博士たちは私が留守の間、健康的な食事をしていなかったに違いないという確信があってのメニューでもある。

「最初の数日は、メイロードが作って置いていってくれた料理を食べていたのだが、それも尽きたあたりからは、ははは……適当だ」

どうやらグッケンス博士は、無限回廊の中の作り置きはなんでも食べていいと言ったにもかかわらず、私の作り置きしたお弁当が尽きた後は、面倒になってパンと少しの野菜で過ごしていたらしい。

「もう! せめて魔法学校の食堂に行ってください! あそこならメニューは限られますけど、栄養のあるものが食べられますから」
「だがな……あそこに行くとやたらと話しかけられるので落ち着かんのだ」
「では、食堂から研究棟に出前してもらえるように料理長のダグロムさんに話を通しておきますから! いいですか、せめて一日一食はちゃんと栄養のある食事をしてくださいね」

私の迫力にグッケンス博士はタジタジになりながら首をすくめている。この調子だと、戻る前に研究棟の掃除もしていったほうがよさそうだ。

今日は和風のメニュー中心なので、最初から日本酒にしてみた。セイリュウと博士は、実に美味しそうに久しぶりの〝居酒屋マリス〟を楽しんでくれている。

「やっぱり、ここでメイロードを前にこうして飲まないと美味しくないんだよねぇ。うん、この煮物美味しいよ、しみじみと美味しい」

セイリュウは霊的な存在でもあり、実はほとんど食べずとも生きられるのだそうだが、案外美食家だ。それに私の食事や提供するお酒からは何某かの活力が得られるらしく、とても生き生きとおばんざいを楽しんでいる。

「この渇いた肉は、干し肉かい? 普通の干し肉とはだいぶ色も違うみたいだけど……」

セイリュウの問いにソーヤがすぐさま反応する。

「これはでございますね。メイロードさま特製の〝じゃーきー〟なる美味な干し肉でございます。なんと味付けにはこの世界にある素材しか使用されておりませんのですよ! にもかかわらず、この複雑な旨味に満ちた野趣あふれる爽快な味わい! ささ、どうぞ。日本酒にもきっと合うと思います」

ソーヤに促され食べた博士とセイリュウは、やっぱりかなり気に入ってくれた。

「うむ、これはいいな。片手でつまめるというのも大変によろしい」

(博士が書き仕事をしながら、このボア・ジャーキーをガシガシと食べる姿が目に浮かぶけど、保存もできるし栄養価も高い、それに腹持ちも悪くないし……帰る前にたくさん〝生産〟して用意していこうっと)

《無限回廊の扉》も繋がったことだし、私がいないときも、これからはソーヤにふたりの食生活をときどき監視してもらうことに決めた。セイリュウはともかく、博士の生活力のなさは問題だ。これから大きな事件解決のために動いてもらうことになるというのに、健康を害されては困る。

「いいですね、グッケンス博士。ソーヤがいないときは、魔法学校から出前を取ること! 絶対ですよ」

私は博士のお銚子を取り上げて、そうしないとこれ以上飲ませないぞという顔をした。
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