上 下
526 / 832
4 聖人候補の領地経営

715 極秘ミッションに向けて

しおりを挟む
715

「えーと……しばらく領地を留守にします。いつ帰るかはまだはっきりしてません」

領主館に戻った私がそう言うと、キッペイに盛大にため息をつかれた。今日はよくため息をつかれる日だ。

「それで、いつご出立なのでございますか?」
「えっと、正確な日取りはわからなくて……たぶん数日後かなぁ。連絡待ちなんで、それもまだはっきりはしていないんだけど……」

少し及び腰にそう言うと、キッペイはメモ帳を取り出してなにやら書き始める。

「メイロードさまがいらっしゃらない間の体制については、ここ数か月のご相談で詰めておりましたが、あの通りに通達してよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、はい。それでよろしく」

「では、メイロードさまがご不在の期間中、各省庁のトップに領主権限を一時委譲。必要な決定はメイロードさまのご帰還を待たずに速やかに決定するように、と伝えましょう。予算についても同様の指示で構いませんでしょうか?」

「ええ、もちろん。予算委員会のメンバーは、もう決めたわよね。彼等の主導でいいわ」

委員会の議長は私なのだが、今回は議長不在なので、別の議長代理を立ててやってもらうことに決めた。

「メイロードさまはこういった事態のために、権限委譲や委員会といったことを計画されていたのでございますか?」

キッペイが不思議そうにそう言う。たしかに、ここ数ヶ月の私の動きを見れば、そう思われても仕方がない。

「うーん、そういうわけじゃないんだけど、まぁ、これもいい経験になるかな。みんながちゃんとやってくれるって信じてるよ」

私はそういって笑うと、席に着いて急ぎの仕事の処理を始めた。出かけるまでに、なるべく仕事は片付けておくつもりだ。

キッペイにはもちろん、今回の作戦については誰にも言うわけにはいかない。極秘の作戦だからというのはもちろんだが、必死で止めてくれる人や心配してくれる人がたくさんいるだろうとわかっているからでもある。

(私のわがままで独断で引き受けちゃったことだし、心配をかける人は少ないほうがいいよね)

それに、いまの私にはこの依頼を断りにくい政治的理由もある。それは私が貴族として家を起こしたマリス伯爵家の当主である、ということだ。貴族たるもの、国家の危機に関わるような事件が起これば、その解決に動く責任がある。武を重んじてきたシド帝国では、国家の有事に駆り出されることはであり、子供だという理由を盾に〝できません〟との逃げることはできても、それはマリス伯爵家の信用を損なう上級貴族にあるまじきな行動なのだ。

特に今回のように、私しか適任者がいない軍部からの密命となれば(事件そのものは非公式に葬られ表も出ないとしても)シド帝国に大きな恩を売り、大きな〝貸し〟作れる。きっと、マリス領の基盤を盤石にすることになるだろう。

(まぁ、私のすることを公にするつもりはないんだけど、おそらく国の中枢にいる人間にはすべては隠し切れないだろうし、ぶっちゃけドール参謀に恩が売れれば十分大きな後ろ盾だしね。磐石な政治基盤……これは私の計画のために必要なことだから、この作戦への協力は私のためでもあるんだ)

さて次のステップへ進もう。

「そうでございますか」
「そうですか。承知いたしました」

私の妖精さんたちは、危険な任務に赴くと伝えたにもかかわらず、気が抜けるぐらいごくあっさりした対応だった。このふたりは最初から私についてくるつもりなので、迷いがない。それに、私の能力について一番知っているのもこのふたりなので、信頼してくれているのだろう。

(どことなく、楽しそうですらあるんだよねぇ、このふたり……この肝の座り方も私のせいなんだろうか)

いままで数々の事件や問題を一緒に乗り越えてきたセーヤとソーヤは、今回のこともそうした事件のひとつにしか見えないのだろう。この子たちは私と一緒ならどこでも楽しくて、どこでも行きたいのだ。

セーヤ・ソーヤには隠密行動をしてもらうことになるだろうけど、たしかにふたりがいてくれることは心強い。

そこからは、私の留守中の対処について確認しながら忙しく仕事を片付ける日々。

思ったよりそこからは時間がかかり、結局ミッション開始の連絡が来たのは半月以上経過してからだった。

ーーーーー

私の設定はこうだ。

地方貴族が使用人に産ませた子供で、十歳になったばかり。魔法力が高いことが明らかとなったため、本家に引き取られる予定になっていたのを誘拐してきたというもの。地方貴族の非嫡出子など、平民も同じ、誘拐することは特に難しくはなく、十分あり得る話だ。
地方貴族にしてみれば、誘拐されたこと自体が家の恥になる上、まだ本家での引取りも正式にされていない子供のため、追手も形だけで後腐れなし、しかも非常に珍しい〝魔力宿る髪〟をした期待できる優良物件という触れ込みだ。

作戦開始のため、平民よりやや身綺麗な服に身を包んだ私は、手など縛られつつ馬車に揺られていった。

《地形探査》もお手のものの私は、手首を拘束されようと、目隠しされようと自分のいる場所は瞬時にわかる。

(このために、事前にシドで手の入るロームバルト王国の地図を片っ端から見てきてるしね)

現在馬車はなんと私の領地を通過中。どうやら山越えのルートでロームバルトへと向かうらしい。たしかに、私の領地はロームバルトと近接しているし、人目も少なく国境警備の目を掻い潜るにはいい場所だ。

私を運んでいるのは、変装したシドの兵士と人買いとのパイプを持つという男とのことだが、どこで見張られているかわからないため、会話は最小限だし兵士にも私の正体については知らされていない。

〔メイロードさま、大丈夫ですか? お腹は空きませんか?〕
〔大丈夫よ、ソーヤ。それに、商品は健康でないといけないでしょうから、食事はちゃんと食べさせるでしょう。心配いらないわ〕
〔メイロードさま、同じ体勢ではお辛くないですか〕
〔それもまだ大丈夫。ガタガタ道は辛いけど、躰は動かせるし、我慢できないほどじゃないから〕

長い道中も、隠れたままセーヤとソーヤが甲斐甲斐しく面倒をみようとしてくれるので、さして辛くはなかった。

それに予想通り私への扱いは決してぞんざいなものではなく、食事や休憩も十分配慮されていた。とはいえ食事が干し肉や硬いパン、よくてくたくたの野菜が入った塩味スープだったのは仕方ないこととはいえ、なかなか辛いものだった。さらに辛かったのは、私が作りますと言えない、ということ。

誘拐され、打ちひしがれているはずの少女が嬉々として料理を始めてはさすがにまずい。

私は塩味スープを無の表情ですすりながら

(私に作らせろおおお!)

と心の中で叫んでいた。
しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。