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4 聖人候補の領地経営
715 極秘ミッションに向けて
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715
「えーと……しばらく領地を留守にします。いつ帰るかはまだはっきりしてません」
領主館に戻った私がそう言うと、キッペイに盛大にため息をつかれた。今日はよくため息をつかれる日だ。
「それで、いつご出立なのでございますか?」
「えっと、正確な日取りはわからなくて……たぶん数日後かなぁ。連絡待ちなんで、それもまだはっきりはしていないんだけど……」
少し及び腰にそう言うと、キッペイはメモ帳を取り出してなにやら書き始める。
「メイロードさまがいらっしゃらない間の体制については、ここ数か月のご相談で詰めておりましたが、あの通りに通達してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、はい。それでよろしく」
「では、メイロードさまがご不在の期間中、各省庁のトップに領主権限を一時委譲。必要な決定はメイロードさまのご帰還を待たずに速やかに決定するように、と伝えましょう。予算についても同様の指示で構いませんでしょうか?」
「ええ、もちろん。予算委員会のメンバーは、もう決めたわよね。彼等の主導でいいわ」
委員会の議長は私なのだが、今回は議長不在なので、別の議長代理を立ててやってもらうことに決めた。
「メイロードさまはこういった事態のために、権限委譲や委員会といったことを計画されていたのでございますか?」
キッペイが不思議そうにそう言う。たしかに、ここ数ヶ月の私の動きを見れば、そう思われても仕方がない。
「うーん、そういうわけじゃないんだけど、まぁ、これもいい経験になるかな。みんながちゃんとやってくれるって信じてるよ」
私はそういって笑うと、席に着いて急ぎの仕事の処理を始めた。出かけるまでに、なるべく仕事は片付けておくつもりだ。
キッペイにはもちろん、今回の作戦については誰にも言うわけにはいかない。極秘の作戦だからというのはもちろんだが、必死で止めてくれる人や心配してくれる人がたくさんいるだろうとわかっているからでもある。
(私のわがままで独断で引き受けちゃったことだし、心配をかける人は少ないほうがいいよね)
それに、いまの私にはこの依頼を断りにくい政治的理由もある。それは私が貴族として家を起こしたマリス伯爵家の当主である、ということだ。貴族たるもの、国家の危機に関わるような事件が起これば、その解決に動く責任がある。武を重んじてきたシド帝国では、国家の有事に駆り出されることは名誉であり、子供だという理由を盾に〝できません〟との逃げることはできても、それはマリス伯爵家の信用を損なう上級貴族にあるまじき不名誉な行動なのだ。
特に今回のように、私しか適任者がいない軍部からの密命となれば(事件そのものは非公式に葬られ表も出ないとしても)シド帝国に大きな恩を売り、大きな〝貸し〟作れる。きっと、マリス領の基盤を盤石にすることになるだろう。
(まぁ、私のすることを公にするつもりはないんだけど、おそらく国の中枢にいる人間にはすべては隠し切れないだろうし、ぶっちゃけドール参謀に恩が売れれば十分大きな後ろ盾だしね。磐石な政治基盤……これは私の計画のために必要なことだから、この作戦への協力は私のためでもあるんだ)
さて次のステップへ進もう。
「そうでございますか」
「そうですか。承知いたしました」
私の妖精さんたちは、危険な任務に赴くと伝えたにもかかわらず、気が抜けるぐらいごくあっさりした対応だった。このふたりは最初から私についてくるつもりなので、迷いがない。それに、私の能力について一番知っているのもこのふたりなので、信頼してくれているのだろう。
(どことなく、楽しそうですらあるんだよねぇ、このふたり……この肝の座り方も私のせいなんだろうか)
いままで数々の事件や問題を一緒に乗り越えてきたセーヤとソーヤは、今回のこともそうした事件のひとつにしか見えないのだろう。この子たちは私と一緒ならどこでも楽しくて、どこでも行きたいのだ。
セーヤ・ソーヤには隠密行動をしてもらうことになるだろうけど、たしかにふたりがいてくれることは心強い。
そこからは、私の留守中の対処について確認しながら忙しく仕事を片付ける日々。
思ったよりそこからは時間がかかり、結局ミッション開始の連絡が来たのは半月以上経過してからだった。
ーーーーー
私の設定はこうだ。
地方貴族が使用人に産ませた子供で、十歳になったばかり。魔法力が高いことが明らかとなったため、本家に引き取られる予定になっていたのを誘拐してきたというもの。地方貴族の非嫡出子など、平民も同じ、誘拐することは特に難しくはなく、十分あり得る話だ。
地方貴族にしてみれば、誘拐されたこと自体が家の恥になる上、まだ本家での引取りも正式にされていない子供のため、追手も形だけで後腐れなし、しかも非常に珍しい〝魔力宿る髪〟をした期待できる優良物件という触れ込みだ。
作戦開始のため、平民よりやや身綺麗な服に身を包んだ私は、手など縛られつつ馬車に揺られていった。
《地形探査》もお手のものの私は、手首を拘束されようと、目隠しされようと自分のいる場所は瞬時にわかる。
(このために、事前にシドで手の入るロームバルト王国の地図を片っ端から見てきてるしね)
現在馬車はなんと私の領地を通過中。どうやら山越えのルートでロームバルトへと向かうらしい。たしかに、私の領地はロームバルトと近接しているし、人目も少なく国境警備の目を掻い潜るにはいい場所だ。
私を運んでいるのは、変装したシドの兵士と人買いとのパイプを持つという男とのことだが、どこで見張られているかわからないため、会話は最小限だし兵士にも私の正体については知らされていない。
〔メイロードさま、大丈夫ですか? お腹は空きませんか?〕
〔大丈夫よ、ソーヤ。それに、商品は健康でないといけないでしょうから、食事はちゃんと食べさせるでしょう。心配いらないわ〕
〔メイロードさま、同じ体勢ではお辛くないですか〕
〔それもまだ大丈夫。ガタガタ道は辛いけど、躰は動かせるし、我慢できないほどじゃないから〕
長い道中も、隠れたままセーヤとソーヤが甲斐甲斐しく面倒をみようとしてくれるので、さして辛くはなかった。
それに予想通り私への扱いは決してぞんざいなものではなく、食事や休憩も十分配慮されていた。とはいえ食事が干し肉や硬いパン、よくてくたくたの野菜が入った塩味スープだったのは仕方ないこととはいえ、なかなか辛いものだった。さらに辛かったのは、私が作りますと言えない、ということ。
誘拐され、打ちひしがれているはずの少女が嬉々として料理を始めてはさすがにまずい。
私は塩味スープを無の表情ですすりながら
(私に作らせろおおお!)
と心の中で叫んでいた。
「えーと……しばらく領地を留守にします。いつ帰るかはまだはっきりしてません」
領主館に戻った私がそう言うと、キッペイに盛大にため息をつかれた。今日はよくため息をつかれる日だ。
「それで、いつご出立なのでございますか?」
「えっと、正確な日取りはわからなくて……たぶん数日後かなぁ。連絡待ちなんで、それもまだはっきりはしていないんだけど……」
少し及び腰にそう言うと、キッペイはメモ帳を取り出してなにやら書き始める。
「メイロードさまがいらっしゃらない間の体制については、ここ数か月のご相談で詰めておりましたが、あの通りに通達してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、はい。それでよろしく」
「では、メイロードさまがご不在の期間中、各省庁のトップに領主権限を一時委譲。必要な決定はメイロードさまのご帰還を待たずに速やかに決定するように、と伝えましょう。予算についても同様の指示で構いませんでしょうか?」
「ええ、もちろん。予算委員会のメンバーは、もう決めたわよね。彼等の主導でいいわ」
委員会の議長は私なのだが、今回は議長不在なので、別の議長代理を立ててやってもらうことに決めた。
「メイロードさまはこういった事態のために、権限委譲や委員会といったことを計画されていたのでございますか?」
キッペイが不思議そうにそう言う。たしかに、ここ数ヶ月の私の動きを見れば、そう思われても仕方がない。
「うーん、そういうわけじゃないんだけど、まぁ、これもいい経験になるかな。みんながちゃんとやってくれるって信じてるよ」
私はそういって笑うと、席に着いて急ぎの仕事の処理を始めた。出かけるまでに、なるべく仕事は片付けておくつもりだ。
キッペイにはもちろん、今回の作戦については誰にも言うわけにはいかない。極秘の作戦だからというのはもちろんだが、必死で止めてくれる人や心配してくれる人がたくさんいるだろうとわかっているからでもある。
(私のわがままで独断で引き受けちゃったことだし、心配をかける人は少ないほうがいいよね)
それに、いまの私にはこの依頼を断りにくい政治的理由もある。それは私が貴族として家を起こしたマリス伯爵家の当主である、ということだ。貴族たるもの、国家の危機に関わるような事件が起これば、その解決に動く責任がある。武を重んじてきたシド帝国では、国家の有事に駆り出されることは名誉であり、子供だという理由を盾に〝できません〟との逃げることはできても、それはマリス伯爵家の信用を損なう上級貴族にあるまじき不名誉な行動なのだ。
特に今回のように、私しか適任者がいない軍部からの密命となれば(事件そのものは非公式に葬られ表も出ないとしても)シド帝国に大きな恩を売り、大きな〝貸し〟作れる。きっと、マリス領の基盤を盤石にすることになるだろう。
(まぁ、私のすることを公にするつもりはないんだけど、おそらく国の中枢にいる人間にはすべては隠し切れないだろうし、ぶっちゃけドール参謀に恩が売れれば十分大きな後ろ盾だしね。磐石な政治基盤……これは私の計画のために必要なことだから、この作戦への協力は私のためでもあるんだ)
さて次のステップへ進もう。
「そうでございますか」
「そうですか。承知いたしました」
私の妖精さんたちは、危険な任務に赴くと伝えたにもかかわらず、気が抜けるぐらいごくあっさりした対応だった。このふたりは最初から私についてくるつもりなので、迷いがない。それに、私の能力について一番知っているのもこのふたりなので、信頼してくれているのだろう。
(どことなく、楽しそうですらあるんだよねぇ、このふたり……この肝の座り方も私のせいなんだろうか)
いままで数々の事件や問題を一緒に乗り越えてきたセーヤとソーヤは、今回のこともそうした事件のひとつにしか見えないのだろう。この子たちは私と一緒ならどこでも楽しくて、どこでも行きたいのだ。
セーヤ・ソーヤには隠密行動をしてもらうことになるだろうけど、たしかにふたりがいてくれることは心強い。
そこからは、私の留守中の対処について確認しながら忙しく仕事を片付ける日々。
思ったよりそこからは時間がかかり、結局ミッション開始の連絡が来たのは半月以上経過してからだった。
ーーーーー
私の設定はこうだ。
地方貴族が使用人に産ませた子供で、十歳になったばかり。魔法力が高いことが明らかとなったため、本家に引き取られる予定になっていたのを誘拐してきたというもの。地方貴族の非嫡出子など、平民も同じ、誘拐することは特に難しくはなく、十分あり得る話だ。
地方貴族にしてみれば、誘拐されたこと自体が家の恥になる上、まだ本家での引取りも正式にされていない子供のため、追手も形だけで後腐れなし、しかも非常に珍しい〝魔力宿る髪〟をした期待できる優良物件という触れ込みだ。
作戦開始のため、平民よりやや身綺麗な服に身を包んだ私は、手など縛られつつ馬車に揺られていった。
《地形探査》もお手のものの私は、手首を拘束されようと、目隠しされようと自分のいる場所は瞬時にわかる。
(このために、事前にシドで手の入るロームバルト王国の地図を片っ端から見てきてるしね)
現在馬車はなんと私の領地を通過中。どうやら山越えのルートでロームバルトへと向かうらしい。たしかに、私の領地はロームバルトと近接しているし、人目も少なく国境警備の目を掻い潜るにはいい場所だ。
私を運んでいるのは、変装したシドの兵士と人買いとのパイプを持つという男とのことだが、どこで見張られているかわからないため、会話は最小限だし兵士にも私の正体については知らされていない。
〔メイロードさま、大丈夫ですか? お腹は空きませんか?〕
〔大丈夫よ、ソーヤ。それに、商品は健康でないといけないでしょうから、食事はちゃんと食べさせるでしょう。心配いらないわ〕
〔メイロードさま、同じ体勢ではお辛くないですか〕
〔それもまだ大丈夫。ガタガタ道は辛いけど、躰は動かせるし、我慢できないほどじゃないから〕
長い道中も、隠れたままセーヤとソーヤが甲斐甲斐しく面倒をみようとしてくれるので、さして辛くはなかった。
それに予想通り私への扱いは決してぞんざいなものではなく、食事や休憩も十分配慮されていた。とはいえ食事が干し肉や硬いパン、よくてくたくたの野菜が入った塩味スープだったのは仕方ないこととはいえ、なかなか辛いものだった。さらに辛かったのは、私が作りますと言えない、ということ。
誘拐され、打ちひしがれているはずの少女が嬉々として料理を始めてはさすがにまずい。
私は塩味スープを無の表情ですすりながら
(私に作らせろおおお!)
と心の中で叫んでいた。
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