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4 聖人候補の領地経営
708 開放と罪と
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708
悪用された《魔法契約書》ほど危険なものはない、とよく理解していたつもりだった私だが、ここまでひどい使われ方を聞いたのは初めてだった。
サンクたちは幼い頃からの唯一の拠り所である、心から信じていた〝孤児院〟の院長に裏切られた。あまつさえ、騙されたまま自らの魔法力を注ぎ込んで作り上げた《魔法契約書》にサインと血判を押し、自らを自らの魔法で奴隷へと落とすことになってしまったのだ。すべては幼い頃から教え込まれた〝正しいことをするため〟だと疑わず、誇りさえ抱いて外の世界へ出た。だがその瞬間から、彼等の地獄は始まっていた。
「情けないことですが、私たちはお金の使い方すら知らないほどの世間知らずのまま〝売られた〟のです。わからないことだらけの世界で、身動きも取れず、絶望に蝕まれ、いつしか考える力すら失って……」
あとは再び泣くばかりのサンクに、私はかける言葉がなく、どうしたものかとしばらくその様子を見ていた。すると、泣きながらもサンクは再び語り始めた。
「あの男たちに囚われてからのこの一年は、永遠に感じられるほど辛い時間でした。ですが、今日その試練は終わりを告げました。すべてはメイロードさまのおかげです。見てください。あいつらに殴られたあざもつけられた傷も、メイロードさまに頂いた天上の香りのお茶と甘美なスープをいただいたことで、すっかり癒されたのです」
(しまった! そこまであの異世界ニンジンは効果が高かったのか! まぁ、たしかに一部スパイスも異世界産を使っているしなぁ……思った以上に回復力が高かったんだな……)
たしかにいま見たところ、三人の血色は良くなっていて、最初に見たときには確かにあったはずの痛々しい傷やあざも見当たらなくなっている。
「このような神の如き御技でお助けいただきましたこと、私は生涯忘れません! 私のこれからの人生はメイロードの深い深い慈悲と奇跡を伝えるためにあるとさえ思っております」
「いや、そこまでのことじゃ……」
エルさんは少し私の方を見て、ほれ見たことか!という顔をしている。
(うーん、たしかに信者を増やしているなぁ……かといって、やってしまった〝奇跡〟は取り消せないし……ともかく、しっかり口止めしておかないと、きっと大変なことになっちゃう)
そこで私は極めて真面目な表情で、またお祈り状態に入ろうとしているサンクを説得にかかった。
「サンク、私からのお願いがあるとすれば、このことを決して人に言わないでほしいということだけです」
「え…?」
「いいですか。この事件には、まだ解明されていないことがたくさんあります。あなた方の《契約の首輪》についても謎が残されていますし、あなたたちのいたという〝孤児院〟についても謎だらけです。
それに、あなたたちのひどい扱いの話を聞いただけでも、これには大掛かりで、かなり良くない犯罪が行われている可能性が十分考えられます。このままにはしておけないし、こちらがあなたたちから情報を掴んでいるという事実も絶対に人に悟らせてはなりません」
私の言葉にサンクは大きくうなずいた。
「たしかに、その通りでございます。私が浅はかでございました。メイロードさまからご許可をいただくまでは、この件について決して口外はいたしません。どうぞ、ご安心ください」
「そうしてください。お願いしますね」
私の言葉に、サンクは少しシュンしているがそれは仕方がない。これ以上、噂が広がることは絶対阻止しなければ、事件性云々以前に、この身が危ないのだ。
サンクへの聴取がひと段落したので、私は《契約の首輪》を調べてくれていたエルさんに声をかけた。
「どうですか。砕かずに外せそうでしょうか?」
私の言葉にエルさんは渋い顔だ。
「この首輪にはめられた石は、かなり特殊なものでね。私もいままで文献でしか見たことがない珍しいものだ。《鑑定》をしても邪悪な魔道具以上のことはわからない、その存在も怪しまれていたものなんだよ」
エルさんはそれ以上のことは言わなかった。何か、思うところはあるようだが確信が持てないのか、言うことすら危険を感じるのか、それはわからない。
「これをこの子たちを傷つけずに外すには、やはりメイロードの力を使うしかないだろうね。ただし、砕け散った瞬間に、魔法でその形を固定してみよう。それである程度は後から調べられるだろうからね」
そこで私とエルさんで、まずひとりの首輪を外すことを試みた。砕け散った《契約の首輪》は半分ほど残すことができたが、完全に復元することはできなかった。だが、それを踏まえて、つぎにエルさんが試みた固定魔法では、なんとか砕けた首輪がきっちりと元の形を保って保存された。ただし、はめられていた石は跡形もなく消えていたが……
「やはりあの石はダメだったね……まぁそうだろうとは思ったよ。いつまでもはめさせておくには忍びない危険なものだったし、ともかくあの〝鍵〟を壊さなけりゃ、この魔法契約は決して解除できないのだから、破壊はしかたなかろうよ」
きっと彼等を捕まえたのがシド帝国の軍部なら、ひとりは首輪を外さずにおいたに違いない。だが、私もエルさんもそんなかわいそうなことはとてもできない。だから、これでよかったのだと思う。
それでも私は、やっと最悪の首輪から解放されて、三人で抱き合って泣いている若い魔術師たちを見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。
「サンクたちは罰を受けることになるんですよね」
「ああ、そうだろうね。契約で縛られていたとはいえ、盗賊の逃亡に一年以上手を貸しているし、犯罪にも加担させられていたんだろう。だが、うまくいけばこの《契約の首輪》の残骸が、この子たちの情状酌量を訴える切り札になるかもしれないね」
「そうであって欲しいですね……」
喜びに泣き続ける彼らを見ながらも、これからのことを思うと私の心は晴れなかった。
悪用された《魔法契約書》ほど危険なものはない、とよく理解していたつもりだった私だが、ここまでひどい使われ方を聞いたのは初めてだった。
サンクたちは幼い頃からの唯一の拠り所である、心から信じていた〝孤児院〟の院長に裏切られた。あまつさえ、騙されたまま自らの魔法力を注ぎ込んで作り上げた《魔法契約書》にサインと血判を押し、自らを自らの魔法で奴隷へと落とすことになってしまったのだ。すべては幼い頃から教え込まれた〝正しいことをするため〟だと疑わず、誇りさえ抱いて外の世界へ出た。だがその瞬間から、彼等の地獄は始まっていた。
「情けないことですが、私たちはお金の使い方すら知らないほどの世間知らずのまま〝売られた〟のです。わからないことだらけの世界で、身動きも取れず、絶望に蝕まれ、いつしか考える力すら失って……」
あとは再び泣くばかりのサンクに、私はかける言葉がなく、どうしたものかとしばらくその様子を見ていた。すると、泣きながらもサンクは再び語り始めた。
「あの男たちに囚われてからのこの一年は、永遠に感じられるほど辛い時間でした。ですが、今日その試練は終わりを告げました。すべてはメイロードさまのおかげです。見てください。あいつらに殴られたあざもつけられた傷も、メイロードさまに頂いた天上の香りのお茶と甘美なスープをいただいたことで、すっかり癒されたのです」
(しまった! そこまであの異世界ニンジンは効果が高かったのか! まぁ、たしかに一部スパイスも異世界産を使っているしなぁ……思った以上に回復力が高かったんだな……)
たしかにいま見たところ、三人の血色は良くなっていて、最初に見たときには確かにあったはずの痛々しい傷やあざも見当たらなくなっている。
「このような神の如き御技でお助けいただきましたこと、私は生涯忘れません! 私のこれからの人生はメイロードの深い深い慈悲と奇跡を伝えるためにあるとさえ思っております」
「いや、そこまでのことじゃ……」
エルさんは少し私の方を見て、ほれ見たことか!という顔をしている。
(うーん、たしかに信者を増やしているなぁ……かといって、やってしまった〝奇跡〟は取り消せないし……ともかく、しっかり口止めしておかないと、きっと大変なことになっちゃう)
そこで私は極めて真面目な表情で、またお祈り状態に入ろうとしているサンクを説得にかかった。
「サンク、私からのお願いがあるとすれば、このことを決して人に言わないでほしいということだけです」
「え…?」
「いいですか。この事件には、まだ解明されていないことがたくさんあります。あなた方の《契約の首輪》についても謎が残されていますし、あなたたちのいたという〝孤児院〟についても謎だらけです。
それに、あなたたちのひどい扱いの話を聞いただけでも、これには大掛かりで、かなり良くない犯罪が行われている可能性が十分考えられます。このままにはしておけないし、こちらがあなたたちから情報を掴んでいるという事実も絶対に人に悟らせてはなりません」
私の言葉にサンクは大きくうなずいた。
「たしかに、その通りでございます。私が浅はかでございました。メイロードさまからご許可をいただくまでは、この件について決して口外はいたしません。どうぞ、ご安心ください」
「そうしてください。お願いしますね」
私の言葉に、サンクは少しシュンしているがそれは仕方がない。これ以上、噂が広がることは絶対阻止しなければ、事件性云々以前に、この身が危ないのだ。
サンクへの聴取がひと段落したので、私は《契約の首輪》を調べてくれていたエルさんに声をかけた。
「どうですか。砕かずに外せそうでしょうか?」
私の言葉にエルさんは渋い顔だ。
「この首輪にはめられた石は、かなり特殊なものでね。私もいままで文献でしか見たことがない珍しいものだ。《鑑定》をしても邪悪な魔道具以上のことはわからない、その存在も怪しまれていたものなんだよ」
エルさんはそれ以上のことは言わなかった。何か、思うところはあるようだが確信が持てないのか、言うことすら危険を感じるのか、それはわからない。
「これをこの子たちを傷つけずに外すには、やはりメイロードの力を使うしかないだろうね。ただし、砕け散った瞬間に、魔法でその形を固定してみよう。それである程度は後から調べられるだろうからね」
そこで私とエルさんで、まずひとりの首輪を外すことを試みた。砕け散った《契約の首輪》は半分ほど残すことができたが、完全に復元することはできなかった。だが、それを踏まえて、つぎにエルさんが試みた固定魔法では、なんとか砕けた首輪がきっちりと元の形を保って保存された。ただし、はめられていた石は跡形もなく消えていたが……
「やはりあの石はダメだったね……まぁそうだろうとは思ったよ。いつまでもはめさせておくには忍びない危険なものだったし、ともかくあの〝鍵〟を壊さなけりゃ、この魔法契約は決して解除できないのだから、破壊はしかたなかろうよ」
きっと彼等を捕まえたのがシド帝国の軍部なら、ひとりは首輪を外さずにおいたに違いない。だが、私もエルさんもそんなかわいそうなことはとてもできない。だから、これでよかったのだと思う。
それでも私は、やっと最悪の首輪から解放されて、三人で抱き合って泣いている若い魔術師たちを見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。
「サンクたちは罰を受けることになるんですよね」
「ああ、そうだろうね。契約で縛られていたとはいえ、盗賊の逃亡に一年以上手を貸しているし、犯罪にも加担させられていたんだろう。だが、うまくいけばこの《契約の首輪》の残骸が、この子たちの情状酌量を訴える切り札になるかもしれないね」
「そうであって欲しいですね……」
喜びに泣き続ける彼らを見ながらも、これからのことを思うと私の心は晴れなかった。
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