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4 聖人候補の領地経営
695 一煎目
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695
見たことのない飲み物に一同が戸惑いを見せる中、最初に盃へと口をつけたのはユリシル皇子だった。
「君が勧めるなら、その価値があるはずだ。いただくよ」
笑顔でそう言ってから、クイっと盃の液体を飲み干したユリシル皇子は、とても不思議なものを飲んだという顔をして、驚いている。
「なんだろう……僕は茶を飲んだはずなんだが、苦味でも甘さでもない、だがとても美味しい何かを飲んだような感じだ。極上のスープの一雫のようだけれど、さわやかでスッキリもしている……不思議だね」
ユリシル皇子の言葉に興味を惹かれ、他の方々の手も盃へと伸びていく。そして次々と皆が口にし始め飲み干すと、それぞれに目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「これがお茶なの?」
「ええ、茶葉は紅茶と同じものなのです」
日本茶、紅茶、中国茶も茶葉に大差はない。その大きな差を生んでいるのは発酵させているかいないかという製法の違いだ。今回皆さんにお出ししたのは、発酵させていない〝無発酵茶〟の代表である日本茶だ。さらに美しい緑色が際立つ日本茶の中でも、特に厳選された〝玉露〟を使用した。
皆様にお出しした最初の一杯では、この〝玉露〟の持つポテンシャルが最も際立つ普通のお茶ではまず行わない飲み方をしていただいた。この一煎目、少量の極低温のお湯を使用し、長めの抽出を行なっているのだ。
この方法でゆっくりと茶葉を開くと、苦味の元となるタンニンが抑えられ、茶葉の持つ旨味だけが強く濃厚に抽出される。その味は、まるで出汁を飲むようだという人もいるぐらいの旨味を感じさせる一雫なのだ。たった一口の液体だが、この味はさすがの皇族の方々も味わったことがないだろう。
「これはじつに不思議な茶だな……うまい」
「そうですわね。たった一口で終わってしまって惜しいようですわ」
「いや、このたった一口だからこその、この濃い味なんだろう……なるほど」
さすがに、贅沢に慣れている方々は味の理解が早いようで、珍しい味を大いに楽しんでくれた様子だ。
「この茶葉は、まだまだ楽しむことができます。それでは、次は温度を上げさらに湯量を増やして二煎目を楽しんでいただきたいと思います。ここからは、この緑のお茶に合うお菓子をいくつかご用意させていただきましたので、どうぞお召し上がりください」
まず用意したのは〝シベリア〟というお菓子。スポンジ生地の間に羊羹を挟んだお菓子だ。
最初はそのまま羊羹を出そうかとも思ったのだが、食べやすく、バリエーションが作りやすいかと考え〝シベリア〟を採用した。
今回の〝シベリア〟は、こし餡、白餡、それにベリーを使った赤い餡の三種類。スポンジ生地にも柑橘の香りをつけたり、香ばしくローストしたナッツを刻んで入れてみたりと工夫している。
これを可愛い一口サイズにして私お手製の木の器に盛り付けている。これは味の良さはもちろんだが、断面がとても美しく、皿で映えるお菓子になった。それに、手掴みでも、小さなフォークで食べてもちょうど良い大きさなのも、お茶会向きだ。
「これはまた可愛らしいね。どんな味なんだろう……」
すでに私のお茶会に興味津々の皆さん、すぐに手が出て食べ始めてくれた。
「ほぉ、これは旨いものだな! 見た目だけではない実のある美味しさというのか……いい、とてもいい!」
どうやら甘党らしいラスレイ皇子が目を細める。
すかさず二煎目のお茶が手元に届き、それを飲むとみなさんの口から
「あ~」
という声が漏れた。
「メイロード、やってくれたな。この甘さを、この苦味のある茶が引き立てたかと思うとすっきりと流し去った。後に残るのは爽やかな後味だけか……これは、食べ進んでしまうわ」
リアーナ様はコロコロと笑いながら上機嫌。
「これは甘いものがさして好きでない僕でも美味しいと思えるよ。実にいい組み合わせだ」
ゼン皇子も美味しそうに〝シベリア〟を楽しんでいる。
好評なようなので、ここでさらに追撃。色鮮やかな〝練り切り〟をお出しする。
「まぁ、まぁ!! これは綺麗ね! これは薔薇かしら?」
ここでお出ししたのは、色付けした白餡を使って形を作ったお茶会菓子〝練り切り〟だ。私が練習して作れる程度の簡単な意匠のものだが、それでも初めて見る方々には、なかなかのインパクトだろう。
「こちらから、小鳥を模した〝ひな〟薔薇の花を模した〝いばら姫〟、新緑の草木を模した〝青葉〟でございます」
「何という鮮やかさだ。しかも、ひとつひとつに意味と世界観が表現されていて、季節の息吹を感じられるよう工夫されているとは……」
「ふふふ、メイロード。これは招待されている我々の感性を試すようだのぉ」
リアーナ様は皿の上の〝ひな〟の練り切りを眺めながら、楽しそうだ。私も笑顔でリアーナ様にお返しする。
「試すだなどと、滅相もございません。このシド帝国の文化の頂点たる皆様方に捧げる田舎領主の精一杯のおもてなしにございます」
「田舎領主のぉ……この洗練ぶりでぬけぬけと、ほほほ」
「まったくでございます。このように、自らの美的感覚や味覚が試されるお茶会は初めてでございます!」
メアリ様も薔薇の練り切りを眺めながら、リアーナ様に同意する。
皇子様方は、なぜか真剣な顔で練り切りに向き合っていて、
「感性……か。なるほど……」
「文化か……芸術性はこうしたものにもあるのだな……」
「シドの目指す〝文化国家〟とは、こうしたことなのかも……」
などとぶつぶつ言いながら、それでもお茶とお菓子をどんどん召し上がっている。
(よーし、ここまではいい感じ!)
見たことのない飲み物に一同が戸惑いを見せる中、最初に盃へと口をつけたのはユリシル皇子だった。
「君が勧めるなら、その価値があるはずだ。いただくよ」
笑顔でそう言ってから、クイっと盃の液体を飲み干したユリシル皇子は、とても不思議なものを飲んだという顔をして、驚いている。
「なんだろう……僕は茶を飲んだはずなんだが、苦味でも甘さでもない、だがとても美味しい何かを飲んだような感じだ。極上のスープの一雫のようだけれど、さわやかでスッキリもしている……不思議だね」
ユリシル皇子の言葉に興味を惹かれ、他の方々の手も盃へと伸びていく。そして次々と皆が口にし始め飲み干すと、それぞれに目を見開き、驚きの表情を浮かべた。
「これがお茶なの?」
「ええ、茶葉は紅茶と同じものなのです」
日本茶、紅茶、中国茶も茶葉に大差はない。その大きな差を生んでいるのは発酵させているかいないかという製法の違いだ。今回皆さんにお出ししたのは、発酵させていない〝無発酵茶〟の代表である日本茶だ。さらに美しい緑色が際立つ日本茶の中でも、特に厳選された〝玉露〟を使用した。
皆様にお出しした最初の一杯では、この〝玉露〟の持つポテンシャルが最も際立つ普通のお茶ではまず行わない飲み方をしていただいた。この一煎目、少量の極低温のお湯を使用し、長めの抽出を行なっているのだ。
この方法でゆっくりと茶葉を開くと、苦味の元となるタンニンが抑えられ、茶葉の持つ旨味だけが強く濃厚に抽出される。その味は、まるで出汁を飲むようだという人もいるぐらいの旨味を感じさせる一雫なのだ。たった一口の液体だが、この味はさすがの皇族の方々も味わったことがないだろう。
「これはじつに不思議な茶だな……うまい」
「そうですわね。たった一口で終わってしまって惜しいようですわ」
「いや、このたった一口だからこその、この濃い味なんだろう……なるほど」
さすがに、贅沢に慣れている方々は味の理解が早いようで、珍しい味を大いに楽しんでくれた様子だ。
「この茶葉は、まだまだ楽しむことができます。それでは、次は温度を上げさらに湯量を増やして二煎目を楽しんでいただきたいと思います。ここからは、この緑のお茶に合うお菓子をいくつかご用意させていただきましたので、どうぞお召し上がりください」
まず用意したのは〝シベリア〟というお菓子。スポンジ生地の間に羊羹を挟んだお菓子だ。
最初はそのまま羊羹を出そうかとも思ったのだが、食べやすく、バリエーションが作りやすいかと考え〝シベリア〟を採用した。
今回の〝シベリア〟は、こし餡、白餡、それにベリーを使った赤い餡の三種類。スポンジ生地にも柑橘の香りをつけたり、香ばしくローストしたナッツを刻んで入れてみたりと工夫している。
これを可愛い一口サイズにして私お手製の木の器に盛り付けている。これは味の良さはもちろんだが、断面がとても美しく、皿で映えるお菓子になった。それに、手掴みでも、小さなフォークで食べてもちょうど良い大きさなのも、お茶会向きだ。
「これはまた可愛らしいね。どんな味なんだろう……」
すでに私のお茶会に興味津々の皆さん、すぐに手が出て食べ始めてくれた。
「ほぉ、これは旨いものだな! 見た目だけではない実のある美味しさというのか……いい、とてもいい!」
どうやら甘党らしいラスレイ皇子が目を細める。
すかさず二煎目のお茶が手元に届き、それを飲むとみなさんの口から
「あ~」
という声が漏れた。
「メイロード、やってくれたな。この甘さを、この苦味のある茶が引き立てたかと思うとすっきりと流し去った。後に残るのは爽やかな後味だけか……これは、食べ進んでしまうわ」
リアーナ様はコロコロと笑いながら上機嫌。
「これは甘いものがさして好きでない僕でも美味しいと思えるよ。実にいい組み合わせだ」
ゼン皇子も美味しそうに〝シベリア〟を楽しんでいる。
好評なようなので、ここでさらに追撃。色鮮やかな〝練り切り〟をお出しする。
「まぁ、まぁ!! これは綺麗ね! これは薔薇かしら?」
ここでお出ししたのは、色付けした白餡を使って形を作ったお茶会菓子〝練り切り〟だ。私が練習して作れる程度の簡単な意匠のものだが、それでも初めて見る方々には、なかなかのインパクトだろう。
「こちらから、小鳥を模した〝ひな〟薔薇の花を模した〝いばら姫〟、新緑の草木を模した〝青葉〟でございます」
「何という鮮やかさだ。しかも、ひとつひとつに意味と世界観が表現されていて、季節の息吹を感じられるよう工夫されているとは……」
「ふふふ、メイロード。これは招待されている我々の感性を試すようだのぉ」
リアーナ様は皿の上の〝ひな〟の練り切りを眺めながら、楽しそうだ。私も笑顔でリアーナ様にお返しする。
「試すだなどと、滅相もございません。このシド帝国の文化の頂点たる皆様方に捧げる田舎領主の精一杯のおもてなしにございます」
「田舎領主のぉ……この洗練ぶりでぬけぬけと、ほほほ」
「まったくでございます。このように、自らの美的感覚や味覚が試されるお茶会は初めてでございます!」
メアリ様も薔薇の練り切りを眺めながら、リアーナ様に同意する。
皇子様方は、なぜか真剣な顔で練り切りに向き合っていて、
「感性……か。なるほど……」
「文化か……芸術性はこうしたものにもあるのだな……」
「シドの目指す〝文化国家〟とは、こうしたことなのかも……」
などとぶつぶつ言いながら、それでもお茶とお菓子をどんどん召し上がっている。
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