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4 聖人候補の領地経営
685 マニアなふたり
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685
「アリーシアさ……、アリーシア、どうかしたのですか?」
私の言葉にアリーシアは少し悲しげに言う。
「なんだか、うらやましいなって……領民からそんな素敵な贈り物をもらえるメイロードが、いいなって……」
根が素直なのだろう。こういうことを、さらっと口に出せるのはアリーシアのいいところだ。
躰が弱く生まれ治療を必要としたアリーシアは、健康体となってからもずっとパレスで過ごしているため、領地とのつながりはほとんどない。ドール参謀が軍部の仕事で多忙を極められていることもあり、領地運営の中心はいまだに爵位を譲られた先代ドール公が担っておられるそうだ。
もちろん知識としては領地や領民について教えられているはずのアリーシアではあるけれど、領地への訪問もほとんどなく領民と触れ合う機会もないので、領民が領主のために何かをしてくれる、という状況がよくわからないのだろう。
(まぁ、私みたいに自ら飛び込んでいく方が珍しいよね。というか、ついこの間まで領民側だったしね)
「アリーシア、昨日食べた果物はどこから届いたと思う?」
ドール参謀が娘に話しかけた。
「あれはわが領地の民からわが家への贈り物だ。決して強制したものではない。何も言わずとも季節になると贈られてくるものなのだよ」
「そうですよ、おじいさまが、そしてお父様が領地をよく治められているからこそ、領民が贈ってくれるのです。あなたにも心のこもった贈り物はたくさん届いているのですよ」
ルミナーレ様はやさしく諭すように語りかけた。続いてドール参謀も、落ち着いた声で娘にこう言った。
「メイロードは、この若さで領主となったが、それはまたお前とは違う生き方なのだ。ただ、なぜメイロードが領民から愛されるのかその意味はよく考えるといい」
「はい。私もこれから知って参ります!」
アリーシアの瞳には力が戻り、そこからは私の仕事や領地についての質問攻めだった。
(とは言っても、領地運営の難しい話ではなく、私の日常生活についてがほとんどだったけどね)
この質問責めの途中でアリーシアのお友だちのご令嬢方が会場にみえたので、挨拶するためにアリーシアは席を離れた。そこで今度はドール参謀とルミナーレ様に、忙しいことはわかっているが、たまにはアリーシアに会ってやってほしいと頼まれてしまった。
「あれの心を動かせる友人は、やはりメイロードだけのようだ。君ほど娘の教育に良い友人もいない」
「ええ、本当にそうですわね。それに、あの子もいずれは人の上に立ち生きていく子です。少しでもメイロードの思慮深さが身についてくれれば、こんなにうれしいことはありませんもの」
どうやら貴族の令嬢のお友だちばかりの中で、贅沢やわがままがあまりに〝普通〟になってしまっていて、なかなかの自由人に育ってしまっているアリーシアに、おふたりはかなりてこずっていらっしゃるようだ。
なんとか早いうちにアリーシアを落ち着かせ、こうしたよくない態度が収まるようにしたいというおふたりの熱意に、私はこう提案してみた。
「大変申し訳ないのですが、私の多忙はしばらく続きます。私がパレスに来ることは今後もそう多くはないでしょう。
ですが、もしよろしければ避暑の時期にでも、私の領地へアリーシア様をお誘いしてみましょうか。パレス以外での生き方を体験するいい機会になるかもしれません」
「まぁ、うれしいわ、メイロード。ありがとう、きっとアリーシアも喜ぶでしょう」
「感謝するよ、メイロード」
日頃から何かとお世話になっているドール家の皆さんだ。これぐらいのことならば喜んで引き受けよう。
「そろそろ、お食事はいかがでございますか?」
しばらくの間、私たちが〝アリーシア嬢更生プログラム〟について熱く話していると、サイデムおじさまが召使たちに今日のパーティーメニューから厳選した食事をテーブルに並べさせ始めた。
美しい断面をみせる野菜のゼリー寄せテリーヌ風、串に刺した一口サイズの野菜や揚げ物、チーズやお肉を食べやすく重ねた色とりどりのピンチョス、野菜たっぷりの冷製スープのガスパチョ、エビと帆立を葉野菜と重ねてミルフィーユ風に仕立てた海鮮サラダなど、私のアイディアをふんだんに盛り込んだお料理。どれも素晴らしい仕上がりだ。
席に戻ってきたアリーシアも含め、皆で頂いた。
「美味しい! どれも本当に美味しいわ。このテリーヌってなんて綺麗なお料理なのかしら。それに冷たいスープがこんなに美味しいなんて、思ってもいなかった!」
「このケーキのようなサラダも本当に美味しいわ。海鮮をこんな風に使うお料理があるなんて……」
女性陣には目新しい野菜料理がとても好評のようだ。
一方、おじさまと参謀は、ラーメンの丼に夢中だ。
「このスープは、わが家に教えてもらったあの塩ラーメンとはまた違う深いコクがあるな……また新しい素材を手に入れたのか、サイデム」
「ははは、これは複数のスープを掛け合わせることで旨味を引き出す技法を用いているのでございますよ。まぁ、そのスープについては秘密ですが……」
「うぅ、ヒントは、せめてヒントだけでも」
「仕方ございませんな。貝類にはとてもいい味のスープが取れるものがあるのですよ……おっと、これ以上は、ははは」
「なるほど、このコクは貝か……」
真剣な顔でスープの味見をしているドール参謀もだいぶラーメン好きをこじらせている感じがする。
「あの、ルミナーレ様。もしかしてドール参謀はよくラーメンを召し上がっているのですか?」
ルミナーレ様は、コロコロと笑いながらうなずく。
「夜食は必ずラーメンなのですよ。本当に気に入ってしまわれたのね。いまでは専用のコックまで雇って研究させているのよ。呆れるでしょう」
しかも〝天舟〟を使って、イスまでお忍びでやってきて、おじさまの作ったあのラーメン街へも出没しているらしい。
(どうやら、このふたりがいれば、私が何もしなくても、どんどんラーメン文化は広がっていきそう)
今回提供しているオーク骨を使った豚骨風、沿海州の味噌をブレンドした味噌、そしてトリプルスープのあっさり塩の三種類のラーメンを食べ比べながら、ときに真剣にときに楽しげに語らうふたりは、遠くから見たら難しい政治の話や世界情勢の話をしているように見えるのだろうが、実際はラーメンマニアの情報交換だ。
(しかもこのふたりお金も権力もあるから、やりたい放題だもんね)
「隠し味にですな……」
「スープの配合はなんとも難しいな……」
「新しい素材に柑橘を……」
女性陣はそのマニアな会話を続けるふたりの姿を少し呆れ気味に見つつ、そちらは放っておくことにして、次々に運ばれてくるイスの料理人渾身の力作メニューである、色とりどりのご馳走をお話ししながら楽しく食べたのだった。
「アリーシアさ……、アリーシア、どうかしたのですか?」
私の言葉にアリーシアは少し悲しげに言う。
「なんだか、うらやましいなって……領民からそんな素敵な贈り物をもらえるメイロードが、いいなって……」
根が素直なのだろう。こういうことを、さらっと口に出せるのはアリーシアのいいところだ。
躰が弱く生まれ治療を必要としたアリーシアは、健康体となってからもずっとパレスで過ごしているため、領地とのつながりはほとんどない。ドール参謀が軍部の仕事で多忙を極められていることもあり、領地運営の中心はいまだに爵位を譲られた先代ドール公が担っておられるそうだ。
もちろん知識としては領地や領民について教えられているはずのアリーシアではあるけれど、領地への訪問もほとんどなく領民と触れ合う機会もないので、領民が領主のために何かをしてくれる、という状況がよくわからないのだろう。
(まぁ、私みたいに自ら飛び込んでいく方が珍しいよね。というか、ついこの間まで領民側だったしね)
「アリーシア、昨日食べた果物はどこから届いたと思う?」
ドール参謀が娘に話しかけた。
「あれはわが領地の民からわが家への贈り物だ。決して強制したものではない。何も言わずとも季節になると贈られてくるものなのだよ」
「そうですよ、おじいさまが、そしてお父様が領地をよく治められているからこそ、領民が贈ってくれるのです。あなたにも心のこもった贈り物はたくさん届いているのですよ」
ルミナーレ様はやさしく諭すように語りかけた。続いてドール参謀も、落ち着いた声で娘にこう言った。
「メイロードは、この若さで領主となったが、それはまたお前とは違う生き方なのだ。ただ、なぜメイロードが領民から愛されるのかその意味はよく考えるといい」
「はい。私もこれから知って参ります!」
アリーシアの瞳には力が戻り、そこからは私の仕事や領地についての質問攻めだった。
(とは言っても、領地運営の難しい話ではなく、私の日常生活についてがほとんどだったけどね)
この質問責めの途中でアリーシアのお友だちのご令嬢方が会場にみえたので、挨拶するためにアリーシアは席を離れた。そこで今度はドール参謀とルミナーレ様に、忙しいことはわかっているが、たまにはアリーシアに会ってやってほしいと頼まれてしまった。
「あれの心を動かせる友人は、やはりメイロードだけのようだ。君ほど娘の教育に良い友人もいない」
「ええ、本当にそうですわね。それに、あの子もいずれは人の上に立ち生きていく子です。少しでもメイロードの思慮深さが身についてくれれば、こんなにうれしいことはありませんもの」
どうやら貴族の令嬢のお友だちばかりの中で、贅沢やわがままがあまりに〝普通〟になってしまっていて、なかなかの自由人に育ってしまっているアリーシアに、おふたりはかなりてこずっていらっしゃるようだ。
なんとか早いうちにアリーシアを落ち着かせ、こうしたよくない態度が収まるようにしたいというおふたりの熱意に、私はこう提案してみた。
「大変申し訳ないのですが、私の多忙はしばらく続きます。私がパレスに来ることは今後もそう多くはないでしょう。
ですが、もしよろしければ避暑の時期にでも、私の領地へアリーシア様をお誘いしてみましょうか。パレス以外での生き方を体験するいい機会になるかもしれません」
「まぁ、うれしいわ、メイロード。ありがとう、きっとアリーシアも喜ぶでしょう」
「感謝するよ、メイロード」
日頃から何かとお世話になっているドール家の皆さんだ。これぐらいのことならば喜んで引き受けよう。
「そろそろ、お食事はいかがでございますか?」
しばらくの間、私たちが〝アリーシア嬢更生プログラム〟について熱く話していると、サイデムおじさまが召使たちに今日のパーティーメニューから厳選した食事をテーブルに並べさせ始めた。
美しい断面をみせる野菜のゼリー寄せテリーヌ風、串に刺した一口サイズの野菜や揚げ物、チーズやお肉を食べやすく重ねた色とりどりのピンチョス、野菜たっぷりの冷製スープのガスパチョ、エビと帆立を葉野菜と重ねてミルフィーユ風に仕立てた海鮮サラダなど、私のアイディアをふんだんに盛り込んだお料理。どれも素晴らしい仕上がりだ。
席に戻ってきたアリーシアも含め、皆で頂いた。
「美味しい! どれも本当に美味しいわ。このテリーヌってなんて綺麗なお料理なのかしら。それに冷たいスープがこんなに美味しいなんて、思ってもいなかった!」
「このケーキのようなサラダも本当に美味しいわ。海鮮をこんな風に使うお料理があるなんて……」
女性陣には目新しい野菜料理がとても好評のようだ。
一方、おじさまと参謀は、ラーメンの丼に夢中だ。
「このスープは、わが家に教えてもらったあの塩ラーメンとはまた違う深いコクがあるな……また新しい素材を手に入れたのか、サイデム」
「ははは、これは複数のスープを掛け合わせることで旨味を引き出す技法を用いているのでございますよ。まぁ、そのスープについては秘密ですが……」
「うぅ、ヒントは、せめてヒントだけでも」
「仕方ございませんな。貝類にはとてもいい味のスープが取れるものがあるのですよ……おっと、これ以上は、ははは」
「なるほど、このコクは貝か……」
真剣な顔でスープの味見をしているドール参謀もだいぶラーメン好きをこじらせている感じがする。
「あの、ルミナーレ様。もしかしてドール参謀はよくラーメンを召し上がっているのですか?」
ルミナーレ様は、コロコロと笑いながらうなずく。
「夜食は必ずラーメンなのですよ。本当に気に入ってしまわれたのね。いまでは専用のコックまで雇って研究させているのよ。呆れるでしょう」
しかも〝天舟〟を使って、イスまでお忍びでやってきて、おじさまの作ったあのラーメン街へも出没しているらしい。
(どうやら、このふたりがいれば、私が何もしなくても、どんどんラーメン文化は広がっていきそう)
今回提供しているオーク骨を使った豚骨風、沿海州の味噌をブレンドした味噌、そしてトリプルスープのあっさり塩の三種類のラーメンを食べ比べながら、ときに真剣にときに楽しげに語らうふたりは、遠くから見たら難しい政治の話や世界情勢の話をしているように見えるのだろうが、実際はラーメンマニアの情報交換だ。
(しかもこのふたりお金も権力もあるから、やりたい放題だもんね)
「隠し味にですな……」
「スープの配合はなんとも難しいな……」
「新しい素材に柑橘を……」
女性陣はそのマニアな会話を続けるふたりの姿を少し呆れ気味に見つつ、そちらは放っておくことにして、次々に運ばれてくるイスの料理人渾身の力作メニューである、色とりどりのご馳走をお話ししながら楽しく食べたのだった。
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