上 下
492 / 823
4 聖人候補の領地経営

681 イスの新名所

しおりを挟む
681

おじさまに連れて行かれたそこは屋台の並ぶ路地のような場所で、夜だというのにびっくりするほど多くの人で賑わっていた。

〝西ノ森味噌を使用した最高級味噌ラーメン!〟
〝たっぷり野菜の塩ラーメン、アキツ昆布を使った絶品のスープ〟
〝鳥出汁で食べるあっさり細打ち麺〟
〝超濃厚オーク骨スープ〟

店にはそれぞれの売り文句が掲げられていて、人々は楽しそうにあちこちの屋台を品定めしながら行き交い、どこも行列ができるほど繁盛している。

「おじさま……これって……」

「ここの営業を開始してから、まだ二か月ってところだが、どうだ? 大盛況だろう!」

自慢げなおじさまを見て、私はすべてを理解した。

ラーメン好きをこじらせにこじらせたサイデムおじさまは、ついにラーメン屋を集結させたいわゆる〝グルメストリート〟をイスに作ってしまったのだ。

「呆れた! イスのこんな地価の高い好立地に屋台を出させるなんて、おじさまが来やすい場所だからですよね? ちゃんと商売になっているんでしょうね!?」

私の言葉に少しむくれたおじさまは、すぐに言い返してきた。

「あ、当たり前だ! 誰が赤字の店なんぞ作るか! 見ろよ、この繁盛ぶりを! どの店も客でいっぱいだろうが!」

私はおじさまを疑り深くジトッと見つつ、とりあえずその屋台が連なる路地の様子を観察する。確かにそこはイスではかなりいい立地ではあるが、広い面積が取れない細い土地で、大きな店を建てることは難しい場所だった。

この形状の土地なら、確かにこのいい立地でも交渉次第では比較的安く手に入れられるかもしれない。おじさまのことだ、ちゃんと土地は購入済みで外に使用料を払ったりはしていないだろうから、賃料は総取りだろう。いずれ隣接した土地が買収できるまでの休眠地の利用としては、いいアイディアかもしれない。賃料を売り上げのパーセンテージで契約しているなら、流行りさえすれば儲けも期待できるだろう。

しかも、ここに出店するにはかなり厳しい選考を潜り抜けなければならないそうだ。イスでは私が広めてしまったせいで、他の土地に先駆けてラーメン文化が根付いてきているので、すでにかなり数のラーメン店がある。この場所への出店は、その中で選考を勝ち残った最高の店という称号を得られる晴れ舞台、しかも年に一度は入れ替え戦もあるという狭き門だそうだ。

(ラーメン甲子園とかそういう感じかな? それにしてもここまでやるとは、すごい情熱)

よく見ると、どの店も客単価はかなり高めに設定されている。ラーメンに三ポルなんてつけている店もあるのに、誰も全然気にしていないのは、この場所に出店されているというだけで付加価値がついている、ということのようだ。

まだまだラーメンが高級食として認知されているということもあるだろうけど、手の届く贅沢品と考えれば、比較的裕福なイスに住む人たちなら、庶民でも十分食べに来られる程度の価格というのがほどよいのかもしれない。この値段なら作る方もきっちり原価がかけられるから、しっかりした味のものが出せて、決して信用を落とすようなことは起こらないだろうし、どちらにもいい状況だ。

(さすがおじさまというべきね……これは流行るわ)

「おじさま、もしかして選考にも口を出してます?」
「当たり前だ! 選考会には必ず出ているし、ここにある店の看板商品は全部味見してるぞ。ふっふっふ」

得意げなおじさまに、私は頭を抱える。おじさまのラーメン好きは思った以上の暴走特急になってしまっていた。ついにはラーメンを食べることを仕事に取り込むまでになっているとは……

おじさまはスタスタと一軒の屋台に近づく。おじさまの姿が見えただけで、店の方は屋台の後ろに席を作ってくれていた。

「ここに出店する条件でな。俺の〝視察〟には即対応することっていうのがあるのさ」
「あっきれた! 強権発動ですね!」
「いいじゃねーかよ、そのぐらい。ここの屋台は半分は俺の店みたいなもんなんだし……」

確かにここの主催者はおじさまで、地権者で、選考委員でもある。多忙にすぎるおじさまに対して並んで食べろというのはそれはそれで無理だろうし……

元々がおじさまの食い意地……というかラーメン道楽から端を発した屋台村だ。最初の契約時からその条件になっているわけだし、ちゃんとお金は払っているんだし、一応店の裏に入るぐらいは気を使っていることだし……このぐらいの余禄は認めてもいいのかもしれない。

(それにしても幸せそうに大盛り味噌ラーメンを食べてるわね……さっき、あんなにご馳走を食べてきたのに……)

私は子供用サイズの小さな器で少しだけいただく。

(うん、なかなか美味しい。太めの縮れ麺にたっぷりの油が浮いていてこってり。スープにはやや雑味があるけど、油で蓋がされているからスープが冷めにくくて熱々なのが嬉しいね。でも、私にはちょっと油が強いかな……とはいえ、このコッテリ感は、シド好みではある……)

おじさまがもう食べ終わった器を置いて、私を見る。

「わかってるさ。まだまだどの店もお前の味にはたどり着けていない。だが、悪くもないだろう? この屋台村の店も、きっとどんどん旨くなっていくさ。先が楽しみだとは思わないか?」

「ふふ、おじさまのラーメン好きも、ここまで来ちゃいましたか。そうですね……もうこんなにたくさんの方たちが楽しむ味のなったんです。きっと、もっと美味しくなって行きますよ。ええ、楽しみですね」

「また、食べに来よう。俺といればどの店も顔パスだ」

「おじさまは、少し控えた方がいいんじゃないですか? 屋台の方に言っておこうかしら……すいませーん!」
「バカ! やめろよメイロード!!」

私とおじさまは軽口を叩き合いながら、新しいイスの名物、ラーメン屋台街を楽しんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】妃が毒を盛っている。

ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。