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4 聖人候補の領地経営

663 特産品は何がいい?

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663

「海路が使えるのであれば、シド帝国だけでなく、ロームバルトや沿海州との取引も可能になりますね」

久しぶりにカングンにある領主邸の執務室で書類にサインをしながら、セータイズの港の整備が終わったことをキッペイに話している。

「うん。海運が使えると量が運べるから、安いものでも利益が取りやすいんだよね。とはいえ、需要と合わないものじゃ商売にならないし……新たな特産品づくりは難しいよ」

交易品として船で運ぶのに適しているのは、大量の需要がある商品だ。輸送に時間がかかるため、多くの生鮮品も除外される。小麦や大麦はもちろんいい商品だが、価格が安定し過ぎていて旨味がないし、わざわざ海路を使ってまで運ばずとも輸出量のほとんどは陸路二週間ほどでイスに運ばれ消費されている。

「難しいですね。冒険者ギルドに依頼が出るような素材は、それなりの高値で取引きされますが、冒険者の動き次第ですし〝特産品〟と言えるような量が採取できる保証もございませんし……。ここでしか採れない稀少な素材を見つけるしかないでしょうか」

キッペイは書棚から植物辞典を引っ張り出して何かヒントはないかと眺め始めている。

一度私は沿海州で、タイチの領地の人々を助けるために、山の採取可能な植物を《緑の手》を使って増やし、その生息地の地図を与えるという方法で、一時的に収入を増やす方法を試したことがある。

だが、この方法は本当に一時的なもので、私の魔法の効力が徐々に失われれば、元に戻ってしまうだろう。それでは、この領地を支える〝特産品〟とは言えない。

(あれ?……あのとき確か……)

私は思い出したことの現在の状況を確かめるため、すぐにマホロの冒険者ギルドのアーセル幹事と薬種問屋〝仙鏡院〟のゼンモンさんに《伝令》を放った。

返ってきたおふたりから返事は私の予想通りで、もし私がこの事業化に成功できれば、多くの人たちが喜ぶこともわかった。

私は植物辞典を広げて、キッペイに見せる。

「〝イワムシ草〟! これを妖精たちがいる森で育ててみようと思うの!」

急に動き始めた私の勢いにたじろくキッペイを前に、構わず話し始めた。

「いま《伝令》を送ったのは、〝イワムシ草〟の産地、沿海州アキツ国の冒険者ギルドマスターとシド帝国で一番薬に詳しい人。ふたりともすぐの返事をくれたわ」

以前アキツ国に滞在していたとき、この〝イワムシ草〟という傷によく効く塗り薬の主原料が非常に少なくなってきているという話を聞いた。その後、探索中に不思議な金属板に反射した光の中で群生していた〝イワムシ草〟を発見し、タイチのいるバンダッタ領で栽培できないかと考えたのだが、元々農地が少なく食料を育てるだけで手一杯だとわかった。それ以上の余剰地は見つからなそうだったのでこの計画は諦め、そのとき採取した〝イワムシ草〟も謎の金属板も《無限回廊の扉》の中で眠ったままになっていた。

「それで、あれから〝イワムシ草〟の供給はどうなっているのかおふたりに聞いてみたのよ」

私は興奮を隠しきれず、キッペイに話し続けた。

アキツ国マホロの冒険者ギルド幹事をされているアーセルさんからの情報によると、あれから供給量が増えることはなく、現在では〝イワムシ草〟を使った傷薬は高額になり過ぎて、庶民には手の届かないものになってしまっているという。撥水性のあるこの傷薬は、海での水仕事の多い沿海州の人たちには、本当に大切な薬なのだが、素材の在庫も尽きた現状では、もう作る術がないそうだ。

仙鏡院の店主である天才薬師トルッカ・ゼンモンさんからの回答でも〝イワムシ草〟の入手は極めて難しくなってきているとのことだった。それに近年〝イワムシ草〟は、魔法薬の材料としても面白い働きをすることがわかってきて、需要はさらに高まっているのだという。

「せっかく、いい薬ができそうなのですが、現状では研究に使う少量を入手するだけで手いっぱいの状況なのですよ。これでは、たとえ良い新薬ができても、流通させることは難しいですね。困ったことです」

ゼンモンさんは、内服することで内臓の傷を塞ぐ新薬の素材として〝イワムシ草〟に注目していたらしいのだが、元々沿海州の一部にしか自生せず、さらにそのとれ高が激減してしまっている現状を大層憂いている様子だった。

「もしメイロードさまが〝イワムシ草〟を大量に見つけられるようなことがございましたら、ぜひ私どもにご一報くださいませ。必ず高価買取することをお約束致しますよ」

カンのいいゼンモンさんは質問から、私が〝イワムシ草〟に関して、何かをしようとしていると予想しているようだ。

(まぁ、その時はご相談しますよ。ゼンモンさん)

すべての書類にサインをし終えた私は、席を立ちキッペイにこう告げた。

「第八区へ行ってきます! 特産品作ってくるからね!」

キッペイはやや呆れ気味に、それでも笑顔で送り出してくれた。

「お気をつけて。お早いお帰りをお待ちいたしております」
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