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4 聖人候補の領地経営
655 トライド
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655
まだ決着していないことはいくつかあるが、今回の〝菓子博騒動〟に関して私ができることはもう終わっているので、領地へ戻ることにした。早く本来の仕事、領地経営のための視察を再開しなければいけない。
領地行脚の次の訪問先は、この間オットー君とも話した通り、第十区の中心である港町セータイズだ。
この地区は十に分けた領地の中でも最も狭い地域で、畑も少ない。だが、ここには〝マリス領〟唯一の港があるのだ。この地を活かすとすれば、この海に面した地域の活用が絶対に必要だろう。
今回も行きはアタタガ・フライに送ってもらい、セータイズの街の近くへと降りた。その瞬間から、鼻腔には磯の香りが漂う。
(ああ、海が近いね)
海の気配に少しワクワクしながら、私はソーヤとアタタガを連れて街の入場門へと近づいていった。ちゃんと到着時間は《伝令》してあるので、街の主だった方々が門の前に整列してお出迎えしてくれている。こんな派手なお出迎えは仰々しくて私は好きではないのだけれど、これも様式美、と最近やっと割り切った。
(それに、これをしておくと主要な方々とのご挨拶が一気に済むから、結局後が楽なんだよね)
「ご領主さま、ようこそセータイズへお越しくだされました」
私に挨拶をしてくれたのは、この区の代表を務めてくれているタエスさんだ。
「予定より遅れてごめんなさいね。パレスで少し込み入った用事があって全体に予定が後ろへずれ込んでしまったの」
「いえ、そのようなことはご心配には及びません。こうしてご領主さまが、こんな辺鄙な場所にまで足をお運びくださるだけで、我ら一同感謝致しております」
その後は、一同と軽くご挨拶をし、彼らが作ったという祠に案内してもらった。
「この地は海の神を祀っておりまして、ご領主様にいただきましたお金でその海神様を祀る社を新たに建て替え、祈祷所も増築することができました。もちろん、ご領主様専用の祈祷部屋もご用意できております」
タエスさんを始め、この話をするみなさんは一様にとても嬉しそうだ。やはりここでも土地神信仰が厚いのだろうか。
「それは良かったです。この土地の方は信仰心が厚いのですね」
「ええ、ここは海で働く者たちが多い土地でございます。天候は神の御業、人にはどうにもできません。海の平穏は祈るしかございませんので、皆海神様への祈りは欠かさないのでございますよ」
オットー君も言っていたけれど、やはり海にまつわる仕事は危険がたくさん潜んでいるようだ。
というわけで海神の社で祈祷所を確認し《無限回廊の扉》を設置してから海に近いその社を出ると、そこがセータイズの港だった。とはいっても整備されている範囲はごく狭く、本当に小さな漁港という雰囲気だ。
(これじゃ、大型船は停泊できそうもないよね)
土地には十分な広さがあり、拡張することはできそうだが、現状の小さな漁船が並ぶ港の様子を見る限り、これはかなり手を入れる必要がありそうだと、私は気を引き締めた。
港の中の様子を観察しながら、ひとつだけある中型船専用の桟橋を歩いていくと、水の中に大きな影が見える。
「あれは?」
「ああ、あれはトライドという魚です。妙に人懐っこい奴らで、食用にも向いていません。賢いので海神様のお使いとも言われております」
(なんだか、見た目はイルカに似てるね。賢そうなあの子たちと話せたら、海の様子も一発でわかるんだけどなぁ……)
そう思った途端、私の胸元が光り始めた。そこには私のお気に入り、あの可愛らしい土地神様ペンダントがある。なぜ光り始めたのか不思議に思っていると《念話》で声が聞こえてきた。
〔ねえねえ、何しにきたの? ボクにはあなたの声が聞こえているよ。あなたにも聞こえてる?〕
〔うん……聞こえてるよ。あなたはトライド?〕
〔うん! トライドのアルだよ〕
どうやら、このペンダント、私が話したいと思った時に限り、動物たちと《念話》ができるという道具だったらしい。
〔こんにちは、私はメイロード。この港を大きくするためにやってきたの〕
〔ええ、じゃあボクたちは追い出されるの?〕
〔いいえ、そんなことにはしないわ。たしかに大きな船が来るようになると、ちょっと危険になるかもしれないけれど、あなたたちと遊んでくれる船もきっと増えると思うわ〕
〔それなら嬉しいな〕
アルは〝キュイー〟っと高い声で嬉しそうに鳴いた。
アルたちの生息地はここからだいぶ離れた場所だそうだが、遊び好きの彼らはここで漁師の船を追いかけたり、魚をもらったりしに来ているそうだ。
〔大きな船、見たいな。きっと速いよね〕
〔そのためには、いくつかしなくちゃいけないことがあるんだけど、手伝ってくれる?〕
〔うん! いいよー〕
お手伝いが楽しいらしく、アルの声は弾んでいる。
〔じゃ、後でまた来るから、そのときにお話ししましょうね〕
〔うん、待ってるー!〕
パシャンと水を叩いて大きくジャンプしたアル。私と一緒に行動していた街の人たちは、桟橋で急に私が黙り込んだと思ったら、いきなりトライドが飛び跳ねたのでびっくりしていた。
「この土地のトライドは、とても可愛いわね」
振り返って笑顔でそういうと、タエスさんが
「ええ、トライドはいい子ですよ」
と、ホッとした表情で微笑んでくれた。
まだ決着していないことはいくつかあるが、今回の〝菓子博騒動〟に関して私ができることはもう終わっているので、領地へ戻ることにした。早く本来の仕事、領地経営のための視察を再開しなければいけない。
領地行脚の次の訪問先は、この間オットー君とも話した通り、第十区の中心である港町セータイズだ。
この地区は十に分けた領地の中でも最も狭い地域で、畑も少ない。だが、ここには〝マリス領〟唯一の港があるのだ。この地を活かすとすれば、この海に面した地域の活用が絶対に必要だろう。
今回も行きはアタタガ・フライに送ってもらい、セータイズの街の近くへと降りた。その瞬間から、鼻腔には磯の香りが漂う。
(ああ、海が近いね)
海の気配に少しワクワクしながら、私はソーヤとアタタガを連れて街の入場門へと近づいていった。ちゃんと到着時間は《伝令》してあるので、街の主だった方々が門の前に整列してお出迎えしてくれている。こんな派手なお出迎えは仰々しくて私は好きではないのだけれど、これも様式美、と最近やっと割り切った。
(それに、これをしておくと主要な方々とのご挨拶が一気に済むから、結局後が楽なんだよね)
「ご領主さま、ようこそセータイズへお越しくだされました」
私に挨拶をしてくれたのは、この区の代表を務めてくれているタエスさんだ。
「予定より遅れてごめんなさいね。パレスで少し込み入った用事があって全体に予定が後ろへずれ込んでしまったの」
「いえ、そのようなことはご心配には及びません。こうしてご領主さまが、こんな辺鄙な場所にまで足をお運びくださるだけで、我ら一同感謝致しております」
その後は、一同と軽くご挨拶をし、彼らが作ったという祠に案内してもらった。
「この地は海の神を祀っておりまして、ご領主様にいただきましたお金でその海神様を祀る社を新たに建て替え、祈祷所も増築することができました。もちろん、ご領主様専用の祈祷部屋もご用意できております」
タエスさんを始め、この話をするみなさんは一様にとても嬉しそうだ。やはりここでも土地神信仰が厚いのだろうか。
「それは良かったです。この土地の方は信仰心が厚いのですね」
「ええ、ここは海で働く者たちが多い土地でございます。天候は神の御業、人にはどうにもできません。海の平穏は祈るしかございませんので、皆海神様への祈りは欠かさないのでございますよ」
オットー君も言っていたけれど、やはり海にまつわる仕事は危険がたくさん潜んでいるようだ。
というわけで海神の社で祈祷所を確認し《無限回廊の扉》を設置してから海に近いその社を出ると、そこがセータイズの港だった。とはいっても整備されている範囲はごく狭く、本当に小さな漁港という雰囲気だ。
(これじゃ、大型船は停泊できそうもないよね)
土地には十分な広さがあり、拡張することはできそうだが、現状の小さな漁船が並ぶ港の様子を見る限り、これはかなり手を入れる必要がありそうだと、私は気を引き締めた。
港の中の様子を観察しながら、ひとつだけある中型船専用の桟橋を歩いていくと、水の中に大きな影が見える。
「あれは?」
「ああ、あれはトライドという魚です。妙に人懐っこい奴らで、食用にも向いていません。賢いので海神様のお使いとも言われております」
(なんだか、見た目はイルカに似てるね。賢そうなあの子たちと話せたら、海の様子も一発でわかるんだけどなぁ……)
そう思った途端、私の胸元が光り始めた。そこには私のお気に入り、あの可愛らしい土地神様ペンダントがある。なぜ光り始めたのか不思議に思っていると《念話》で声が聞こえてきた。
〔ねえねえ、何しにきたの? ボクにはあなたの声が聞こえているよ。あなたにも聞こえてる?〕
〔うん……聞こえてるよ。あなたはトライド?〕
〔うん! トライドのアルだよ〕
どうやら、このペンダント、私が話したいと思った時に限り、動物たちと《念話》ができるという道具だったらしい。
〔こんにちは、私はメイロード。この港を大きくするためにやってきたの〕
〔ええ、じゃあボクたちは追い出されるの?〕
〔いいえ、そんなことにはしないわ。たしかに大きな船が来るようになると、ちょっと危険になるかもしれないけれど、あなたたちと遊んでくれる船もきっと増えると思うわ〕
〔それなら嬉しいな〕
アルは〝キュイー〟っと高い声で嬉しそうに鳴いた。
アルたちの生息地はここからだいぶ離れた場所だそうだが、遊び好きの彼らはここで漁師の船を追いかけたり、魚をもらったりしに来ているそうだ。
〔大きな船、見たいな。きっと速いよね〕
〔そのためには、いくつかしなくちゃいけないことがあるんだけど、手伝ってくれる?〕
〔うん! いいよー〕
お手伝いが楽しいらしく、アルの声は弾んでいる。
〔じゃ、後でまた来るから、そのときにお話ししましょうね〕
〔うん、待ってるー!〕
パシャンと水を叩いて大きくジャンプしたアル。私と一緒に行動していた街の人たちは、桟橋で急に私が黙り込んだと思ったら、いきなりトライドが飛び跳ねたのでびっくりしていた。
「この土地のトライドは、とても可愛いわね」
振り返って笑顔でそういうと、タエスさんが
「ええ、トライドはいい子ですよ」
と、ホッとした表情で微笑んでくれた。
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