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4 聖人候補の領地経営

650 褒賞

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650

「な、な、七千!!!」

壇上の〝金の小箱〟店主セベルは、そう叫んで頭を抱えその場に崩れ落ちるように座り込んだ。そのセベルのあまりの落胆と動揺ぶりに、ただならぬ何かを感じた貴族たちがざわつき始めるが、会場で座っているドール参謀とアイコンタクトをした司会者は、何事もなかったかのように、表彰式典を続けていった。

「それでは、圧倒的な得票数で第一席を獲得した〝カカオの誘惑〟に対する褒賞を発表する。
〝パレス菓子博覧会〟の勝者には、以下のものが与えられる。
まず正妃リアーナ様より優勝を記念する盾が下される。そして、その盾にシルされた皇宮の紋章をメイロード・マリスの関わるすべての菓子店の商品に使用することを許可する。またこれにより〝カカオの誘惑〟は〝皇宮御用菓子店〟としての正式に承認されたものとする。
上記の公認に伴い、〝菓子御用〟の権利として店主メイロード・マリスの皇宮への自由な出入りを認める。そして副賞として、大金貨五枚を今後五年間店の更なる向上のための研鑽用資金として与える」

その大盤振る舞いぶりに、会場からは声が上がった。大金貨一枚あれば、庶民は何年も暮らせる。それを五枚五年間、日本円にしたら総額でおよそ二億五千万相当の莫大な金額だ。

まだざわつく会場に、静粛にするよう声がかけられ、係が大きな声でこう告げる。
「皇后様ご出座!」

それに呼応して、すべての貴族たちは席を立ち上がり、面を伏せてその登場を待つ。もちろん壇上の我々も膝をつきお辞儀をしながら目を伏せた。

すべての人がひれ伏す中、ゆっくりと御簾が開き、プレゼンターとして、正妃リアーナ様が登場された。この美しい皇妃様には、人を従わせるだけの気品と迫力があり、その登場ととも一瞬で場の空気を支配した。

舞台の中央に進んだリアーナ様は据えられた皇族専用の立派な椅子へと腰をかけ
「楽にせよ」
と微笑んで、頷いた。

そこで人々はやや緊張を解いてオモテを上げ、席に着き、表彰の続きが始まった。

リアーナ様は立ち上がり、第一席の栄誉を讃える盾をその手にされ、私はそれを恭しく受け取る。

「さすがは〝カカオの誘惑〟というところであるな。見事であった。われも鼻が高いぞ、メイロード」
「ありがたきお言葉でございます。正妃様よりいただいた〝カカオの誘惑〟の名を守れましたこと、安心いたしました」

安堵の微笑みで、リアーナ様を見上げる私。そんな私に向けられたお妃様の表情は、とても優しくあたたかいものだった。そして、正妃様は自ら周囲には聞こえぬよう魔法で一瞬声を遮断すると、こう言った。

「許せよ、メイロード。お前たちが私の名誉を守るために奔走してくれていることを知りながら、われは何の手助けもしてやれなかった。われが手出しをすれば、お前たちに不利になるやも知れぬとサイデムに言われてな……情けないことだが、その通りであった」

正妃リアーナ様は、同じシド皇家の一族であるシルヴァン公爵家と表立って争うことなど政治的にも許されないと知っていた。だからこそ、この件は〝カカオの誘惑〟自ら潔白を証明して見せるしか方法がないという現実を飲み込むしかなかった。どんなに、その理不尽さに腹を立てていても、表立って私たちを庇うことはできなかったのだ。

「正妃様、何もご心配には及びませんでしたでしょう?」

私はいただいたばかりの盾を手に微笑んだ。

「ふふ、七千か……いささかやりすぎだな。容赦のないことだ。だがそれが皇宮が認める〝カカオの誘惑〟という店だな、メイロード」
「はい。そうでございます。正妃様から名をいただきましたこの店は、誰もがおいしいと言ってくださる店でございます」

「ああ、そうだな。そうであるな」

リアーナ様はそれは美しい笑顔で私を見つめ

「賞金はせめてもの私からの詫びだ。受け取っておくれ」

と言われた。

音声遮断の魔法を解き、正妃様は高らかに〝カカオの誘惑〟の優勝を告げ、万雷の拍手の中、私を横に置いてその栄誉を称えてくれた。そして、鳴り止まぬ拍手の中、私も正妃様も壇上からある場所を見つめていた。

拍手どころか、顔面蒼白で座り込んでいるシルヴァン公爵夫妻の姿がそこにあった。

(さぁ、これからどうなるのかな……)

ここから先のことについては、私は関与できないし、したくもない。正妃様は去り際に
「このままにはせぬ、安心いたせ」
と呟いていたから、何らかの報復がなされるのだろうとは思うが、そこはお任せしよう。

私は祝賀パーティー用に、ココア風味の鈴カステラやクレープそれにチョコレートもたっぷり準備し、皆さんからの祝辞を受けながら、そこからは受賞者兼接待役として〝カカオの誘惑〟の営業活動を精力的に行った。チョコレートはまだしばらくは高額のままなので、主要な顧客は貴族たちを中心とした富裕層になる。いまでも、十分繁盛してはいるものの、数少ない直接営業の機会を逃す手はない。

「そういうところ、サイデム様に似てきていますよね……メイロードさま」

接待役を一緒にしてくれているキッペイが苦笑いしている。そうかもしれない、売り時を逃すな、は確かにおじさまの口癖だ。

「ふふ、そうかもね。〝売り時を逃すな〟よ! さあ、味の説明はしっかりお願いね。カカオの入手経路については笑顔でかわして頂戴」
「了解です!」

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