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4 聖人候補の領地経営

640 パレス日報

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反響は翌日からすぐ現れ始めた。〝カカオの誘惑〟を訪れるお客様の様子に明らかな変化が起こったのだ。店からの報告によれば、嬉しいことにこちらの予想を超える反響があったそうだ。

「今朝はココア風味の鈴カステラを購入したいというお客様がたくさんいらしています。普段とは違いお使いではなさそうな方たちの来店も多くて、そうしたお問い合わせには、ご指示いただきました通り、まだ試供品として少量をお配りすることしかできないとお伝えして、菓子博覧会のメイロードさまの屋台の場所を示した地図をお渡ししています」

どうやらココア風味の鈴カステラの噂は急速に広がっている様子だ。やはり口コミの伝達スピードは、思った以上に早い。

(いいね、いいね。これなら戦える!)

タガローサ陣営と違い、入念な事前準備をさせてもらえなかった私たちに残されたのは、電光石火のゲリラ戦。大会に関するレギュレーションでは事前の宣伝活動のついての制限はされていないので、ここに集中して攻めることにした。つまり物量で圧倒して、短期集中型の大掛かりな宣伝活動を繰り広げることにしたのだ。この作戦は庶民の皆さんには浸透度が低い〝カカオの誘惑〟の知名度の底上げ、そして商品への期待値を上げる効果を十分に果たし始めている。

(でも、まだまだ追撃の手は緩めないよ。この菓子博覧会には名のあるお菓子屋さんが十軒ほど呼ばれてるんだよね。でも今回は申し訳ないけれどその方々への配慮はしていられないな……ぶっちぎりで票を集める気持ちでないと、タガローサの組織票には勝てないもん)

この短期集中の広報活動はさらに続く。その日のうちに、パレスにある瓦版のような一枚ものの新聞を日刊で作っている店〝パレス日報〟にコンタクトを取った。

「では、新聞の発行にかかる費用をすべてお客様にお支払いいただける、ということでしょうか?」

突然の申し出に驚きを隠せずにいる、新聞屋の責任者と記者を前に私は笑顔でうなずいた。

「はい、即金ですぐにご用意いたします。その代わりに〝カカオの誘惑〟の広告を御社の新聞に載せてください。大きくなくても構いませんが目立つ場所にお願いします。ついでにうちがパレス中で行っているカカオ風味の鈴カステラの試食についても、記事を書いていただけると嬉しいです」

つまり、経費はすべてこちらが持つので、タイアップ記事を書かないかと持ちかけたわけだ。なかなか話を理解してもらえず説明に時間がかかったところをみると、こういった宣伝手法はこちらの世界にはまだないらしい。

「もちろん、御社の記事に嘘を書く必要は一切ありません。事実を報道してくださればいいのです」

いまパレスで〝カカオの誘惑〟の紙袋を持った人々が大量に現れていること。パレスのあちこちに突然現れては、無料で菓子博覧会で新発売予定の菓子の試作品の試食をさせていること。それが、チョコレートの馥郁フクイクたる香りと甘くしっとりした生地のいままでにない味の美味しい菓子であること。菓子博覧会では、さらに美味しい完成品が買えること。そこでは〝カカオの誘惑〟の他の新作も食べられるだろうこと……

「こういったことを、興味を引くように書いていただければ、それで十分です」

経費がゼロで売り上げはすべて新聞屋さんのものという、彼らにも得しかない申し出だ。しかも話題性も抜群の内容なので、売れないはずはない。新聞屋の記者ブリンさんは、もともとこのゲリラ試食会についての記事を書くつもりだったらしく、当事者から取材ができることを逆に喜んでくれ、我々の提案はその場で快諾してもらえた。

「このようなお美しい伯爵さまが、あの〝カカオの誘惑〟を……驚きました」
ペンを持ち早速取材に入るブリンさんの言葉に、私は微笑みつつ答える。
「私は爵位を持っておりますが、にわか貴族なのです。実は貴族になる前から商人でもあるのですよ。〝カカオの誘惑〟もその商売のひとつです。この店は、畏れ多いことに正妃リアーナ様に光栄にも店名をつけていただきました、この世界にふたつとない菓子を扱う店……私どものチョコレート菓子は、いまも多くの皆様に高い評価をいただいております」

「いや、たしかにこれは食べたことがない、苦味も甘みもあるとても不思議な……謎めいた風味……じつに美味しいものでございますね」

記者のブリンさんは、あまり高級菓子に縁がなかったようだが、我々が持ち込んだお菓子を食べるとすぐに気に入ってくれた。いろいろな製品をたっぷりとご馳走しながら、私は詳しく説明をしチョコレートの美味しさを伝える。ブリンさんはしっかりとその美味しさを理解してくれた様子で、いい記事を書くことを約束してくれた。
どれひとつ嘘はないが、しっかり盛ってトップ記事として書いてもらえる。それで、満足だ。

私はこの機会に、ある日突然行われることになった菓子博覧会の裏にある事情についても少しだけブリン記者に匂わせておいた。

「このパレス菓子博覧会の開催は、あまりに急なことでしたからね。何かあるとは思っておりました。うかつに皇宮絡みの記事を書くことはできませんが、取材はさせていただくつもりです」

ジャムたっぷりのロシアケーキが相当気に入ったようで、口元をジャムのとクッキーまみれにしながら、ブリンさんは不敵に笑った。

お菓子のせいか裏情報のせいか、この〝菓子博覧会〟に対してこちらの予想以上に興味をそそられたようで、私たちが取材に応じてくれるなら、菓子博覧会まで毎日トップ記事で書いてもいいと言われ、こちらももちろん了承。

「新聞売りも増員してください。その費用もこちらが持ちますので! しっかり話せる子をお願いします」

新聞売りは辻々に立って、新聞にいかに面白い記事が載っているかを話しながら売りサバく。その口上こそがこちらの宣伝になるので、人員を増やしてもらうことにしたのだ。もちろんこれも快諾。この新聞の紙面は、菓子博覧会シフトでこれから数日動いてくれることに決まった。

「売れますよ! いい記事書きますので任せてください!」

(これで、パレスの噂は〝カカオの誘惑〟の新作の美味しさ一色になるはず!)

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