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4 聖人候補の領地経営
635 姫 vs. 姫
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635
「やっちゃった……とは?」
私の目を見ずに話し始めたドール参謀の説明はこうだった。
もともとレミラーナとアリーシアはあまり仲がいいとは言えない間柄だった。年も近く、何かと比べられがちで、地位の高いことを傘に着るレミラーナは、潤沢なお金で買い与えられた品物で着飾るアリーシアが気に入らず、何かにつけアリーシアを貶めようと躍起だった。
アリーシアは決して好戦的な人柄ではなかったが、レミラーナの嫌味には辟易しており、事情を知る周りの令嬢たちに慰められつつなんとかやり過ごしているという状況だったのだ。
会いたくはなかったが招待されている身としては、主催者の一族であるレミラーナに挨拶をしないわけにはいかない。意を決したアリーシアは、お仲間の令嬢たちと共にレミラーナの前に立ち、優雅に美しいドレスを摘んで一礼をした。レミラーナも公爵家の姫君、取り巻きたちが見守る中、にっこりと微笑みながら声をかけてきた。
「ようこそ、おいでくださいました、アリーシア様。たいしたおもてなしもできませんが、どうぞおくつろぎくださいま……」
そこでレミラーナの言葉が止まった。挨拶が途中になっていることを不審に思い、頭を下げていたアリーシアが顔を挙げると、そこには鬼のような形相のレミラーナがいた。
さすがに、レミラーナはすぐにその表情を隠したらしいが、そこからは周囲のご令嬢方が止める間もない勢いで、嫌味が次々に飛び出し、アリーシアを攻撃し続けた。
遠回しにではあるものの、成金臭い、品がない、子供染みている、教養がない、チビ、馬鹿……もう言いたい放題だったそうだ。
「そのネックレスも、あなたのように、まだ真に貴族的な気品をまとうには幼く可愛らしすぎるお方にはお似合いにならないのではございませんの?」
(なるほど……この〝お前みたいな品のないチビガキにはもったいないんだよ〟という嫌味たっぷりのこの一言で、アリーシア様……ブチっとキレてしまったわけね)
「このネックレスを作ってくださったのは、私のお友達ですの。実は、このネックレス〝パレス・フロレンシア〟の最初の作品ですのよ。それを、親しいわが家に贈って下さいましたの」
周囲の令嬢がため息をつく。それは、ドール家の奥方様に差し上げたゴージャスなあの香玉とマルニール工房のカット技術が冴え渡るキラキラ魔石のネックレス。この頃、すでにルミナーレ様は〝パレス・フロレンシア〟から、複数のネックレスをお買い上げになっており、その日は他のネックレスを身につけておられたので、アリーシア様にお貸しになっていたのだ。
「まぁ、最初の作品を贈ってもらえるなんて、本当に大事にされていらっしゃるのね」
「高価なだけでなく、予約をしても、なかなか手に入らないものですのに!」
「なんて素晴らしい細工でしょう! 本当に綺麗ですわね。それに、うっとりするようないい香りですわ」
ふたりを取り巻くご令嬢方の絶賛を浴びているアリーシア。それを見つめる自分の目の険しさを自覚しているレミナーラは顔を隠すようにし、手を震わせていた。本当ならここで溜飲を下げ、おしまいにするべきだった。
だが、この時のアリーシアは止まらない。
「私のお友達はあの〝カカオの誘惑〟にも関わっておりますの。ええ、あの皇妃様もご寵愛のチョコレート店ですわ。でもね、あのお店は予約してもなかなか買うことができないほど人気でしょう? そうしたら、メイロードがね、お店の品物はお客様のためにあるものだから持ち出せない。だから、お友達の私の分は自分の家で作ったものを差し上げますと言ってくれて、時折持ってきてくれるのよ。時には、まだお店に出ていない新作も!」
周囲にいた令嬢は、もうアリーシアの話に夢中だった。
「きゃー! 〝カカオの誘惑〟の新作ですの! ああ、羨ましいですわ、アリーシア様!」
「私、まだ一度も食べられておりませんの。購入しても、お客様の分にしかならないんですもの」
「本当に、半年に一度の贅沢ですものね。ああ、さすがはドール家ですわ」
そしてさらに、どこぞのご令嬢が火に油を思いっきりぶっかける。
「レミラーナ様ならば、きっともうお召し上がりになっていらっしゃいますわよね。
でも、新作をいち早く手に入れられるなんて、良いお友達をお持ちで羨ましいですわ。素晴らしい友情だとお思いになりません?」
令嬢たちのアリーシアへの賛美が、レミラーナの胸を刺す。
(自分が泣く泣く手放したネックレスよりもずっと素晴らしい〝パレス・フロレンシア〟の逸品を身につけ、誰もが羨む最高級の甘味を誰よりも早く手に入れている……いまの私はそれを予約することすら躊躇われるのに、なぜこの子だけ……)
そんな考えがきっと駆け巡ったのだろう、レミラーナは持っていた扇でアリーシアの頬をいきなり打った。
「無礼だわ! あなた、無礼だ……わ」
そのまま、目に涙を滲ませてレミラーナは去り、なぜそこまで怒っているのかわかるはずもないアリーシアはボーゼンとしていたそうだ。
「柔らかい素材の扇で叩かれただけだから、頬に数時間少し赤みが出たぐらいのことだったんだが、あれがシルヴァン家のご令嬢の逆鱗に触れたのは間違いない……っと思う」
「……と思う、じゃないですよ! それ、間違いなく喧嘩売ってますよ! 絶対両親に泣きついてますよ!」
思い切りそう言って立ち上がった私は、もう一度どっかりとソファーに身を鎮めて小さく唸る。
(うーん。つまり、仲の悪い公爵家と侯爵家、そして仲の悪いお姫様とお姫様、その煽りを食って貶められようとしている正妃様と〝カカオの誘惑〟という構図な訳ね)
どうやっても絶対に負けられない代理戦争(しかも超アウェイ)決定だ。
(勘弁してよぉ~)
「やっちゃった……とは?」
私の目を見ずに話し始めたドール参謀の説明はこうだった。
もともとレミラーナとアリーシアはあまり仲がいいとは言えない間柄だった。年も近く、何かと比べられがちで、地位の高いことを傘に着るレミラーナは、潤沢なお金で買い与えられた品物で着飾るアリーシアが気に入らず、何かにつけアリーシアを貶めようと躍起だった。
アリーシアは決して好戦的な人柄ではなかったが、レミラーナの嫌味には辟易しており、事情を知る周りの令嬢たちに慰められつつなんとかやり過ごしているという状況だったのだ。
会いたくはなかったが招待されている身としては、主催者の一族であるレミラーナに挨拶をしないわけにはいかない。意を決したアリーシアは、お仲間の令嬢たちと共にレミラーナの前に立ち、優雅に美しいドレスを摘んで一礼をした。レミラーナも公爵家の姫君、取り巻きたちが見守る中、にっこりと微笑みながら声をかけてきた。
「ようこそ、おいでくださいました、アリーシア様。たいしたおもてなしもできませんが、どうぞおくつろぎくださいま……」
そこでレミラーナの言葉が止まった。挨拶が途中になっていることを不審に思い、頭を下げていたアリーシアが顔を挙げると、そこには鬼のような形相のレミラーナがいた。
さすがに、レミラーナはすぐにその表情を隠したらしいが、そこからは周囲のご令嬢方が止める間もない勢いで、嫌味が次々に飛び出し、アリーシアを攻撃し続けた。
遠回しにではあるものの、成金臭い、品がない、子供染みている、教養がない、チビ、馬鹿……もう言いたい放題だったそうだ。
「そのネックレスも、あなたのように、まだ真に貴族的な気品をまとうには幼く可愛らしすぎるお方にはお似合いにならないのではございませんの?」
(なるほど……この〝お前みたいな品のないチビガキにはもったいないんだよ〟という嫌味たっぷりのこの一言で、アリーシア様……ブチっとキレてしまったわけね)
「このネックレスを作ってくださったのは、私のお友達ですの。実は、このネックレス〝パレス・フロレンシア〟の最初の作品ですのよ。それを、親しいわが家に贈って下さいましたの」
周囲の令嬢がため息をつく。それは、ドール家の奥方様に差し上げたゴージャスなあの香玉とマルニール工房のカット技術が冴え渡るキラキラ魔石のネックレス。この頃、すでにルミナーレ様は〝パレス・フロレンシア〟から、複数のネックレスをお買い上げになっており、その日は他のネックレスを身につけておられたので、アリーシア様にお貸しになっていたのだ。
「まぁ、最初の作品を贈ってもらえるなんて、本当に大事にされていらっしゃるのね」
「高価なだけでなく、予約をしても、なかなか手に入らないものですのに!」
「なんて素晴らしい細工でしょう! 本当に綺麗ですわね。それに、うっとりするようないい香りですわ」
ふたりを取り巻くご令嬢方の絶賛を浴びているアリーシア。それを見つめる自分の目の険しさを自覚しているレミナーラは顔を隠すようにし、手を震わせていた。本当ならここで溜飲を下げ、おしまいにするべきだった。
だが、この時のアリーシアは止まらない。
「私のお友達はあの〝カカオの誘惑〟にも関わっておりますの。ええ、あの皇妃様もご寵愛のチョコレート店ですわ。でもね、あのお店は予約してもなかなか買うことができないほど人気でしょう? そうしたら、メイロードがね、お店の品物はお客様のためにあるものだから持ち出せない。だから、お友達の私の分は自分の家で作ったものを差し上げますと言ってくれて、時折持ってきてくれるのよ。時には、まだお店に出ていない新作も!」
周囲にいた令嬢は、もうアリーシアの話に夢中だった。
「きゃー! 〝カカオの誘惑〟の新作ですの! ああ、羨ましいですわ、アリーシア様!」
「私、まだ一度も食べられておりませんの。購入しても、お客様の分にしかならないんですもの」
「本当に、半年に一度の贅沢ですものね。ああ、さすがはドール家ですわ」
そしてさらに、どこぞのご令嬢が火に油を思いっきりぶっかける。
「レミラーナ様ならば、きっともうお召し上がりになっていらっしゃいますわよね。
でも、新作をいち早く手に入れられるなんて、良いお友達をお持ちで羨ましいですわ。素晴らしい友情だとお思いになりません?」
令嬢たちのアリーシアへの賛美が、レミラーナの胸を刺す。
(自分が泣く泣く手放したネックレスよりもずっと素晴らしい〝パレス・フロレンシア〟の逸品を身につけ、誰もが羨む最高級の甘味を誰よりも早く手に入れている……いまの私はそれを予約することすら躊躇われるのに、なぜこの子だけ……)
そんな考えがきっと駆け巡ったのだろう、レミラーナは持っていた扇でアリーシアの頬をいきなり打った。
「無礼だわ! あなた、無礼だ……わ」
そのまま、目に涙を滲ませてレミラーナは去り、なぜそこまで怒っているのかわかるはずもないアリーシアはボーゼンとしていたそうだ。
「柔らかい素材の扇で叩かれただけだから、頬に数時間少し赤みが出たぐらいのことだったんだが、あれがシルヴァン家のご令嬢の逆鱗に触れたのは間違いない……っと思う」
「……と思う、じゃないですよ! それ、間違いなく喧嘩売ってますよ! 絶対両親に泣きついてますよ!」
思い切りそう言って立ち上がった私は、もう一度どっかりとソファーに身を鎮めて小さく唸る。
(うーん。つまり、仲の悪い公爵家と侯爵家、そして仲の悪いお姫様とお姫様、その煽りを食って貶められようとしている正妃様と〝カカオの誘惑〟という構図な訳ね)
どうやっても絶対に負けられない代理戦争(しかも超アウェイ)決定だ。
(勘弁してよぉ~)
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