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4 聖人候補の領地経営

624 狂戦士

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624

そしてひざまづく〝レン〟の後ろには、いつの間にかおびただしい数の〝守護妖精〟たちが、膝を折ってこちらを向いていた。

(うわー、本当に全員見えるようになったのね)

しかも、よく見ると、どんどんその数が増えている。どうなっているのかと湖に浮かぶ水の像を見ると、少し微笑んでいるように見えた。

〔この地を遠く離れたわれにできることは、これぐらいのこと。もう時間もないようだ。失った妖精たちを復活させ、少しだけ〝守護妖精〟の数を増やしておいた。どうか、この子たちにやるべきことをさせてあげておくれ、メイロード。頼んだぞ……〕

その言葉と共に、像を形作っていた水はバシャンと大きく水しぶきをあげ、そのまま湖へと落ちた。

(ええ、神様! それじゃ私に丸投げだよ!!)

という私の言葉も、叫ぶ相手がもういない。

なんだか押しつけられた感があり、文句のひとつぐらい言いたいところではあるけれど、領主である私にとっても、この広大な森の連なる地域の正常化は、とても大きな意義がある。

(まぁ、どっちにしろこのままにはしておけないか……)

こちらを見つめる愛くるしさの塊のような土地神様のつぶらな瞳も、私に〝頼むぞ!娘よ!〟と訴えかけてくる。

(うわ、かわいい!)

「では、レン! ここを脅かすモノの正体について、みんなの知っていることを教えて頂戴」

覚悟を決めた私は、単刀直入に話を切り出した。

それはある日突然空から降ってきた石だったそうだ。

最初、その禍々しい石は、エントの森で遭遇した私の知る〝厭魅エンミ〟のように、呪いを吐き出しながらジワジワと土壌を汚染しようとし始めた。だが、この森はたくさんの〝守護妖精〟たちによって守られている。

この森を守る彼らは、この森の植物を核としている、植物そのもの。植物を癒したり、間引いたりといった植物を枯らさないための対応は熟知している。そのため彼らは、素早く〝厭魅エンミ〟の呪いを取り除き続けることができた。

そうした攻防を繰り返すうち、ついに〝厭魅エンミ〟は土壌汚染による森林の侵食を諦めた。だが、封じ込めに成功したかに見えた〝厭魅エンミ〟は、まったく違う戦略を取り始めたのだ。

レンは悔しそうに唇を噛む。

「奴が使った呪詛は〝狂化〟でした。あの忌まわしい石は森の魔物たちだけでなく動物たちまで少しずつ狂わせていったのです」

いつものように〝厭魅エンミ〟は急がない。動物たちの変化には植物由来の〝守護妖精〟もなかなか気づくことができず対応も遅れた。

やがて、ジワジワと森の動物たちの〝狂化〟が、森を破壊し始める。必要のない殺戮をする魔物や動物が増え、そのために動物たちの数が減り、飢えによってさらに動物たちが異常な行動をとり始めた。草花を荒らし、樹木を傷つけ、小さな動物たちを無闇に殺してしまうようになっていったのだ。

「かつては人と共存していた里山近くにまで〝狂化〟した動物や魔物があふれ始め、かつては実り多かった地域も見る影なく痩せて、荒廃はさらに進んでいきました」

「この地の山が危険になってしまったのには、そういう事情があったのね」

彼らの話は私が領地の人たちから聞いていた、この森林付近の危険に関する話とも合致していた。その被害は多くの人々だけでなく、この広い山脈中に広がり続けていることもわかった。こんな状況を放置していては領主の名折れだ。

今回の相手は、どうやら呪詛の塊のようだ。それも前回の相手以上に狡猾だ。呪詛の成就のために戦法を変えることができ、植物への攻撃がはかばかしくないとみて、いまは動物を使っての攻撃を仕掛けている。もちろん〝守護妖精〟たちは攻撃手段も持ってはいるが、同じ森の動物を無益に殺すのは、彼らの本分とは言えない。

そして最悪なのはこの〝厭魅エンミ〟の力は、それに近づけば近づくほど強くなる、という点だ。おかげで呪いに対しての耐性がない〝守護妖精〟たちは、近寄っただけでその呪力ではたき落とされてしまうし、近づけたとしても今度は奴の強烈な《狂化》にさらされた魔獣たちに襲われることになる。

「私もせめて一太刀と思い近づきましたが、《狂化》した魔獣たちに取り囲まれ……」

レンは悔しそうに唇を噛み締めている。かなり凄惨な戦いだったらしく、涙ぐむ妖精たちも多数いた。その戦いで、多くの〝守護妖精〟たちは神様からいただいた妖精の姿を失ってただの植物へと戻ってしまっていたそうだ。

そのせいで〝厭魅エンミ〟とそれに操られた者たちの勢いは増すばかりで、打つ手もなく、ただただ見守ることしかできない状況に陥っていたという。

「ということは、いまもその〝厭魅エンミ〟の周りは、《狂化》した魔物だらけってことなの?」

「はい。奴の《狂化》の影響は、奴から離れると徐々に弱まるのですが、そのそばにいればいるほど《狂化》する期間がのびるようです。そのために、奴はいま、自らを魔獣たちに祀らせ、魔物の集落を作りその中心に自分を据えさせようとしているのです」

「なにそれ、気持ち悪いんだけど、どういうこと?」

「奴はこの聖なる森を邪悪な呪いが支配する魔窟に変えようとしています。集落を作り、そこで子供を産ませ、生まれた時から呪詛の瘴気に魔物の子供たちを晒すつもりなのです!」

「え……それでどうなるの?」

「魔物の〝狂戦士〟を作り出そうとしているのさ」

珍しく怒りの表情を目の浮かべたセイリュウが、冷えた声でそう言った。冷静で落ち着いているようだけれど、深い怒りがその声から滲んでいる。

「生まれた時から呪いの瘴気の中にさらされ続けた動物や魔物は、決して元の姿には戻れない。ただ殺戮をし続けるだけの存在になる。あれはそこまでしてここを破壊したいのだ!」

私は呪いの恐ろしさに背筋が寒くなった。なぜそこまで、この聖なる土地が憎いのだろう。

だがそれを考えるのはいまではない。まだ〝厭魅エンミ〟の邪悪な計画は止められる。いまは、奴の計画を成就させないようにすることだけを考えよう。
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