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4 聖人候補の領地経営

602 大切な人たち

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602

「さ、三倍でございますか。それはあまりに大袈裟では……信じがたいですな」

私が公言した数字の大きさに、ざわめきが起こる。それはそうだろう。現状の三倍の量が収穫できるとなれば、単純に収入が三倍になるのだ。

私は相変わらず落ち着いた聖女スマイルで、何ひとつ驚くようなことは言っていませんよ、という態度を崩さず話を進めていった。

「実際に、私が用意する品種改良された小麦を育てていただけばわかりますよ。ああ、それから初年度は“土壌改良薬”をすべての農地に支給するつもりなので、失敗は考えなくて大丈夫です」

「ま、魔法薬をすべての農地に!!」
「それならば、これまでの小麦でも倍はとれるぞ!」
「本当に……もしかしたら初年度は本当に三倍以上収穫できるかもしれんな、すごいぞ!」

農地を大きく持っている地区の方々は、思ってもみなかった魔法薬という莫大な投資に頬を紅潮させ、興奮を抑えきれない様子だ。〝土壌改良薬〟ハルリリさんお得意の植物系魔法薬で、土地の力を上げてくれる薬だ。だがそれなりに高価な薬のため、いままでは高い価格での取引が見込める作物にピンポイントで使われることが多かった。

第一、これは魔法薬。作るには少量とはいえ魔法力を消耗するため、小麦畑のような広い農地に使う量を作ることなど不可能なのだ。

(そう……普通はね)

農地に撒く“土壌改良薬”の作り方は、エント達を救うためにハルリリさんから教えてもらったので、すでにマスターしている。魔法力さえたっぷり使えば濃縮したものも作ることが可能なので、私の《生産の陣》があれば、大量生産が可能だ。もちろんとんでもない量にはなるが、長年疲弊したままになっている土地に、通常の収穫をもたらすためには、一時的にこれに頼るしかない。

これを使いながら、並行して土壌の改良を行っていくことで、できれば次の収穫期までには、魔法薬に頼らなくとも収穫が十分得られるようにしていきたいと考えている。

「そして、この農業改革により得られた余剰の小麦を使い、新たな工場を作る予定です」

その工場とは“北東部州式酪農術”の秘密兵器である、グッケンス博士考案の“減臭飼料”を作るための工場だ。これがあることで、私たちの作った牧場は魔物に匂いで牛の場所を察知されにくくなっているのだ。
現在、増えてきた“マリス領”の牧場のための飼料は、小麦の収穫量の多い地域に建てられた工場で作られ、運ばれてきている。それは、この地域にそれを作れるだけの余剰小麦がないからだった。

この地で“減臭飼料”が生産できれば、高価なマジックバッグで輸送する必要もなく、コストもはるかに安く済む。もちろん、加工した“減臭飼料”は、小麦そのものを売るよりもずっと高い値段で売れる。こうして生産・加工・消費のすべてを領内で循環させることで、税収はすべて“マリス領”に入ることにもなる。

「この工場での雇用はかなりの数になるでしょう。それに加え、輸送などにも多くの人を使うことになるでしょうから、こちらにも新しい仕事が増えますね」

私の言葉にさらに沸き立つ代表者たち。

「ですが、これは改革の第一歩に過ぎません」

私は少し諭すように、ゆっくりとした口調で皆さんを見渡しながら話を続けた。

「この土地を住みやすい場所にしていくためにしなければならないことがたくさんあります。そのための費用を捻出することも、また皆さんのために大事なことです。

そのために何をすべきかのか……それを知るため、私はこれからそれぞれの土地をまわりながら、さらなる改革のためのお話をさせていただきたいと考えています。

ぜひ今日のお話を皆さんの土地の方にお伝えいただき、この改革のためにそれぞれの地区に住む領民の方々にも何が問題なのか、なにが必要で、皆さんが、そして領主ができることは何なのか、それをぜひ話し合っていただきたいのです。

私にはどの地区も大切……私の土地のすべての人が大切なのです」

この〝領民ファースト〟宣言は、代表者の方々にかなり刺さった様子だ。

具体的な施策を挙げたことで、私の本気は皆さんに十分伝わったし、私は何よりも領民を大事に思っていると真剣に伝えたことが、彼らには衝撃的だったのだろう。

人は大切にすると言われれば、うれしいものだ。だが、領主は普通そんなことは言わない。だからこそ、この言葉がうれしいのだ。

私のすべてを言い終えると、皆さんは再び頭を下げ、深く礼を取ってくれた。

「すべては仰せのままに、メイロードさま」

私が本気でこの土地を良いほうへ導こうとしていると、皆さん感じてくださったようだ。

(よっしゃー! 税収倍増計画開始だ! 頑張るぞー!)

会議が終わった後は親睦を兼ねたパーティーを行った。

そこでは、まだまだイスの外には流通していない乳製品を使った料理をたくさんふるまって、領地の皆さんに味見をしてもらった。

この田舎と大都会イスでは、まったく収入が違うので、かれらにとってはまだまだ高価なものだが、その美味しさは知っておいてほしい。いずれ加工食品がもっと多く流通すれば、きっと気軽に食べられるようになるだろうし、自分たちの作っているものの価値を知っておくというのも、生産者には大切なことだと思う。

「こちらは牛乳をたっぷりと使ったシチューですよ。お野菜もたくさん入っていて、栄養たっぷりです。さあさあ、どうぞ」

私は鍋の前に陣取って、エプロン姿でおたまを握りみなさんにシチューをよそっていった。

(割烹着と三角巾は止められたので、かわいいエプロンで我慢したよ。だめ? かなぁ、割烹着……)

最初は、領主自らが配るシチューに驚き、恐る恐る受け取っていた人たちも、その美味しさがわかるとどんどんやってくるようになった。

私もセーヤ・ソーヤとともに嬉々としてお給仕をして、就任記念パーティーを楽しんだ。

(みんなが幸せそうに美味しいものを食べているのって、最高!)



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