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3 魔法学校の聖人候補

595 領地へ

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595

シルベスター会長には、兄であるシルベスター公爵が、何を考えどう動くのか、手に取るようにわかっていた。

先ほどの壇上での公爵への静止やかけた言葉も、それにより兄がどう動くのか、はっきりとわかった上での誘導だったそうだ。

「こういう僕を、兄は恐れていてね。僕にはまったく爵位への執着がないのだと、何度言ってもわかってはもらえない。僕としては、魔法ができないフリをしたり、愚鈍な弟を演じるという道もあったんだろうが、生憎僕の目指す将来の仕事のためにはそうもいかなかったので、ますます兄を追い詰めてしまっていてね……」

高い魔法力に天賦の才能そしてストイックに努力もできる、非の打ち所のない弟を持ってしまった、それが公爵の焦りを強くしてしまったことは間違いない。当のアーシアンには兄と張り合う気持ちも敵対する野心も微塵もないというのに……

シルベスター会長が将来就こうとしている仕事は〝教師〟そして〝研究者〟なのだと話してくれた。

魔法学校を好成績で卒業した後は〝国家魔術師〟として第一線で修行を積み、その後に、魔法を軸とした戦略を研究する道へ進みたいのだそうだ。いずれはここ国立魔法学校で教鞭を取りながら、その研究を後進に伝えたいと考えているという。

「魔法ありきの軍略ですか。面白そうですね」

私の言葉に、シルベスター会長は、眉を寄せてため息をついている。

「兄が君のように思ってくれる人なら良かったんだがな。兄には、私の望みは単なるその場しのぎの言い訳にしか聞こえないらしい。大貴族にとってほとんど日の目を見ることもない地味な研究職など、大した価値を感じないだろうことはわかっているが、自分の志を家族にわかってもらえないのは苦しいな……」

価値観の違いすぎる兄と弟の溝は、かなり深いようだ。

「ともあれ、君が無事マリス伯爵家を興せて良かった。従姉妹殿、ぜひこれからはアーシアンと呼んでくれ。私と兄のせいで、迷う間もなくこんな大きな人生の選択をさせてしまったことは、申し訳なく思っている。なにか困ったことがあれば、いつでも言って欲しい。できる限りの助力はするつもりだ」

たしかに、いきなり貴族になったこの展開には戸惑うことも多いが、シルベスター会長のおかげで、最善の手を打つことができたと思う。

私としても公爵家のスキャンダルの素になったり、その渦中で翻弄されながら過ごさなければならないなどということは苦痛でしかないし、時間の無駄でしかない。これで良かった……と思う。

とはいえ、負ってしまった責任はズッシリと重い。

「シルベ……、アーシアン様、私は二学期の終了とともに、しばらく魔法学校を離れます。任期半ばですが、生徒会のお仕事にもしばらく参加はできなくなりますね」

「ああ、あの領地をどうするか。方針をすぐに決めないとならないだろう。祖父はあの土地を叔父への遺産として保持していただけで、なにひとつ手をかけてはいなかった。おそらく、いまのままでは領主の仕事をしようにも身動きが取れないかもしれないな。必要なら金はある程度用立てられるが……」

「ありがとうございます。とにかく、現状について税金の徴収をお任せしている方たちにお話を聞いてから、今後の対策を立てようかと思っています。それに、私もそれなりの商人ですので、当座の資金ぐらいはなんとかなりますよ……おそらくですけど」

当面の目標とやることがはっきりした私は、私の今後を思ってか憂い顔の会長をすっきりした笑顔で見つめた。

「そうだったな。だが、あの寒冷地での領地運営は決して楽ではないはずだ。君の手腕が見られるのが楽しみだよ、従姉妹殿」

ーーーーーー

次の日、私の元に一番にやってきたのは〝社交部〟の使者。

「このたびは、マリス伯爵となられた由。誠におめでたきことでございます。
新伯爵メイロード・マリスさまには〝社交部〟へ、すぐにお入り頂きませんと……」

(そうか、そんな部活もあったなぁ……)

私は、これから領地に行くためしばらく学校を留守にするので、社交部に入るかどうかの判断はそのあとですると伝えて、その場を逃れた。その後も、貴族が中心となっている部活動から次々と使者がやってきて勧誘を受けたが、すべて同様の返事で断った。新聞部の優勝者インタビューも多忙を理由に丁重にお断りした。

学校の公式行事でセンセーショナルに貴族デビューしてしまったのだから、当然といえば当然だが、私は完全に時の人、噂のマトだ。

だがありがたいことに、クローナやトルル、オーライリといった旧知のメンバーは、変わることなく接してくれたので、彼らといれば日常と変わらない日々を過ごすことができた。それどころか、常にあちこちから視線を向けられ、話しかけてこようとする者も多い中、みんなで私をガードするように動いてくれているのが感じられた。ありがたい友情だ。

(魔法学校内の通常生活では、いわゆる貴族の習慣は緩く、爵位の上下関係による会話の制限はないので、話しかけてこようとする人が急激に増えて困ってるんだよね)

「まったく、次から次へと……仕方のない人たちね。ああいう人たちに煩わされているような時間はないというのに! マリスさん、本当にしばらくお会いできないの?」

いまは領主となった責任を果たし、足場を固めるため領地へ行ってくるという私の言葉に、クローナは残念そうにそう言った。

「悲しいなぁ、マリスさんのお菓子もしばらく食べられないんだね。それにしてもいきなり領主になれなんて、大変だねぇ……私には想像つかないや」

トルルはどう大変なのかはわかっていないだろうが、やはり私が学校に来られなくなることを惜しんでくれた。

「マリスさんのいらしたシラン村が発展していることは知っていますが、基本的にあの地方は目立った産業もありませんし、作物の実りも悪い場所ですよね。それをいきなり領地と言われても……大丈夫なのですか?」

イスっ子のオーライリは、私の〝領地〟について、見聞きしているので、私の前途が多難であることを心配してくれる。

「どうなるかわからないけど、とにかくやってみる。みんなの卒業までに帰ってこられるといいけど……」

こうして私は二学期の終わりに、みんなに見送られて魔法学校を後にした。もちろん、また戻ってきたいと思っているけれど、いまは領地の建て直しに集中しようと思う。

(さて、どこから手をつけたらいいのかなぁ……)
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