上 下
390 / 832
3 魔法学校の聖人候補

579 改装した〝大地の恵み〟亭

しおりを挟む
579

久しぶりに見た〝大地の恵み〟亭は、増築により規模を三倍に拡大していた。

しかも一階のデリカテッセンは喫茶部を隣の建物に作り、収益の強化を図っている。おかげさまで、このリーズナブルなカフェ〝白いおわん〟も連日大盛況だ。私がやってきた夕方の時間も長い行列ができていて、一向に減る気配がないのだから大したものだ。

すっかりイスの街に定着してきた牛乳は、徐々に値段の落ち着きを見せてきていたのだが、思った以上の急激な普及により、当初の予想を大幅に上回る需要となってしまっている。嬉しいことだが、そのためにまだ乳製品の価格はやや高い水準から下がらずにいる。元々平均的な収入の高いイスでは毎日とはいかなくても週に一回や二回は無理せず食べられるものになりつつあり、いまはそのちょっとした贅沢感も、庶民の楽しみとしていい刺激になっているようだ。

(まぁ、イスの需要が圧倒的すぎて、周辺の村や集落の需要にまで対応できてないところが困りものなんだけど、こればっかりは一気には無理だしね。それにいまの価格じゃ、収入の少ない村や集落じゃ、とても日常食にはできないよね。でも、乳牛が増えるスピード以上の供給はできないんだから、こればっかりは気長に待つしかないよねぇ)

忙しそうな一階のデリの様子を横目で観察しつつ、その角を曲がると高級感のある茶色に金の縁取りが刺繍で施された庇がつけられた二階のレストランへの入り口となる重厚な両開きの扉が見えた。私は顔見知りのドアマンに扉を開けてもらうと、そこで《迷彩魔法》を使って姿を隠した。

いつもは従業員用の勝手口を使って入るのだが、今回の増築が完了してから、お店に入ったことがなかったので、その雰囲気を楽しんでみることにしたのだ。

(でも、ここはイス。私が顔を見せたら騒ぎになるかもしれないので、隠密行動で……)

中央に赤い絨毯が敷かれた、これまた重厚感のある立派な階段を上ると、待ち合わせ場所を兼ねた広いクロークが現れた。これは以前はなかったので、増築した時に取り入れたのだろう。

このクロークと待ち合わせや予約した時間まで暫し待つ人たちのための空間を作るというアイディアは、もちろん私の入れ知恵。最初の内装工事の時から構想があったのだがスペース問題で断念したのを、増築時に取り入れたらしい。

最高級のソファーとローテーブルがいくつか置かれ、やや落とし気味の照明に美しい絵画や装飾品が浮かぶ様子は、どこもかしこも金張りでチカチカするような従来の派手な装飾とはまったく違いながらも、高級感をうまく醸し出している。お酒好きな方はここに根を貼りたくなってしまいそうな、最高の居心地だ。そしてそういう方々のために、もちろん、バーカウンターを併設している。もちろん、ここでもガッチリ稼がせて頂くためだ。

(飲み物は儲かるからねぇ、こちらの世界はお酒にお強い方が多くてとても助かる。ひひひ)

お客様も楽しそうに歓談されているし、ここはいい場所だ。美食の始まりは、優雅でなくてはいけない。私はお客様の様子に満足してレストランに足を踏み入れた。

入り口近くにいた給仕長に一瞬だけ姿を見せて、口に手を当て黙っていてと合図してから、店内の様子を観察していく。お皿はバリエーションを増やしたものの基本デザインは変更なし。カトラリーは〝大地の恵み〟亭のロゴマーク入りのオリジナルのものを特注し、今回すべて入れ替えた。

店内は、前室のバーの落ち着いた雰囲気とは違い、照明も内装も明るく、少し騒々しい。

その理由は、パフォーマンスとしての華やかさを重視した演出だ。目の前で大きな肉を見事な手さばきで切り分け、美しく盛り付けたり、食べられる花で飾ったサラダを出してみたり、何種類ものパンとチーズをいつでも食べられるよう、常に席を巡回したり、デザートの後に物足りない方のために、一口サイズのお菓子を美しく大量に盛り付けたりワゴンを席の横まで持っていき選ばせてみたり……

そうした小さなサプライズのたびに、テーブルで嬌声や驚きの声が上がり座が盛り上がるので、満席の店内は活気に満ちた雰囲気に包まれていた。

(どれも美味しそうだし、楽しそうでいいね)

私はお客様の楽しそうな様子を見て満足し、そのままバックヤードの調理場へと向かった。もちろん、この時間帯、厨房は戦争だ。私は邪魔にならないよう、みんなの姿がよく見える厨房奥の空の野菜箱を椅子がわりにし、姿を隠したまま座ると、持ってきたマジックバッグから取り出したハーブティーを飲みながら、その様子を観察することにした。

最高級の魔石調理器具のおかげで、安定した品質が保てているし、料理の提供までのスピードも満足できるものだ。十人に増えた下働きの子たちも、きびきびと動いているし、料理人たちも無駄のない気持ちのいい働きぶりだ。

(ここはいい厨房だね。うん、とても美味しそうな料理!)

私は店が落ち着く時間まで、飽きることなくそこでみんなが真剣に立ち働き料理を作る様子を眺めていた。
しおりを挟む
感想 2,984

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

追放ですか?それは残念です。最後までワインを作りたかったのですが。 ~新たな地でやり直します~

アールグレイ
ファンタジー
ワイン作りの統括責任者として、城内で勤めていたイラリアだったが、突然のクビ宣告を受けた。この恵まれた大地があれば、誰にでも出来る簡単な仕事だと酷評を受けてしまう。城を追われることになった彼女は、寂寞の思いを胸に新たな旅立ちを決意した。そんな彼女の後任は、まさかのクーラ。美貌だけでこの地位まで上り詰めた、ワイン作りの素人だ。 誰にでも出来る簡単な作業だと高を括っていたが、実のところ、イラリアは自らの研究成果を駆使して、とんでもない作業を行っていたのだ。 彼女が居なくなったことで、国は多大なる損害を被ることになりそうだ。 これは、お酒の神様に愛された女性と、彼女を取り巻く人物の群像劇。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。