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3 魔法学校の聖人候補
569 やさしいお店
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569
お店の中には何人か買い物中のお客様もいるというのに、オルダンさんは全然この土下座お祈り攻撃をやめてくれない。
「オルダンさん、マリスさんに感謝するのはいいけど、その感謝する相手が困っているでしょ。ほら!」
見かねたトルルがオルダンさんの背中をポンと叩き、立ち上がらせてくれた。
それでも相変わらずオルダンさんはお祈りの姿勢で手を組んだまま、滂沱の涙。これはダメだと思ったところに、この間お会いしたおじいさんとライルが奥から店へと出てきてくれた。
ライルはうれしそうに私たちのそばに寄ってきて、あいさつをしてくれる。おじいさんにとりあえず現状を説明し、奥さんの様子を見に来たことを伝えると、おじいさんもお礼の言葉を何度もいい始め、さらに収拾がつかなくなってきたので、無理やり口をはさむ。
「ああ、あのですね、おじいさん、こんにちは。なんだかオルダンさんが興奮状態のようなので、お店をお願いしてもいいですか?」
私の言葉におじいさんがハッとして、店にいるお客様に気づき商売人モードへ移行してくれたので、お店を任せ、相変わらず祈りながら泣き続けるオルダンさんとはしゃいだ様子のライルとともに、私とトルルは奥さんのもとへと向かった。
ベッドの置かれた部屋は、この間と違いカーテンが開けられ、とても明るい雰囲気だった。奥さんはベッドの上で躰を起こして、何か縫物をしている様子だ。その横にはソーヤが立って、奥さんの縫い物を手伝っていた。うまく端切れを使ってライルの服をリメイクしているようで、ソーヤがデザインしてあげたらしい。さすが家事妖精、なんでもできる子だ。
「まぁ、まぁ、マリス様! トルル様! でございますね! よくお越しくださいました!」
私とトルルに気がついた奥さんは、こちらもいまにも土下座モードになりそうな勢いだったので、慌てて止めそのままでいるように強く言った。それでもベッドの上で必死に礼を尽くそうとする奥さんの動きの機敏さに、私は病が癒えていることを確信し、少しほっとした。
「お元気になられたようですね。本当によかったです」
私の言葉に奥さんは穏やかな笑顔に涙をにじませながらこう言った。
「ありがとうございます。あのつらい日々が嘘のように楽になりました。もう普通に暮らせるのですが、夫がベッドから離れるのを許してくれず、このような姿でお礼を申し上げるしかございません。お恥ずかしいことです……」
「何も気にする必要はありません。私たちはお見舞いに伺っただけです。お加減が良いということが一番うれしいことですよ」
私がそういうと、いつの間にか花瓶を見つけてきたらしいトルルが、買ってきた花を飾ったそれを奥さんのベッド脇のテーブルに置きながら明るく言った。
「お元気になられてよかったですね。これで元通り。赤ちゃんが生まれたらもっとにぎやかになりますよ、ねっ!」
「はい……はい……、本当にありがとうございました」
トルルの言葉に、奥さんの顔には大粒の涙が溢れて、再びオルダンさんと奥さんの号泣モードが加速してしまった。
私とトルルは諦めて、オルダンさんと奥さんが落ち着くまで待つと、やっとオルダンさんが普通に話せる状態になってくれた。
でも相変わらずお祈りモードだ。
「そんなに感謝していただけると恐縮してしまいます。たまたま私の持っていた薬が奥様の病気に合っていただけのことです。どうぞ落ち着いてください」
だが、オルダンさんの言葉はきっぱりとしたものだった。
「マリス様、私の妻、そして私をお救いくださったあなた様の慈悲に、いったい私たちはどうやって報いたらよろしいのでございましょう。私は報いたいのです。どうあっても、あなた様から頂いた恩恵は返させていただきたいのでございます!」
オルダンさんの気持ちはわかる。オルダンさんの奥さんと生まれてくる子供、そして彼自身の命を救われた……この事実はとても重いものなのだろう。自分の命をかけて危険なダンジョンに行ってしまうほど大事な家族、誰も救えないと思われたその命をつなぎとめた私に、何かしたいと切望するのは当然なのかもしれない。
「オルダンさん……お気持ちありがたく受け取らせていただきました。ですが、私はまだ修行中の身、対価をいただくつもりはありません。どうか私たちに何かをとはお考えにならないでください。私とトルルは、もうこの街を旅立ちます。いつまたこの街に来るかもわかりません」
「それでは、私たち家族は何ひとつあなた様に恩返しができないのでございますか?」
オルダンさんはとても悲しげだ。
「ですから、私たちに返すつもりで、この街の方たち、特に不慣れな旅人たちに親切にしてあげてください。私たちもオルダンさんとこの街の城門で出会い、お茶を飲みながら街について教えていただいたことでとても助かりました。
そんな風に、この街へやってくる人たちを助けて上げてください」
私の言葉にオルダンさんは真剣に聞き入り、何か納得したようにうなづいた。
「ああ、慈悲深い薬神様、そうでございますね。あなた様がお金やモノをお望みなるはずがございませんでした。わかりました! これからこの店は旅人を助ける店として再出発いたします! この街を訪れる方々の相談を受け、一杯のお茶を差し上げ、質問に答えてまいりましょう!」
新たなお店の方針が決まったらしく、オルダンさんはやる気に満ちた顔をこちらに向けている。奥さんとライルも決意に満ちた目でこちらを見つめていた。
(いいお店になるといいね。そういう親切なお店の噂は広がりやすいからきっと商売もうまくいくんじゃないかな)
お店の中には何人か買い物中のお客様もいるというのに、オルダンさんは全然この土下座お祈り攻撃をやめてくれない。
「オルダンさん、マリスさんに感謝するのはいいけど、その感謝する相手が困っているでしょ。ほら!」
見かねたトルルがオルダンさんの背中をポンと叩き、立ち上がらせてくれた。
それでも相変わらずオルダンさんはお祈りの姿勢で手を組んだまま、滂沱の涙。これはダメだと思ったところに、この間お会いしたおじいさんとライルが奥から店へと出てきてくれた。
ライルはうれしそうに私たちのそばに寄ってきて、あいさつをしてくれる。おじいさんにとりあえず現状を説明し、奥さんの様子を見に来たことを伝えると、おじいさんもお礼の言葉を何度もいい始め、さらに収拾がつかなくなってきたので、無理やり口をはさむ。
「ああ、あのですね、おじいさん、こんにちは。なんだかオルダンさんが興奮状態のようなので、お店をお願いしてもいいですか?」
私の言葉におじいさんがハッとして、店にいるお客様に気づき商売人モードへ移行してくれたので、お店を任せ、相変わらず祈りながら泣き続けるオルダンさんとはしゃいだ様子のライルとともに、私とトルルは奥さんのもとへと向かった。
ベッドの置かれた部屋は、この間と違いカーテンが開けられ、とても明るい雰囲気だった。奥さんはベッドの上で躰を起こして、何か縫物をしている様子だ。その横にはソーヤが立って、奥さんの縫い物を手伝っていた。うまく端切れを使ってライルの服をリメイクしているようで、ソーヤがデザインしてあげたらしい。さすが家事妖精、なんでもできる子だ。
「まぁ、まぁ、マリス様! トルル様! でございますね! よくお越しくださいました!」
私とトルルに気がついた奥さんは、こちらもいまにも土下座モードになりそうな勢いだったので、慌てて止めそのままでいるように強く言った。それでもベッドの上で必死に礼を尽くそうとする奥さんの動きの機敏さに、私は病が癒えていることを確信し、少しほっとした。
「お元気になられたようですね。本当によかったです」
私の言葉に奥さんは穏やかな笑顔に涙をにじませながらこう言った。
「ありがとうございます。あのつらい日々が嘘のように楽になりました。もう普通に暮らせるのですが、夫がベッドから離れるのを許してくれず、このような姿でお礼を申し上げるしかございません。お恥ずかしいことです……」
「何も気にする必要はありません。私たちはお見舞いに伺っただけです。お加減が良いということが一番うれしいことですよ」
私がそういうと、いつの間にか花瓶を見つけてきたらしいトルルが、買ってきた花を飾ったそれを奥さんのベッド脇のテーブルに置きながら明るく言った。
「お元気になられてよかったですね。これで元通り。赤ちゃんが生まれたらもっとにぎやかになりますよ、ねっ!」
「はい……はい……、本当にありがとうございました」
トルルの言葉に、奥さんの顔には大粒の涙が溢れて、再びオルダンさんと奥さんの号泣モードが加速してしまった。
私とトルルは諦めて、オルダンさんと奥さんが落ち着くまで待つと、やっとオルダンさんが普通に話せる状態になってくれた。
でも相変わらずお祈りモードだ。
「そんなに感謝していただけると恐縮してしまいます。たまたま私の持っていた薬が奥様の病気に合っていただけのことです。どうぞ落ち着いてください」
だが、オルダンさんの言葉はきっぱりとしたものだった。
「マリス様、私の妻、そして私をお救いくださったあなた様の慈悲に、いったい私たちはどうやって報いたらよろしいのでございましょう。私は報いたいのです。どうあっても、あなた様から頂いた恩恵は返させていただきたいのでございます!」
オルダンさんの気持ちはわかる。オルダンさんの奥さんと生まれてくる子供、そして彼自身の命を救われた……この事実はとても重いものなのだろう。自分の命をかけて危険なダンジョンに行ってしまうほど大事な家族、誰も救えないと思われたその命をつなぎとめた私に、何かしたいと切望するのは当然なのかもしれない。
「オルダンさん……お気持ちありがたく受け取らせていただきました。ですが、私はまだ修行中の身、対価をいただくつもりはありません。どうか私たちに何かをとはお考えにならないでください。私とトルルは、もうこの街を旅立ちます。いつまたこの街に来るかもわかりません」
「それでは、私たち家族は何ひとつあなた様に恩返しができないのでございますか?」
オルダンさんはとても悲しげだ。
「ですから、私たちに返すつもりで、この街の方たち、特に不慣れな旅人たちに親切にしてあげてください。私たちもオルダンさんとこの街の城門で出会い、お茶を飲みながら街について教えていただいたことでとても助かりました。
そんな風に、この街へやってくる人たちを助けて上げてください」
私の言葉にオルダンさんは真剣に聞き入り、何か納得したようにうなづいた。
「ああ、慈悲深い薬神様、そうでございますね。あなた様がお金やモノをお望みなるはずがございませんでした。わかりました! これからこの店は旅人を助ける店として再出発いたします! この街を訪れる方々の相談を受け、一杯のお茶を差し上げ、質問に答えてまいりましょう!」
新たなお店の方針が決まったらしく、オルダンさんはやる気に満ちた顔をこちらに向けている。奥さんとライルも決意に満ちた目でこちらを見つめていた。
(いいお店になるといいね。そういう親切なお店の噂は広がりやすいからきっと商売もうまくいくんじゃないかな)
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