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3 魔法学校の聖人候補

544 魔術師ギルドへ

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544

早朝に出発し、アタタガのおかげで爆速移動できたにも関わらず、やっと身分証確認と通行税支払いを済ませて表門を抜けた時には、日がもう傾きかけていた。行商人でありこの街に店も持つオルダンさん親子と再会を約束し手を振って別れた後、長時間移動と行列ですっかり疲れたこともあり、まずはこれから10日間の拠点とする宿を決めることにした。とはいってもこちらの世界の普通の宿は、スプリングすらない板製のベッドがあるだけの、山小屋に毛の生えたようなもので、居住空間の快適さはあまり望めない。

(お風呂は当然ないだろうなぁ。この10日の間は《清浄》の魔法でやり過ごすしかないな。ううつらい)

「じゃ、私がいつも泊めてもらっている宿でいいかな? 小さな宿だけど、そこのおかみさんがうちの村の出身なんで、宿代も安くしてくれるし、ご飯もおいしいよ。実は、もう連絡してあるんだ」

天舟アマフネ”を乗り過ごすことのないよう、いつも予定の一日前にセジャムの街へやってきているというトルルには、どうやら宿のあてがあるらしい。私も特にこだわりがあるわけではないので、トルルのお勧めに従って、その宿へと向かうことにした。

トルルの常宿の場所は表通りではないが、街中を動きやすいとてもいい立地にあった。小さく“ミノンの宿屋”という看板が出ているだけだが、窓から見える中の様子はとても賑やかだった。一階は居酒屋兼食堂として営業しており、たくさんの人たちが酒を片手に食事を楽しんでいる。街の人も冒険者らしき人もいて、空きテーブルなしの盛況だ。ここはどちらかといえばこの食堂の方が稼ぎとしてはメインなのかもしれない。部屋数は10部屋のみという話だし、どちらかというとペンションのような雰囲気の宿だった。

ベルのついたドアを入るとすぐ声がかかる。

「あら、トルルちゃん! もう学校へ帰る時期なのね。いらっしゃい」

カウンターの中から出てきたのは、この宿屋の女主人であるミノンさんだ。年齢は三十路を越えたぐらいか。やさしそうでぽやんとした雰囲気だが、スタイル抜群で何とも妖艶な魅力のある方だ。

(うひゃあ、これはまた美人さんだわ。ハルリリさんに色気をプラスしたらこんな感じかな? 美人女将おかみのいる居酒屋ですか……流行るわけだね)

ミノンさんはトルルの里の出身。絶世の美女と若いころから評判の方で、セジャムのお金持ちに見初められて結婚したものの早くに旦那さんを事故で亡くしてしまった。そこで遺産を元手にこの“ミノンの宿屋”を始めたのだそうだ。

同郷のトルルにはことのほか優しくしてくれるそうで、頼れるお姉さんのような存在らしい。

「ミノンさん、セジャムへ来る人に伝言を頼んで予約をお願いしたんだけど、ちゃんと伝わってますか? 今回は長いんです。10日の宿泊をお願いします。お伝えした通り二部屋でお願いしたいんだけど、大丈夫かな?」

どうやら、トルルはこの街へ行くという人を介して、事前に予約を取ってくれていたようだ。たしかに、この宿に泊まりたいとすれば10部屋しかないのだから、予約しておくに越したことはないだろう。ミノンさんは宿帳に目を通しながら、その魅力的な笑顔で答えてくれてた。

「はいはい、聞いてますよ。そうだったわね。トルルちゃん、予約してもらって正解よ。いまセジャムの宿はダンジョンのおかげでどこも満室が続いているから……」

どうやらトルルの機転のおかげで、無事いい宿を確保できたようだ。それにソーヤのことも考えて、二部屋で予約してくれるとは。

(トルルはこういう気を使える子なんだなぁ……魔法学校ではあたふたしていることが多いけど、根はしっかりしているんだね)

その日は疲れていたこともあり、あまりの喧騒に気圧されて宿の食堂で食事を取ることは諦め、私が作ってきていたお弁当を部屋で食べた後ぐっすりと休んだ。私は先の研究の結果24時間は形を保持できることがわかった《エア・バブル》を使い、硬い木製のベッドを覆ってクッション性を与え、その上に布団を敷いて寝てみた。適度な弾力があり、なかなかの快適さだ。

あくる朝、私たちは部屋に荷物を置き、宿で軽く朝食をいただいてから“魔術師ギルド”へと向かった。ミノンさんの話では大通りに出れば、すぐに建物は見つかるという話だ。

「宿代ぐらいは稼げるお仕事があるといいんだけどな」

トルルはギルドに登録したらすぐに依頼を受けるつもりらしい。やる気があっていいが、登録にどのくらいの時間を取られるかもわからないのに、楽観的なことだ。

(それがトルルのいいところでもあるからね)

セジャム大通りに出て、町の中を進んでいくと人の数が徐々に増えていき、その先にはギルドの建物がいくつか立ち並んでいた。我々の目当ての“魔術師ギルド”は“冒険者ギルド”の隣の建物だったが、このふたつの建物の様子はとても対照的だった。

“冒険者ギルド”が大きく門をあけて、そこを騒々しく多くの人が行きかっているのに比べると、“魔術師ギルド”は美しい意匠の扉がきっちりと閉められており、人の出入りも少なくとても静かな雰囲気。初めて入る人はちょっと勇気がいる感じだ。

「ここで間違いないようだし、とにかく入ってみましょう」

私たちはおそるおそるその厚くて大きな扉を開け〝魔術師ギルド〟の中へと入っていった。扉の中は白を基調にした清潔感のある佇まいで、人はかなり大勢いるのだがやはり〝冒険者ギルド〟のような喧騒はまったくない。図書館にでも来たかような静けさだ。

さて、まずはなにはともあれ魔術師として登録しギルドカードを手にしないことには話が始まらない。私たちはまず、登録カウンターへ近づき、そこで話を聞くことにした。

受付のお姉さんに話を聞いたところ、魔法学校の卒業証書があれば特にほかに必要なものはないが、そうでない場合は実力テストがあるという。

「在学中の方の場合、一番下のランクでの登録になってしまいますね。ランクは12ということになります。この辺りは魔法屋さんレベルですね。ただ、ご不満の場合は試験を受けていただければランク10までは上げられますよ」

自分の実力を知るためにもテストを受けたいとトルルが言うので、私もその試験を受けることになった。

「では、15分後に試験会場へおいでくださいね。今回の試験は簡単なものですので、30分ぐらいで終わります。その後は試験の結果を書いた紙を、こちらにご提出ください。そこで、改めてギルドカードの発行手続きをいたします」

にこやかに受験票を渡しながら、受付のお姉さんは

「がんばってくださいね」

と私たちを送り出してくれた。私たちはありがとうとあいさつをすると試験会場へと向かい歩き出す。

「がんばろう……ね。うん!」

やや緊張気味のトルルは、受験場をにらみながら、少し上ずった声でそう言った。
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