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3 魔法学校の聖人候補

532 ヒントを探しに

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532

さて、私らしい家事に関する研究とは何か、数日考えてみたのだが、どうもピンとくるモノがない。やはりルーティンの家事の中に目新しい研究の種を見つけるのは難しい気がする。

そこで私はヒントを求めてセルツの街へと赴くことにした。街の人たちの困りごとの中に、何か研究のヒントがあるかもしれない。もう、藁にもすがるという思いだが、市場に行くだけでも気分転換にはなるだろう。

今日もセルツの市場にはカラフルな野菜がたくさん並び、多くの人で賑わっていた。夏野菜は充実したセルツ、中でも特産の野菜はトマトなのだが、これの収穫がいま最盛期らしく、多くの店で山積みにされている。高山性の気候のセルツで育つトマトは実は小さめだが味がとても濃い上に旨味が強く本当に美味しい。  

市場にはトマトの加工品もあり、煮詰めて瓶に詰めたものやドライトマトを売る店もあった。

(日持ちさせるのに苦労してるんだなぁ……)

こういった街の人たちが日常食するものは価格も安く、それを商う人たちは基本的に小さな八百屋さんだ。もちろんマジックバッグを使えば保存は可能だが、おそらくそれは考えてもいないだろう。元々数が少ないマジックバッグ。いくら魔法に溢れたセルツでも、街の小さな商店主がマジックバッグを持っていることはまずありえない。

ではどうやって保存するか。食べきるための加工といっても、金属製のきっちりした密閉機構のある瓶がないので、瓶詰めにしても長期間の保存は無理だ。寒冷地なので氷室などを使った冷蔵設備はあるそうだが、街中は気温が高いので距離の離れた山中にしか作れず、これもまた輸送コストがかかってしまう。

(難しいところだなぁ……)

いろいろ考えながらも手は勝手に動き、いつの間にやらずっしりと重い瑞々しい野菜をたくさん買って、力持ちのソーヤに持ってもらい歩いていると声をかけられた。

「あら、あんたを探してたんだよ! いつぞやはありがとうね」

それは以前立ち寄ったセルツの居酒屋〝オロンコロ〟亭のおかみさんだった。

「メイロードちゃん! あんたのくれた〝バジル〟って葉っぱ、すごくいい香りでね。トマト料理に合わせたら評判が良くてさぁ。あんたに聞いた通り、サイデム商会に行ってメイロードって子に聞いたんだけどって言ったら、すぐにタネを取り寄せてくれてね。いまじゃ〝鳥のトマトバジル煮込み〟はウチの店の看板商品だよ」

おかみさんは嬉しそうに話しかけてきてくれた。

「ぜひ寄ってっておくれな。あんたにはぜひ食べて欲しかったんだ。ソーヤちゃんだっけ、あんたにもたっぷり馳走するよ!」

「行きましょう、メイロードさま!」

もうソーヤは行く気満々だ。私もおかみさんのバジルとトマト煮込みには興味があるし、こうなったソーヤを止めるぐらいなら行ったほうがずっと話が簡単だ。

「ありがとうございます。それじゃ、お伺いしますね」

おかみさんの買い出しの大荷物もソーヤは軽々と持って歩き出す。

「こりゃまた力持ちだねぇ。ウチで働いて欲しいもんだ」

目を見張り楽しげに笑ったおかみさんと店までの道をのんびり歩く。今日は仕出しの注文が入ったので、足りないものの買い出しにきたのだそうだ。

「うちの食事は美味しいからね。時々持って帰りたいっていう大口の注文が入るんだよ。今日も結構な量になっちまったからね。持ってもらって助かったよ」

今日のお客様は冒険者グループの方だそうだ。冒険者は単独で活動する人、大きめの依頼のために一時的に組むというケースもあるが、ひとつのグループとして活動する人たちもいる。名前の通った有名なグループもいるし、2、3人の小規模なものもある。規模が大きく役割分担がしっかりしたグループには、しっかり食事担当がいて全工程を計算して食材を調達し、現地での狩りで得た食材と合わせて煮炊きするそうだ。だが、そういった冒険者グループは少数派で、多くの数人単位の小規模グループはいい加減らしい。

「そういう子たちはさぁ、荷物持ちもいないから干し肉と乾燥野菜で飢えを凌ぎながら冒険するんだよ。現地でうまく食材が調達できなきゃ、本当にそれしか食べるモノがないからね。冒険の途中で躰を壊しちまう子もたくさんいるんだよ。それでも、冒険者の子たちだって生活がかかってるからねぇ、止められやしないしね……」

冒険者の仕事は1日で終わるような規模のものは大抵の場合身入りが少ない。少しでも多く稼ごうと思えば、どうしても長期にわたる仕事を選ぶことになり長い行軍が必要となる。護衛任務や討伐任務、ダンジョン攻略、いずれにしても基本的に食料や生活用品は自前が原則だ。もちろん途中での補給はしていくとしても、生活物資や食料を数日分運ぶのはかなりの負担となる。

「どうやら、一か月近くかかる仕事らしくてね。せめて旅の最初だけでも、うまいもの食べたいから2日分の食事を6人分って、急に頼まれちゃって……」

(なるほど。で、おかみさんの料理が尽きたら、あとはずっと運びやすい干し肉ばっかりになっちゃうんだ……でも、躰が資本の冒険者さんにはどうなんだろ?)

おかみさんとそんなことを話していると、すぐに〝オロンコロ〟亭の旗が見えてきた。これもとても味のある刺繍旗で、おかみさんの出身である山岳民族オロンコロ族の象徴である鷲がデザインされたものだ。

「こちらでよろしいですか?」

遠慮というものがないソーヤは、勝手知ったる店内へズカズカと入り、店の台所に荷物を置いた。

「ああ、そこでいいよ。ありがとうね、ソーヤちゃん。じゃあ、ちょっと待ってておくれね。仕込みは済んでるからすぐに出すよ」

まだ開店前で誰もいない店内を見渡した私は

「それなら、その間に開店準備を手伝います。ソーヤはモップで床掃除ね。私は机を拭くから」

そう言って、バケツを取りに行った。水はその場で《水出アクア》を使いバケツを満たした。

「へぇ、本当にメイロードちゃんは魔法が使えるんだね。ありがとうね。助かるよ」

忙しく台所で料理をしながらおかみさんが笑った。家事妖精と私にかかれば、この程度の掃除は朝飯前だ。私たちに料理を運んできてくれるまでの10分程度で、店は隅々まで綺麗に整えられた。

「ほえ~、すごいもんだね。こんな店のために魔法を使わせちゃって……なんだか申し訳なかったね。はい、食べてみておくれ」

私とソーヤは久しぶりの〝オロンコロ〟亭のトマト煮込みを食べるため席につくと、いつものように合掌してこう言った。

「いただきます」
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