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3 魔法学校の聖人候補

489 愛を騙る魔術

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489

「グッケンス博士でも抗える自信がないって……すごい魔法なんですね」

博士によれば《幻惑魔法》では、相手のリソースを引き出すことで、拒絶反応なく気づかれぬうちに相手を取り込んでしまうという。

つまり相手のイメージの中にある理想像や母や恋人といった具体的なイメージ、そういったものをキャサリナに投影させ、リアルな〝虚像〟をキャサリナの上に重ねてしまう。そこにさらに《魅了》を使うことで、その人間が過去に感じた別の人間への愛情や好意をキャサリナへの好感度とすり替え、上書きしてしまうのだ。しかも、かなり強烈に。

この相手のリソースから情報を引き出しながら、徐々に《幻惑魔法》を仕掛けていく様子は、傍目からは、ただおだやかに思い出話でもしているようにしか見えないため、誰も《幻惑魔法》にかけられていることに気づけない。
こうして《幻惑魔法》にかかった状態になっていても、周囲は単に話をしているうちにキャサリナのことをその人がとしか思わないし、周囲に対しても同じように《魅了》を発揮することで、彼女に対しての疑いを抱かせないよう巧妙に細工もできる。

「この術はな、愛するものを失った強い喪失感を経験したことのある者には、中々に抗いがたい効力を発揮することがあるのじゃよ」

複雑な表情のグッケンス博士を見て、私にも博士たちが《幻惑魔法》との直接対決を避けようとする気持ちがわかった。

(博士にもサイデムおじさまにも、きっとそうした深く愛した相手とそれを失った悲しみがあるんだな、きっと……
それにつけ込まれてしまうかもしれないと思うほど、大事な人を亡くしたことがあるんだね)

「わかりました。キャサリナの《幻惑魔法》は、私が防ぎます。任せてください!」

それにセイリュウが、キャサリナの魔法に絶対引っかからないというなら、今回はそれを利用しましょう。

その前に……まずは、おじさまを標的にすることを諦めさせましょう。それから、キャサリナをどうしても大金が必要な状況に追い込んで、なんとか《傀儡薬》を売るところまで追い詰めます」

私は博士と打ち合わせた後、ドール参謀にもお願いをするための手紙を書き、セーヤに内々に配達を頼んだ。この方が《伝令》より確実で早い上、絶対に他の人の目に触れずに済む。それに私の超速《伝令》は、絶対驚かれるので、それはそれであまり使いたくないのだ。

(ドール参謀にも、このぐらいの協力はしていただかないとね)

しばらくすると、セーヤは大事そうにいくつかの箱を抱えて戻ってきた。

「ルミナーレ様からのご伝言です。

〝夫が、メイロードに危ないことをさせているのではないかと、気が気ではありません。
どうか、気をつけて。私たちにできることなら、なんでもして差し上げますから、いつでも遠慮なく申し出てくださいね〟

とのことです。全部持って行かせようという勢いでしたので、取り敢えずこちらだけお借りしてまいりました」

どうやら、私の願いごとのせいでルミナーレ様にも、ご心配をおかけしてしまったようだ。今回のことは、極秘なのできっとドール参謀はご家族にも何も話されてはいないはずだが、それでもルミナーレ様は何かを察しておられるのだろう。

私は〝このたびは、急なお願いにもかかわらず、快くご協力をしていただき、ありがとうございます。私は元気です。いまは忙しくしておりますが、近いうちにまたお会いできる日を楽しみにしております〟というカードを添えたお菓子とチョコレートの詰め合わせを贈り、感謝のメッセージを送った。

これで細工は整った。

(ではサイデムおじさまと一緒にパーティーに出る算段をつけなくちゃね)

私はおじさまの執務室へと行くため《無限回廊の扉》を使い、イスのマリス邸へと向かった。

いきなりサイデム商会の隠し扉から出ることも可能なのだが、一応おじさまの予定も考え、まず《伝令》で面会予約をしてから訪問する。

警戒厳重なはずのサイデム商会の中枢部にいきなり出現すると、周囲の人がかなり驚くので、よっぽどのことがない限り、突然飛び出ることは自重しているのだ。サイデム商会内の顔見知りの方たちは

〝メイロードさまのやることだから……〟

っと、生暖かく見守ってはくれるのだが、それに甘えてこの特別な移動法に慣れすぎるのはやはりよろしくない。できる限り隠しておきたいことなのだから、人の目に触れる場所での使用は控えたほうがいい。

私はセーヤが用意してくれた馬車に乗り、サイデム商会へと向かった。

《帝国の代理人》への、軍部からの極秘ミッションへの協力を依頼するために。
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