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3 魔法学校の聖人候補

485 誰かと思えば……

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485

突然、とんでもない人とありえない場所で出会うと、人は硬直し、言葉が出てこなくなるものらしい。

「ど、ドール参……謀?」

やっとその一言を私が絞り出すまで、確実に1分は経過していた。
グッケンス博士の研究棟で、博士とお茶を飲んでいたその人は、パレスにいるはずの帝国軍参謀本部調達責任者のドール参謀だった。

「なんで、なんでこんなところにいらっしゃるのですか?」

〔申し訳ございません。驚かせたいから、念話を送るなとグッケンス博士に言われまして……〕

と、お茶をサーブしながら今更な念話をちょっと笑いながらしてくるソーヤ。

〔もう! あとで覚えてなさいよ、ソーヤ!〕

私はソーヤと念話で口喧嘩をしながら、顔では極めてにこやかな表情を作りつつ席に座った。

「久しぶりだな、メイロード。相変わらず色々やってくれているようだな」

ドール参謀は、ちょっと訪ねてきた近所の人のような気安さで話しかけてきたが、この人はサイデムおじさま以上に多忙な人のはずだ。なんの目的もなく、ふらっとこんな僻地にある場所を訪ねてくるような人じゃない。

(なんだろう……。まさか〝鞍揃え〟のを突っ込みにきたの?)

私の心を見透かしたように、グッケンス博士がこう言った。

「〝鞍揃え〟の書類にお前の名前があったことで、私とお前に軍部からについての調査依頼がきたのだよ。内容が極秘であり公式な調査でもないため、わざわざ参謀自らがやってきたというわけさ」

やはりプーアさんの守秘義務に関する魔法契約書をドール参謀は見過ごしてはくれなかったようだ。だが、ではなく、それに関連する何かをドール参謀は調べさせようとしている。しかもグッケンス博士まで巻き込んで……

「魔法がらみの重大な事案……しかも公には絶対にしたくないこと……ですか」

「相変わらず聡い子だな……その通りだ。ある事件の解決をグッケンス博士とメイロード・マリスつまり君に頼みたい。ごく最近開発に成功した《魔法薬》に関わった君と魔法についての知識の深い博士にしか頼めない話だ」

ドール参謀は〝駆け馬薬〟に関する情報をいち早く手に入れ、それの運用と確保を迅速に行ったことで非常に高い評価を得ることになった。実は私の動向を気にしていたドール参謀は、いつもの3倍ほどの密偵をセルツの街に配置していた。そのことが功を奏して、一早い動きができたのだという。
新たな《魔法薬》の発見は、久しくなかったことらしく、それを素早く帝国だけで独占した上、軍部で効果的に使えるよう采配したことは、現皇帝の耳にまで届き、直接勲章を賜るほどの功労と認められたそうだ。

「だが、そこでひとつの不名誉が再び注目を浴びることになってしまった」

ドール参謀は困ったような顔で、その事件の顛末を話してくれた。

ことの発端はひとりの薬師の売り込みだったそうだ。パレスの政府機関が集まる場所には、こういった売り込みは多く、ほとんどは上層部の目に触れる前にふるいにかけられ消えていくという。だがその薬師は中堅貴族と親交を深め上手く上級貴族へとツナギを作り、決定権のある役職にある者へ自分の開発した新しい《魔法薬》を見せることに成功した。

(これはまた、すごいやり手だな)

「その画期的な《魔法薬》に魅せられた男は、絶対に他国に売られてはならないと、性急に契約を結び莫大な金を支払ってしまったのだそうだ」

(あれ、この話って……)

「魔法契約は結ばなかったのですか? そんな莫大なお金を動かすなら必須でしょう?」

「それがなぁ~」

その薬師は魔法契約に同意したものの、いま現在抱えている仕事の魔法契約と一部抵触してしまうため、数日だけ待ってほしいといい、男はその言葉を信じてしまったそうだ。正直、どうかしていると思うが。まぁなんというか……」

私を目の前に口ごもるドール参謀を見て、グッケンス博士が口を出した。

「女だ。契約の話になった頃には、もうその男は完全に薬師の女に惚れてしまっていたのじゃよ。だから、女が自分を裏切ることなど夢にも思わず信用した。どうにも怪しい話なのにもかかわらず、まったく目が曇っていた様子じゃな」

(うわぁ、色仕掛け……ハニートラップってやつだ)

博士の言葉に腹をくくったのか、そこからはためらうことなくドール参謀は話を進めた。

「……ということがあってだな。男がその薬師に渡してしまった莫大な金のこともあるが、やはり帝国の中枢で高い見識を持つべき役職にありながらまんまと騙されたという事実が許されず、更迭されたわけさ。最後の温情として体面を守るため〝病気〟と理由をつけてな」

この事件にはいくつか謎が残ったままだ。その中でも最も謎なのが、数人の前で披露されたその《魔法薬》は、間違いなく機能していた、という信頼できる証言だ。

もちろんこの詐欺事件の犯人逮捕は重要だが、帝国としては、その新しい《魔法薬》が本当に存在しているのであれば確保したいというのが本音のようだ。

「気は進まんが、場合によってはその薬師と交渉もせねばなるまいな……」

ドール参謀は不快そうにそう言った。

「明らかな犯罪者と交渉してまで欲しい《魔法薬》って一体どんなもの何ですか」

私の質問に、またもやっぱり言いにくそうにしているドール参謀を見て、グッケンス博士が話し始めた。
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