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3 魔法学校の聖人候補

466 ないなら作ればいいじゃない!

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466

「え、あの、聞いてらっしゃいましたか? うちはこの街の問屋とは取引できないんですよ。いまでは選べる革もない状況で……」

とても情けないという顔でプーアさんは、徐々に小声になりながらこう言ったが、私の答えは明快だ。

「問題ありません!」

ちょっとニヤついた悪い笑いを浮かべながらふたりを見て、私は話を続けた。

「向こうが革問屋を使って圧力をかけ売らないと言うのですから、ならば買わなければいいんです。こちらは別のルートから買うだけですよ。……というわけで、革問屋を作っちゃいましょう!幸い私は商人もしてますからね。お客様がお望みならいくらでも革をご用意しますって」

「そんな……うちで使うような高級な革は、揃えるのが大変なんですよ。まして、こんな山奥の街に遠くから買い付けて運んでくるとなったら、それだけで何週間もかかります。とても間に合いません!」

オロオロするプーアさんを落ち着かせた私は〝商人には極秘のルートがあるから大丈夫〟と強引に説得した。

なんとか私たちを信じると決めてくれたプーアさんから、今回のミッションに必要な革のついての情報をもらい、少し作戦会議をした後、私は部屋に戻ってサイデムおじさま、そして知りうる限りのギルドマスターに《伝令》を使い最高の革を確保してくれるよう依頼した。

「メイロードさまのご依頼とあらば、喜んで最高の革を選んでおきましょう」

ありがたいことに、どこのギルドマスターもふたつ返事で請け負ってくれたので(〝芸人ギルド〟や〝薬師ギルド〟まで協力すると返事がきたのには驚いたが)、セーヤとソーヤに頼み《無限回廊の扉》を使って、帝国だけでなく沿海州まで網羅して一気に大量の革を買い付けることができた。
集められた大量の革素材は、私の《真贋》を使うまでもなく極上のものばかりで素晴らしい品質。やはり商売は信頼関係、みんなが私のためにこうやって動いてくれる信用を築けたことが本当にうれしい。

(さて、ここからは〝マリス商会〟皮革部門の初仕事だ!)

私はセーヤ・ソーヤとともに《鑑定》を駆使しながら大量の革素材を、価格や種類、さらに用途別に細かく整理していった。

二日で革問屋の当座の在庫には充分な量の素材が集まったので、マジックバッグに入れてプーアさんの工房を訪れた。

取り敢えず空いていた工房の二階倉庫へ世界中のギルドマスター厳選の大量の革を広げるとプーアさんは口をパクパクしながら声も出ずにいた。

「これは今回の〝鞍揃え〟のために用意したものです。支払いについては今回の仕事が終わってからまとめてで結構ですよ。これだけではいづれまた在庫は減ってしまいますが、ま、それについてもちょっと考えがあるので……」

私はいろいろと言いたそうなプーアさんに作業を開始するよう促し、いくつか作る新作の鞍のひとつにちょっとしたギミックをつけることも提案した。プーアさんは不思議そうな顔をしていたが、まぁ、それはおいおい。

「いまは人手もないようですから〝鞍揃え〟用の新作の製作に全力を傾けてください。日銭になる仕事は後回しになりますが、もしそれで工房の維持に問題が出てくるようなら当座の資金についてのご相談にも乗りますので、いつでも言ってきてください」

私の言葉にプーアさんは、真剣な顔で首を振った。

「とんでもない! ここまでしていただいたのです。あとは必ず俺たちでなんとかしてみせますよ。
本当に素晴らしい品揃えだ。メイロードさまが素晴らしい商人だということは、このきっちり仕分けされた素材を見れば一目でわかります。一流品揃いなだけじゃない、客が選びやすいよう本当に丁寧に仕分けしていただいている。
ここまで質量共に素晴らしい革問屋は見たことがありません。もうここにいるだけで、色々な構想が浮かんできて居ても立っても居られません。
必ずご期待に添える鞍を作ってご覧に入れます。工房もしっかり守り抜きますよ」

一流の革職人であるプーアさん。
世界中から集めた選りすぐりの革素材に囲まれ、今までの元気のなさはどこへやら、完全にやる気を取り戻したようだ。

一緒に来ていたエルさんも、やる気になったプーアさんを見て満足そうだ。

「ありがとうよ、メイロード。プーアがやる気を取り戻してくれたのなら〝鞍揃え〟も大丈夫だろう」

私はひとつだけ気になっていたことを聞いてみた。

「〝鞍揃え〟の審査は、完全に公正なんですか? 影響力のある革問屋と軍部の癒着といったきな臭い話はないんでしょうか」

「ああ、それは大丈夫だよ。もちろんザイザロンガの革問屋は、役所に付け届けをしたり、軍部に便宜を図ったりしてつけ入ろうとはしているが、今回の〝鞍揃え〟で一番発言権のあるここの騎馬隊の隊長サラエ・マッツアは真っ直ぐすぎるぐらいの性格で、そういうのが大っ嫌いだからね」

どうやらエルさんも知り合いらしいサラエ・マッツア騎馬隊長は、この街の有力者の娘で馬術の達人なのだそうだ。男勝りで剣術も一流、実力で騎馬隊の隊長にまで上り詰めた魔法騎士だという。

「そんな人なら大丈夫そうですね。一応、他の発言権のありそうな人も教えておいてもらえますか。おそらくザイザロンガ側は、〝チェンチェン工房〟を追い詰めて〝鞍揃え〟に出品させないよう画策するはずです。
この程度の嫌がらせで、こちらが死に体になっていると思って気を抜いてくれればいいですが、プーアさんの作業が始まればこちらが動いていることを完全に隠すことは難しいです。そうなった時、さらに悪巧みを始める可能性は高いですから……」

「さすがだね。ちっちゃいのに随分な修羅場をくぐってきているようじゃないか」

エルさんは、私が相手の裏工作への対策をとること前提で話を進めるのに、感心してくれているようだ。

(いやいや、この程度タガローサに比べたら甘い甘い。あの人だったらもうすでにこの段階で審査員をすべて自分の側のひき入れるあからさまな工作をしているよ。そして、それがダメなら……)

私はこれからのこちらの動き次第で起こりうるイヤな想定を思いつき、それの対策も考えなくては、と思い始めた。

「エルさん、プーアさんや工房の方々の身辺警護、お願いできませんか?」

エルさんは眉をひそめてため息をつく。

「そこまでやってくるかね。そこまでやるとなるとかなり向こうも危ない橋を渡ることになるよ」

それはその通りなのだが、すでにかなりの資金を投入している向こうにも焦りはあるはずだ。これまでの名声と信用があり、技術力でも勝るプーアさんたちの息の根を止めない限り、ザイザロンガ側は〝この街の随一の革職人〟の称号を得ることができず、市場のコントロールを得ることも難しい。

「相手の思惑がこの街の革産業のすべてを牛耳ることだとすれば、こちらもそのつもりで対応したほうがいいと思います。大きなお金が動くと、悪い人は暴走しますからね」

私とエルさんは、ため息をついてやれやれという顔をしつつちょっと笑った。

「子供と年寄りを随分と働かせてくれるねぇ……」
「本当ですねぇ……」

そしてお店の奥の指定席で優雅にお茶を飲みながら、ふたりで対策を練っていった。
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