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3 魔法学校の聖人候補
465 チェンチェン工房
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465
〝チェンチェン工房〟は、職人街の一角にある立派な構えの大きな工房だった。
勝手知ったるという感じで、飾り気はないがしっかりした扉を開けズカズカと中に入っていくエルさんの後ろについて中に入ると、外観との差に愕然とした。
(職人さんの数が少なすぎる。なに、これ、今日休みじゃないよね)
工房の規模に比べて少なすぎる数人の職人がぽつぽつと作業しているだけの活気のない工房をエルさんはどんどん進む。
「プーア! プーアはいるかい?」
工房にいた職人が指差した奥へと閑散とした工房を進んでいくと、皮を一心不乱に叩いている20代後半ぐらいの男性がいて、エルさんは彼に声をかけた。
「プーア! あんた、それは下働きの仕事だろう。なんで工房主のあんたがそんなことしてるんだい?」
現在の工房主は、エルさんに気づいて手を止め、汗だくの顔を拭いながら私たちに笑顔で挨拶した。
「ああ、エルさん、どうも。いや、いま人手がないですからね。下働きの子たちも少なくて、できることはなんでも俺がやろうと思ってさ」
「バカだね! あんたが、きっちり技術のいる仕事をしなくちゃ始まらないだろう。まぁ、弟子たちを根こそぎ連れていかれちゃ、仕方ないんだろうけどさ」
革工房では、雑多な下処理をするためにたくさんの人手が必要なのだそうだ。その多くは工房に弟子入りしてくる見習いたちに任されるものなのだが、その見習いのほとんどをプーアさんは奪われたままらしい。ザイザロンガは言葉巧みに当時いた見習いたちを自分の工房へ連れて行き、いまも〝チェンチェン工房〟へ戻るなら革職人としての将来はないと脅しているらしく、まだ年若い見習いの子たちは親方怖さに身動きが取れないそうだ。
(実際、革問屋に睨まれたら若い子たちは革職人としてやっていけないよね)
「どうやら、ザイザロンガの工房は人使いが荒いらしくて、弟子たちも戻りたい子が多いみたいなんですけどね。このざまであの子たちをここへ戻していいものか……情けないですが……」
ちょっとイラついた感じでエルさんがプーアさんの背中を叩きこう言った。
「しっかりおしよ! あんたの腕はザイザロンガなんかに負けちゃいないし、一番弟子はあいつだったかもしれないが、チェンチェンの息子のあんたはそれ以上の腕じゃないか!
それがわかっているからザイザロンガの奴は、こんな酷いことをしてまで嫌がらせをしてあんたを潰そうとしてるんだ! 弱音なんか吐くんじゃないよ!」
プーアさんは背中を丸めて、叩かれながら弱々しく笑っている。
「えっと、こんにちは。私はメイロード・マリスと申します。お役に立てるかどうかわかりませんが、商人の目でこの工房を見て、できれば助けて欲しいとエルさんに頼まれてきました」
筋骨隆々のプーアさんの前に立つ細くて小さな私を見て、プーアさんはキョトンとしている。
「見た目に騙されるんじゃないよ! この子は本になっちまうほど凄腕の商人なんだ。しかも、いい腕の魔法使いでもある。きっと、お前さんに何か勝機を見つけてくれるはずさ」
エルさんの言葉にプーアさんは慌てて居住まいを正し、背を伸ばして丁寧に挨拶してくれた。
「し、失礼しました。どうぞ、よろしくお願いします」
エルさんのいう通り、とっても素直で実直なお人柄のようだ。私は彼のことが大好きになった。
自分のことより弟子たちの環境を心配している人の良さも、とても好ましい。
「ずいぶん酷い目に合わされているそうですね」
私の問いに肩を落としながらプーアさんが語ってくれたところによると、いまではこの街の革の仕入れ業者がザイザロンガを恐れて、取引をしてくれないため、長い付き合いのある取引先が革仕事を依頼してくれても応じられないことが増えてきてしまっているという。
「うちはお客様の要望を丁寧に聞き取って、最高の素材を選んで作ってきました。この充分に素材も選べない状態ではお客様に申し訳なくて、お断りせざるを得ないことも出てきてしまいまして……正直、万策尽きました」
どうやらザイザロンガたちは、この工房の実直で真面目な仕事ぶりを利用して、補給を断つことで追い込んでいこうとしているようだ。
「今年は〝鞍揃え〟にも新作が出せるかどうか……そうなったら、一番大きな取引先である軍の騎馬隊も失うことになり、うちはもう完全に終わりです」
〝鞍揃え〟とは、三年に一度、この都市を守る警備隊と駐留軍の一部で構成された騎馬隊の装備の見直しのため、この街の革工房に新作の馬具を作らせて品評する催しだそうだ。
これまでずっと〝チェンチェン工房〟は最高ランクの評価を得てきており、騎馬隊の隊長クラスの馬具はすべてこの工房が請け負ってきた。
「ですが、この状態では……」
ため息をつくプーアさんに私はこう言った。
「何を言ってるんですか。それこそ好機じゃないですか! エルさん、いけますよ、これ!」
〝チェンチェン工房〟は、職人街の一角にある立派な構えの大きな工房だった。
勝手知ったるという感じで、飾り気はないがしっかりした扉を開けズカズカと中に入っていくエルさんの後ろについて中に入ると、外観との差に愕然とした。
(職人さんの数が少なすぎる。なに、これ、今日休みじゃないよね)
工房の規模に比べて少なすぎる数人の職人がぽつぽつと作業しているだけの活気のない工房をエルさんはどんどん進む。
「プーア! プーアはいるかい?」
工房にいた職人が指差した奥へと閑散とした工房を進んでいくと、皮を一心不乱に叩いている20代後半ぐらいの男性がいて、エルさんは彼に声をかけた。
「プーア! あんた、それは下働きの仕事だろう。なんで工房主のあんたがそんなことしてるんだい?」
現在の工房主は、エルさんに気づいて手を止め、汗だくの顔を拭いながら私たちに笑顔で挨拶した。
「ああ、エルさん、どうも。いや、いま人手がないですからね。下働きの子たちも少なくて、できることはなんでも俺がやろうと思ってさ」
「バカだね! あんたが、きっちり技術のいる仕事をしなくちゃ始まらないだろう。まぁ、弟子たちを根こそぎ連れていかれちゃ、仕方ないんだろうけどさ」
革工房では、雑多な下処理をするためにたくさんの人手が必要なのだそうだ。その多くは工房に弟子入りしてくる見習いたちに任されるものなのだが、その見習いのほとんどをプーアさんは奪われたままらしい。ザイザロンガは言葉巧みに当時いた見習いたちを自分の工房へ連れて行き、いまも〝チェンチェン工房〟へ戻るなら革職人としての将来はないと脅しているらしく、まだ年若い見習いの子たちは親方怖さに身動きが取れないそうだ。
(実際、革問屋に睨まれたら若い子たちは革職人としてやっていけないよね)
「どうやら、ザイザロンガの工房は人使いが荒いらしくて、弟子たちも戻りたい子が多いみたいなんですけどね。このざまであの子たちをここへ戻していいものか……情けないですが……」
ちょっとイラついた感じでエルさんがプーアさんの背中を叩きこう言った。
「しっかりおしよ! あんたの腕はザイザロンガなんかに負けちゃいないし、一番弟子はあいつだったかもしれないが、チェンチェンの息子のあんたはそれ以上の腕じゃないか!
それがわかっているからザイザロンガの奴は、こんな酷いことをしてまで嫌がらせをしてあんたを潰そうとしてるんだ! 弱音なんか吐くんじゃないよ!」
プーアさんは背中を丸めて、叩かれながら弱々しく笑っている。
「えっと、こんにちは。私はメイロード・マリスと申します。お役に立てるかどうかわかりませんが、商人の目でこの工房を見て、できれば助けて欲しいとエルさんに頼まれてきました」
筋骨隆々のプーアさんの前に立つ細くて小さな私を見て、プーアさんはキョトンとしている。
「見た目に騙されるんじゃないよ! この子は本になっちまうほど凄腕の商人なんだ。しかも、いい腕の魔法使いでもある。きっと、お前さんに何か勝機を見つけてくれるはずさ」
エルさんの言葉にプーアさんは慌てて居住まいを正し、背を伸ばして丁寧に挨拶してくれた。
「し、失礼しました。どうぞ、よろしくお願いします」
エルさんのいう通り、とっても素直で実直なお人柄のようだ。私は彼のことが大好きになった。
自分のことより弟子たちの環境を心配している人の良さも、とても好ましい。
「ずいぶん酷い目に合わされているそうですね」
私の問いに肩を落としながらプーアさんが語ってくれたところによると、いまではこの街の革の仕入れ業者がザイザロンガを恐れて、取引をしてくれないため、長い付き合いのある取引先が革仕事を依頼してくれても応じられないことが増えてきてしまっているという。
「うちはお客様の要望を丁寧に聞き取って、最高の素材を選んで作ってきました。この充分に素材も選べない状態ではお客様に申し訳なくて、お断りせざるを得ないことも出てきてしまいまして……正直、万策尽きました」
どうやらザイザロンガたちは、この工房の実直で真面目な仕事ぶりを利用して、補給を断つことで追い込んでいこうとしているようだ。
「今年は〝鞍揃え〟にも新作が出せるかどうか……そうなったら、一番大きな取引先である軍の騎馬隊も失うことになり、うちはもう完全に終わりです」
〝鞍揃え〟とは、三年に一度、この都市を守る警備隊と駐留軍の一部で構成された騎馬隊の装備の見直しのため、この街の革工房に新作の馬具を作らせて品評する催しだそうだ。
これまでずっと〝チェンチェン工房〟は最高ランクの評価を得てきており、騎馬隊の隊長クラスの馬具はすべてこの工房が請け負ってきた。
「ですが、この状態では……」
ため息をつくプーアさんに私はこう言った。
「何を言ってるんですか。それこそ好機じゃないですか! エルさん、いけますよ、これ!」
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