利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

436 演武

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436

氷の塊を木でできた人型標的に投げて破壊する。

木でできた塔を、蛇のような形の炎を巻きつけて焼き尽くす。

水を槍のようにして投げて標的に突き刺す。

土を魔法で積み上げて壁を作り、そこから石を《風魔法》で投げて攻撃。

一年生の競技会場でも、思った通り戦場を想定したかのような対人戦闘向きの魔法を使った演武が次々に披露されていた。とは言っても一年生の技なので、決して力強く正確な洗練された魔法とは言い難いが、それでもそれぞれお得意の魔法と見えてそれなりに見られるものに仕上がっており、どの選手も拍手を受けていた。

そんな中、私は一本の長い木の棒と、細い縄を持って位置についた。

一礼した後、私が投げ上げた五本の縄は、間髪を入れず私が手に持った木の棒の高い位置にその中央を絡ませてから四方に伸び、数秒でなんの支えもなく鉄のように硬くなった状態で固定、十の方向へ傘の骨組みのように放射状に広がった。

この縄は、エルさんに教えてもらった警備隊や軍部でよく使われる魔法道具《自在縄》をヒントにしたものだ。《自在縄》は魔力を含んだ〝ニエトリツタ〟という特殊な草を素材にしたもので、この植物はちょうど食虫植物のように、近づいてきた動物に自分を絡ませて逃げられなくして養分を吸い取るという、ちょっと気持ち悪い生態を持っている。このツタの繊維で作られた縄に少しの魔法力を流してやることで、使い手の意のままに自在にコントロールすることができる《自在縄》になるそうだ。

「戦場では、かなり便利に使われているものだよ。採取が面倒なんで少々値は張るけど耐久性は高いからね。魔法力さえ流していれば意のままに操れるから、長い物なら離れた場所から人を捕まえたり、危ない場所に倒れた人やあるいは物資を引っ掛けて回収したりもできる。あまり魔法力が多くなくても使える便利なものさ」

エルさんの魔法道具店でも売れ筋の商品だという。確かに一本持っていると便利そうだ。

私はマジックバッグから取り出して手の上に乗せたハンカチを掲げるようにして《風魔法》で浮かせ、微動だにせず空中に固定されている10箇所の物干しに、次々と等間隔で乗せていった。それはもう、寸分の狂いもなく、きっちりと。見る間にすべての縄の上には、百枚のハンカチが干され、鮮やかに翻った。
そのハンカチは固定されたように、風の翻っているがまったく落ちる気配はない。

見ている人々は、何が起こっているのわからずポカンとしている。競技場でいきなり洗濯を始めたようにしか見えないのだから混乱するのが当然だと思う。

観覧者全員を混乱させてしまった、この私の演武の題材は〝物干し〟だ。使っているハンカチにも凝って、魔法学校の校章を綺麗に刺繍しレース編みも施した優雅なものを丁寧に時間をかけて自作し《生産の陣》で増やしたものを使っている。しかもカラフルに五色展開だ。

このハンカチは演武のための小道具で、本当に乾かすために干しているわけではないので、きっちりすべて干し終わったらすぐ今度は回収に入る。竿代わりのロープを離れた百枚のハンカチは美しく翻りながら、踊るように競技場を乱舞した。その様子に、見ていた数人の子供たちが騒ぎ出し、掴もうと観覧席の端で手を伸ばしている姿が目の入った。

私がその子たちに向かって、〝手を出して〟というジェスチャーをすると、素直に前に手を出してくれたので、その数人の小さい子の手の中に、空中で綺麗に畳んだハンカチを一枚づつそっと乗せた。

驚きながらも嬉しそうにハンカチを持って手を振る子供たちを見ながら、残りのハンカチを両手の上に完璧に揃えて回収した。

最後に、持っていた棒をトンと叩くと、縄は巻尺のようにするすると棒に絡みつき一瞬で回収され、私の演武は終わった。

競技場内の少ない聴衆は、どう反応したものかと静まり返っていたが、先程ハンカチを受け取った男の子が私に向かって大きな声でこう言った。

「お姉ちゃん、かっこいい! ハンカチありがとう!!」

ハンカチを持った手を振る少年に手を振り返していると、いつのまにか拍手が起こり、少ない観客は総立ちで拍手してくれていた。

私は棒と縄、そしてハンカチをマジックバッグにしまい、観衆に挨拶をしてから拍手の中競技場を後にした。

それは世にも珍しい攻撃しない〝魔法演武〟
家事魔法が得意の私にふさわしい物干し演武だった。

順位に関係ない一回戦敗退の私は、待っていてくれたオーライリたちと、すぐに先生方の模擬戦が行われている会場へと移動した。

だが、容赦なしのグッケンス博士による瞬殺で、すでに模擬戦は終了しており、驚きを口にしつつ帰宅する人々と鉢合わせただけだった。

「ごめんね。グッケンス博士の模擬戦見られなくて」

私自身が博士の演武を見逃してだいぶがっかりしたので、私の応援に来てくれたトルルとオーライリに本当に申し訳なくなってしまった。だが、ふたりはあっさりしたもので、気にすることはないと力強く言ってくれた。

「マリスさんの演武、本当に素晴らしかったよ。あんなに美しくて繊細な技を使った演武があるのね。本当に感動したの。どうしたらあんなに正確に、あんな大量のものを動かせるのかな。本当にすごかった。あれを見たのは自慢できるよ、本当に!」

トルルは興奮気味に私の演武を褒めてくれた。オーライリも続いてこう言った。

「あの会場にいた人たちが今日の競技会について話すのは、きっとマリスさんの演武のことだと思います。私も人に言いたくてたまらないですもの。魔法だけじゃなく、スキルも素晴らしいとわかります。そして、本当に夢のように綺麗でした」

思い出しているのか、興奮気味に絶賛してくれているが、まぁ、洗濯物干して取り込んだだけだ。

私たちが、そんな話をしながら一年生の競技が行われた競技場の前を横切って帰ろうとすると、私を見つけた人が次々に走って近づいてきた。一体何事かと身構えると、彼らは口々に私の演武を褒めててくれ、更に、子供たちが受け取ったハンカチがあまりにも美しいので、ぜひ自分たちにも譲ってはくれないか、と言ってきた。

(魔法学校の校章も使っているから、今日の観戦記念に欲しいんだろうな。お土産としても、ノベルティとしても確かに良さそうだよね。でもこういう時は、ちゃんと値段を踏まないと面倒なことになるだろうし、ここで渡しちゃいけないな)

「申し訳ありません。学校に相談してからにさせてください。今日中にはお譲りできるかどうかの判断を致しますので、明日購買の方へお問い合わせいただけますか?」

もう夕方も近いので、観客たちは、明日帰る予定のはずだと考えた私は、回答を明日に延期した。そして、すぐ事務局のモートさんに連絡して、ハンカチを見せた。

「いやぁ、これは素晴らしいですね。私も欲しいぐらいです。こういうものが売れるなら、学校の購買でもちょっと考えたいですねぇ……」

チラチラと私を見るモートさんを、軽く無視してこのハンカチの販売について話を進めた。この人に甘い顔を見せるとどんどん仕事が増えると私も学んだので、安請け合いはしない。

「とりあえず、今日使用した分と、もしもの時のための予備もありますから、それを売らせていただきますね。学校の校章を使わせて頂いた商品ですから、純利益を五分五分でいかがでしょう?」

モートさんは、それなら問題ないと言って、すぐ事務局の了解を取り、契約してくれた。

こうして、期せずして〝魔法学校みやげ〟を私は作ってしまったのだった。
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