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3 魔法学校の聖人候補
390 白魔法使いの帰還
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390
ルカせんせー! カンジャさん、キタよー!
(え?ああ、私のことか。そうか、ここではそう名乗ったんだったな)
この村に着いてから、いつの間にか押しかけ助手になっている少年コルビが、バタバタと走って薬草を選別していた私を呼びにきた。
(偽名に偽名を重ね続けて何十年も経つと、もう名前などどうでもよくなるものだな……)
自嘲的に苦笑いを浮かべて、私はコルビに返事をする。
「もうそんな時間か。分かったよ、すぐ行く!」
国中、時には外の国まで、医師のいない田舎の集落を転々としながら、私は医療活動を続けてきた。
この山村へ来ることになったのも、原因不明の病に侵されたコルビを助けたい一心で、父親がここから昼夜歩き続けて2日以上かかる集落にいた私のところまでやってきたからだった。
私はコルビの容態を聞き、一刻も早い治療が必要だと判断。すぐ彼と共に移動し、深い森の中の人口50人にも満たない小さなこの村にやってきた。
コルビの病は、感染症のようだったが原因の特定は難しかった。川遊びで傷ついた脚から何かの毒が侵入したようで、右足はひどく腫れており、高熱も続いていた。この状況になってからすでに数日が経過しており、子供の体力を考えるともう後がない、緊急を要する状況だった。私はすぐに解熱と解毒の効果のある薬を調合し《白魔法》も併用。
やはり《白魔法》の効果は絶大で、内臓にまで損傷が及び危篤状態だった幼い命を救うことができた。後から分かったことだが、コルビは水の中に住む透明な蛇のような魔物に噛まれていた。弱い呪いの効果を含んだ毒に犯されていたのだ。
これは、大人ならば脚を失う程度のものだったが、まだ10歳にも満たない少年には、あまりにも強い《呪毒》だった。この力がなければ、恐らくコルビが助かることはなかっただろう。毒が抜けた後は、薬と安静で体力を回復し、程なくコルビは後遺症もなく、完治した。
村長の長男だったコルビの父親は、私に村への滞在を望んでくれたため、私は村の空いた小屋に住むことにした。しばらくそこへ通院することになったコルビは、いつの間にか私の治療を手伝い始め、もう通院が必要なくなった今でも毎日やってきては私や患者の世話を焼いている。
私の治療は基本的にどこでも入手可能な薬草を使うようにしている。実際、多くの病気は、それで治療可能なのだ。《白魔法》を使用するのは、他に治療法がなかったり危険な状態にある患者だけに限るようにし、自分が《白魔法》使いだということには極力触れないようにもしていた。
私の力が足りぬのか、神がお許しにならぬのか、残念な事に《白魔法》の継承や普及は上手くいっていない。そんな状況で、使える者が極めて少ないままの《白魔法》に頼るだけの治療をしていては、私がこの地を離れれば、もう誰も彼らを助けられない。
やがて去る私が、彼らに対し悪戯に万能の治癒法《白魔法》を見せることは、今の状況では薬にすらならない。
それを防ぐため、初めての土地では出来る限り治療をしながらその土地に多い病気を調べ、それに効く薬草や治療法を必ず伝えるようにしてきた。彼らが自分たちで行える治療法を教え、私が去った後に医師や医師の仕事が出来そうな人物を見つけるようにしている。ここでは、コルビの両親が薬のレシピを覚えてくれるそうだ。幼いコルビもやる気で、最近は薬草の採取も手伝うようになり、嬉々として薬草を覚えようとしている。
その日も、お金がなくとも採れた野菜のような報酬で快く治療してもらえると知って、多くの患者がやってきた。
かぶれに火傷、背中の痛みに骨折、つわりの酷い妊婦に蜂刺され、小さな集落でも皆我慢しているだけで、色々な病を抱えている。我慢に我慢を重ねすぎて、大分拗らせている人も多いので、《白魔法》を併用せざる得ないことも多い。
一通り村の人々を癒し健康状態を回復させた後は、私が去った後も健康に暮らすために必要な指導もしていかなければならないだろう。
村へ来てひと月ほどが過ぎたある日、私の小屋に来客があった。
「お久しぶりでございます。お探し申し上げておりました」
(ああ、また見つかってしまったか……もう少しここに居たかったのだが……)
旅の冒険者のような形をしているが、この男が私が離れたあの国からの追っ手であることは、すぐに分かった。さて、どうやって逃げようかと考えている私に、男は慌ててこう言った。
「どうぞ、暫しお時間を頂きたい。今回お探しした理由、申し上げたきことは、いつもの話とは違うのでございます。1日だけ、どうか秘密裏にご帰還をお願いしたい、それだけなのでございます。我らが英雄王の最後の願い、どうかお聞き届けください」
男の必死の訴えに、私は状況を悟った。
(そうか、英雄王も遂に身罷られるか……)
かつて共に戦い国を救った英雄王が最後に望んだのは、懐かしい友との再会だった。
「王は、今後は一切探索の手を伸ばすようなことはしないと、誓われました。どうぞ、最後に一目お会いになっては頂けませんか」
抑制はしているものの、彼からは絶望に似た悲しみが伝わってきた。
(ああ、これはもう終わりなのだな……)
私は、かつて人々のために命を懸けて共に戦った旧友の名代である冒険者に微笑んで頷くと、コルビを呼んだ。
「コルビ……どうやら、私はすぐに行かなければならなくなったようだ」
不安そうな少年に、私は安心するように言い、整理しておいた薬草を渡した。
「近いうちに、また様子を見に来る。ご両親と協力して、集落の人たちを助けてあげておくれ」
「ボクみたいな子を、助けに行くんだね……じゃ、シカタないね……」
泣きたいのを我慢しながら、私の手早い旅支度を見ていたコルビは、村人に引き止められることを恐れる私のため、目につかない場所を見つけながら集落の外まで私を導いてくれた。
「気をつけて、いってらっしゃい!ルカセンセ!」
もう涙を隠そうともしないコルビに見送られ、私は旧友との再会のため、かつての祖国へと急ぎ足で旅立った。
ルカせんせー! カンジャさん、キタよー!
(え?ああ、私のことか。そうか、ここではそう名乗ったんだったな)
この村に着いてから、いつの間にか押しかけ助手になっている少年コルビが、バタバタと走って薬草を選別していた私を呼びにきた。
(偽名に偽名を重ね続けて何十年も経つと、もう名前などどうでもよくなるものだな……)
自嘲的に苦笑いを浮かべて、私はコルビに返事をする。
「もうそんな時間か。分かったよ、すぐ行く!」
国中、時には外の国まで、医師のいない田舎の集落を転々としながら、私は医療活動を続けてきた。
この山村へ来ることになったのも、原因不明の病に侵されたコルビを助けたい一心で、父親がここから昼夜歩き続けて2日以上かかる集落にいた私のところまでやってきたからだった。
私はコルビの容態を聞き、一刻も早い治療が必要だと判断。すぐ彼と共に移動し、深い森の中の人口50人にも満たない小さなこの村にやってきた。
コルビの病は、感染症のようだったが原因の特定は難しかった。川遊びで傷ついた脚から何かの毒が侵入したようで、右足はひどく腫れており、高熱も続いていた。この状況になってからすでに数日が経過しており、子供の体力を考えるともう後がない、緊急を要する状況だった。私はすぐに解熱と解毒の効果のある薬を調合し《白魔法》も併用。
やはり《白魔法》の効果は絶大で、内臓にまで損傷が及び危篤状態だった幼い命を救うことができた。後から分かったことだが、コルビは水の中に住む透明な蛇のような魔物に噛まれていた。弱い呪いの効果を含んだ毒に犯されていたのだ。
これは、大人ならば脚を失う程度のものだったが、まだ10歳にも満たない少年には、あまりにも強い《呪毒》だった。この力がなければ、恐らくコルビが助かることはなかっただろう。毒が抜けた後は、薬と安静で体力を回復し、程なくコルビは後遺症もなく、完治した。
村長の長男だったコルビの父親は、私に村への滞在を望んでくれたため、私は村の空いた小屋に住むことにした。しばらくそこへ通院することになったコルビは、いつの間にか私の治療を手伝い始め、もう通院が必要なくなった今でも毎日やってきては私や患者の世話を焼いている。
私の治療は基本的にどこでも入手可能な薬草を使うようにしている。実際、多くの病気は、それで治療可能なのだ。《白魔法》を使用するのは、他に治療法がなかったり危険な状態にある患者だけに限るようにし、自分が《白魔法》使いだということには極力触れないようにもしていた。
私の力が足りぬのか、神がお許しにならぬのか、残念な事に《白魔法》の継承や普及は上手くいっていない。そんな状況で、使える者が極めて少ないままの《白魔法》に頼るだけの治療をしていては、私がこの地を離れれば、もう誰も彼らを助けられない。
やがて去る私が、彼らに対し悪戯に万能の治癒法《白魔法》を見せることは、今の状況では薬にすらならない。
それを防ぐため、初めての土地では出来る限り治療をしながらその土地に多い病気を調べ、それに効く薬草や治療法を必ず伝えるようにしてきた。彼らが自分たちで行える治療法を教え、私が去った後に医師や医師の仕事が出来そうな人物を見つけるようにしている。ここでは、コルビの両親が薬のレシピを覚えてくれるそうだ。幼いコルビもやる気で、最近は薬草の採取も手伝うようになり、嬉々として薬草を覚えようとしている。
その日も、お金がなくとも採れた野菜のような報酬で快く治療してもらえると知って、多くの患者がやってきた。
かぶれに火傷、背中の痛みに骨折、つわりの酷い妊婦に蜂刺され、小さな集落でも皆我慢しているだけで、色々な病を抱えている。我慢に我慢を重ねすぎて、大分拗らせている人も多いので、《白魔法》を併用せざる得ないことも多い。
一通り村の人々を癒し健康状態を回復させた後は、私が去った後も健康に暮らすために必要な指導もしていかなければならないだろう。
村へ来てひと月ほどが過ぎたある日、私の小屋に来客があった。
「お久しぶりでございます。お探し申し上げておりました」
(ああ、また見つかってしまったか……もう少しここに居たかったのだが……)
旅の冒険者のような形をしているが、この男が私が離れたあの国からの追っ手であることは、すぐに分かった。さて、どうやって逃げようかと考えている私に、男は慌ててこう言った。
「どうぞ、暫しお時間を頂きたい。今回お探しした理由、申し上げたきことは、いつもの話とは違うのでございます。1日だけ、どうか秘密裏にご帰還をお願いしたい、それだけなのでございます。我らが英雄王の最後の願い、どうかお聞き届けください」
男の必死の訴えに、私は状況を悟った。
(そうか、英雄王も遂に身罷られるか……)
かつて共に戦い国を救った英雄王が最後に望んだのは、懐かしい友との再会だった。
「王は、今後は一切探索の手を伸ばすようなことはしないと、誓われました。どうぞ、最後に一目お会いになっては頂けませんか」
抑制はしているものの、彼からは絶望に似た悲しみが伝わってきた。
(ああ、これはもう終わりなのだな……)
私は、かつて人々のために命を懸けて共に戦った旧友の名代である冒険者に微笑んで頷くと、コルビを呼んだ。
「コルビ……どうやら、私はすぐに行かなければならなくなったようだ」
不安そうな少年に、私は安心するように言い、整理しておいた薬草を渡した。
「近いうちに、また様子を見に来る。ご両親と協力して、集落の人たちを助けてあげておくれ」
「ボクみたいな子を、助けに行くんだね……じゃ、シカタないね……」
泣きたいのを我慢しながら、私の手早い旅支度を見ていたコルビは、村人に引き止められることを恐れる私のため、目につかない場所を見つけながら集落の外まで私を導いてくれた。
「気をつけて、いってらっしゃい!ルカセンセ!」
もう涙を隠そうともしないコルビに見送られ、私は旧友との再会のため、かつての祖国へと急ぎ足で旅立った。
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