上 下
197 / 832
3 魔法学校の聖人候補

386 ある田舎医師の備忘録

しおりを挟む
386

ロキ教授からお借りしている大変古い言葉で書かれた備忘録とも回顧録とも取れる内容の古い書物。

失われた《白魔法》のヒントがあるかもしれないが、田舎の医師の何でもない日記のようなものである可能性もある上、解読も極めて困難。すでに大量の解読が急がれる文献を抱えているロキ教授が、後回しにせざるを得ないのもよく分かる代物だ。

だが、私は最初に目にした一文で、この資料を読んでみたいと思ってしまった。

〝……自分の正確な年齢も、もはや判然としないが、まだ二百歳には届いていないだろうとは思う〟

これだけで、この備忘録の筆者が特殊な人物なのは十分に察せられた。
現在よりずっと寿命も短かっただろう古代にこれだけ長く生きたということは、シラン村の村長タルクさんの一族のように妖精族とつながりを持つ人物……他に考えられるとすれば、もしかしたら神の眷属かもしれないし、《白魔法》によって図抜けた長寿を得た人物の可能性もある。

きっとロキ教授もこの一文が解読できていたら、それだけでこの備忘録に強い関心を持っただろう。だが、これは現代の言葉とは全く文法が異なる上、単語も何世代も前にすでに失われたものばかりだ。

その上、どうも書いた本人は中身を簡単に人に読まれたくなかった気配があり、おそらく当時でもあまり普及していなかった言語を選んでいる節が見受けられた。

(これって、この世界のきてから私が読まれたくないものを日本語で記しているのと同じようなことよね。目に触れてもすぐわからないようのするための対策なんだろうな。ここまで念を入れて読みにくい書き方をされているのだから、ロキ教授が匙を投げて後回しにしているのも納得だよね。どんな言葉でも読めるはずの私でも、読み下すのをかなり面倒に感じるもの……)

この人物は、自分の長寿を〝加護〟と書き記していた。
何かの比喩かとも考えたが、どうやらこれは文字通り〝神の加護〟のようだった。

そして、読み進めていくうちに見つけたいくつかの符号から、私はこの備忘録を書いた人物こそ《白魔法》を神から授かり、国を救った伝説の医師、最初の《白魔法》使いだと確信するに至った。

そのことに気づいた時には、さすがに絶句した。

(え? えーーーーー!! マジ? マジですかーー!)

すごく出会いたかった人に、突然遭遇したのだ。一時的にパニックになってしまった私を、誰が責められるだろう。
初めて解読に挑戦した古文書、それでいきなり《白魔法》の祖の文献に当たってしまうとは、自分の引きも強さが恐ろしい。

(うわぁ、とんでもないもの見つけちゃったみたいだ。これは、内容をロキ先生にも簡単に明かせない気がしてきた……どうしよう、わぁ、どうしよう)

私は、あまりにも貴重な資料だと知ってしまった戸惑いに、このまま読み進むべきか、本を閉じてロキ教授にごめんなさいと返却してしまう方がいいのか、かなり傷んだその本を前に小一時間ほど逡巡した。返してしまえばこの備忘録は何事もなかったように、あの本棚に戻され、私は安泰だ。

だが、最初の一文からこの備忘録は私の好奇心をやたらと刺激してくれ、このまま返してしまったら絶対後悔する、という気持ちも強い。そして悩みに悩んだ末、結局、私は好奇心に負けた。覚悟を決め、慎重に解読を進めていくことにする。

(最悪、解読し終わっても、読めなかったってコトにしちゃおう。もう、そうしちゃおう! とにかく読んでみよう!)

方針を決めた私は、ノートを広げ、ペンを片手に、ゆっくり深呼吸してから本に集中していった。

ーーーーーーーーーー

彼は非常に特殊な生い立ちをしていた。

彼の母は許されぬ恋の末、強い権力を持って彼女を追い詰め命を奪おうとまでし始めた恋敵から逃げ延びようと深い森に入った。そしてそこで出会ったその森の精霊たちの力を借りて恋人の子を産み落としたのだという。母となった女性は〝精霊視〟という特殊なスキルを持っており、一年ほどはそこで静かに暮らしていたが、徐々に衰弱し、亡くなってしまった。そこからは、森の精霊とエントが幼児の仮親となり、その子を育てることとなった。

〝私に母の記憶はないが、精霊ファルフェとエントのグラムスは、私の母をとても素晴らしい人だったといつも言っていた。母は美しい魂と深い愛で私を育てようとしていた。我々はその心を引き継いだに過ぎないと〟

彼は精霊たちから森の薬草の知識や初歩の魔法の知識を得て、森の動物たちを癒すようになり、やがて成人すると薬師として人を助けたいと思うようになった。
仮親である精霊ファルフェとエントのグラムスも、彼が人の世界へ戻ることを喜び、快く送り出してくれた。そしてほどなく、彼は人の住む街にほど近い森に小さな小屋を造り、そこで薬屋を開く。

森を知り尽くし大変よく効く薬を処方できた彼は、そこで貴賎なく多くの人々を癒し続け、五十歳を越えた。
多くの人々に感謝され尊敬されたが、貧しい村でのこと、暮らし向きは決してよくはなかった。
それでも、彼は決して治療に手を抜かず、患者に向き合う生活を続けたという。

〝私の命も知識も精霊たちと母が与えてくれたもの。私はそれを与えられるに相応しい仕事ができているだろうか。救うことのできなかった多くの命を前に、五十歳を越えた私は自分の無力さと戦う日々を過ごしていた〟

文章からは、真面目すぎる当時の彼の苦悩が滲み出ていた。

ある日、非常に貧しい風体の旅の男が胸が苦しいといって彼の小屋を訪れた。
その頃には彼自身、すでに老境にあり死が間近に迫っていたが、それでも旅の男を快く受け入れ、懸命に助けようと治療を施した。そして癒しを得たその旅の男は、彼に治療の対価を払いたいと申し出る。

その旅人こそ、彼の献身に関心した神の使いだった。

このとき、彼はこの世界の誰も使えなかった新しい魔法術式《白魔法》、そして若返った躰と健康な長い命を授けられた。

〝近いうちに、この地は混沌に包まれるだろう。その清き心で人々を救っておくれ〟

それが彼に送られた〝神託〟だった。

神によって若い姿を取り戻してしまった彼は、それからは一か所に留まることなく、国中の貧しい地域を転々としながら人々の治療に当たった。もう、彼には薬も必要なく、どんな病気も《白魔法》の力で治療することができるようになっていた。
だが、そのことは極力伏せ、できるかぎり普通の医師として仕事をしようとした。

それでもひとつところに長く留まると、必ず〝奇跡の医師〟の噂が広まり、彼の能力を利用しようとする輩が現れた。わかりやすく彼を金儲けの道具にしようとする者、自分のお抱え医師として屋敷に閉じ込めようとする分限者。ときとしてそれは彼を助けたいという善意であったりもしたのだが、貴賎なく人々を受け入れ治療しようとする彼にとっては、それもまた窮屈でしかなかった。

結果、彼は漂泊の医師として生きることになる。

そして十数年間、その生活を続けてた末に〝救国の英雄〟と出会い、彼を守りこの世界を救うことになるのだった。


しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜

鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。 だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。 これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。 ※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。