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2 海の国の聖人候補

352 ジャングルでの祈り

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352

馬車で首都アーロを2時間も離れると、もうそこは別の国へ来たかのようなジャングル。鬱蒼と茂る木々の続く土地だった。

(思った通り、湿度も急激に高くなっている感じがするなぁ、暑いよぉ)

この道は首都アーロから伸びた馬車道として使わている主要街道なので、それなりに整備はされているものの、街から離れるにつれ集落は徐々に少なくなっていき、今は街道の物売りの姿もほとんど見られない。

(大丈夫かな……)

それでも、標識らしきものにはちゃんと土地の名の表示があり、ここは〝ザネの大森林〟と呼ばれるところらしい。
私の脳内地図と《地形把握》をGPS代わりに使って周囲の状況は常に見張っているので、目指す場所に近づいているのは確かだった。
いくつかの分岐を経て主要街道から外れ、徐々に整備が悪くなっていく道に苦戦しながら更に2時間ほど進むと、いよいよ道がひどい状態になってきた。不用意に話すと舌を噛んでしまいそうな揺れだ。

「メイロードさま、そろそろ目的地も近いようですが、どう致しましょう?」

馬車の手綱を握るソーヤの言葉に、私は《索敵》と《地形把握》で周囲の状況を精査してみる。

「前方東側、徒歩30分ほどで目的地ね。馬車で通るには細い道になるから、ここからは、歩いた方がいいかもしれない。

それに……なんだか、目的地の手前に、ずいぶん人が集まっている場所があるわ。集落……ではなさそう。集落は別の位置にあるようだし、何かしら?」

私の言葉に、周囲を見渡したソーヤが、何かを感じたようだ。

「そういえば、遠くで歌と太鼓の音がしますね。祭りでしょうか?」

この近くの集落の人たちなら、挨拶するのに丁度良い機会かもしれない。私とソーヤは馬車を降り馬を繋ぐと、《地形探索ナビゲーション》と太鼓の音を頼りに、人のいる方へと進んでいった。

木々に囲まれた道を進むと、やがてとてつもない巨木が姿を現し、更に近づくとその周りで人々が何か祈りのようなものを捧げていた。その様子は、思っていた祭りと違い、悲壮感さえ漂うもので、歌い手の声はもう枯れそうだし、踊り手の年若い女性も汗だくで、フラフラに見える。

その踊り手のすぐ横には、女性の姿を心配そうに覗き込む淡い緑のふわふわの髪をした小さな子供がいた。

「あれは……妖精さん?」

ソーヤの方を振り向いて聞くと、頷いてから教えてくれた。

「おそらく、あの少女と契約を結んだ妖精でしょう。あまり力のある者ではなさそうですね。この森の樹木か花に宿るものではないかと……」

話していると悲鳴が聞こえた。

「エーデ、エーデ!」

遂に倒れてしまった踊り手に駆け寄る人々、妖精さんも側でずっと彼女を呼んでいる。

(見たところ疲労と脱水のようだけど、このままにしてはおけない)

私は携帯していたマジックバッグの中からポーションを取り出して手に持ち、彼女の倒れている場所に向かって走った。

突然現れた異国の衣装に身を包んだ子供に、周囲が唖然とする中、私は脇目も振らず彼女に駆け寄り、ソーヤに少し彼女を支えてもらうと、その口元へポーションを注ぎ込んだ。

普通のポーションでも、この程度の症状なら回復に効果テキメンだ。真っ青だった顔にすぐ赤みがさし、女性はすぐに意識を取り戻した。

「これ……は……」

とはいえ、まだ躰に力が入っている感じがなく、倒れたことと、薬を飲ませたことを伝え、も少し安静にしているようにと、私は告げた。

駆け寄ってきた人々の中に、この女性の親族がいたらしく、女性の状態を確認したあと慌てて私に駆け寄り礼を言ってきた。

「ありがとうございます。私はこの近くの集落の長を務めておりますバイオン、これは、私の孫娘エーデと申します。この娘は森の神に祈りが届くまで踊り続けると聞かず、もう一昼夜踊り続けていたのです。本当に、死んでしまうのではないかと、何度も止めたのですが、エーデは聞く耳を持たず……無理やりやめさせることも考えていた矢先のことでございました……」

エーデは柔らかい草の上に寝かされ、緑色の妖精は寄り添いながら、とてもか細い声でずっとその名を呼び続けている。

その様子を見たソーヤが、私に念話を送ってきた。

〔あの妖精、どうやら長くないようですよ〕
〔え、あのエーデという人じゃなくて、妖精さんが? 妖精さんってものすごく長命なんじゃないの?〕
〔ええ、ですが土地やモノに縛られた妖精は、それがなくなると形を保てなくなります。人の死とは異なりますが、事実上の死と言ってもいいかもしれません〕

よく見れば、確かにエーデを呼び続けるその声は消え入りそうにか細く、その姿も透けるようだ。

「彼女が回復するまでの間、宜しければ事情をお伺いできないでしょうか」

孫娘を助けてもらったということもあるのだろう。

バイオンさんは頷くと、今日に至るまでの事情を、私に語ってくれたのだった。
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