上 下
156 / 832
2 海の国の聖人候補

345 青の祈祷

しおりを挟む
345

次の朝、私が身支度を整えキッチンへ向かうと、リビングでコーヒーを飲むグッケンス博士がいた。

私の寝起きでぼんやりしていた頭は、その姿を見た途端スッキリ覚め、ダッシュで博士の元へ駆け寄った。

「は、博士。解析終わったんですね!」

博士は私の慌てぶりに苦笑しながら頷いた。

「メイロードの魔法力ありきの力技だが、セイカと2人なら確実にあのダンジョンを葬れるだろう。時間があればもっと効率のいいやり方ができるだろうが、今は時間がないからの……」

その言葉さえ聞ければ、あとは行動あるのみ。
まずは腹が減ってはなんとやら、しっかり朝ごはんを食べてから〝爆砂ダンジョン〟完全封印を完遂しよう。

起きてきたみんなとアキツらしい海産物中心の和定食風朝食を頂く。
具沢山の味噌汁をたっぷり、一夜干しにした脂の乗った魚の開きを炭火焼き。
焼き海苔に貝の佃煮、野菜と揚げの煮浸しにだし巻き卵、そしてパリパリのお漬物。

「メイロードさま!これは朝からご飯が進みますね!お代わりお願いします!」

いつもと変わりなく、朝からニッコニコで爆食するソーヤになんだか和む。

セイカも博士の話を聞いて納得したらしく、すっかり落ち着いて、朝食を楽しんでくれているようだ。

「こうして皆さんと食事ができるのも昨日が最後と思っていましたが、私はまだ〝青の巫女〟を続けられるのですね……」

魔法力を使い切るまで封印に力を注ぐつもりだったセイカには、この数日の美味しい食事と楽しい語らいが、とても身に沁みていた様子だ。

人から崇められる存在の〝青の巫女〟は、その能力があると判断された途端、幼くとも直ぐに修行のため親元から離され、導師のいる神殿へ幽閉されるも同然に閉じ込められてしまうのだそうだ。

「それを当然と思って育ちましたが、今回、秘密裏の封印を行うため、初めて一人きりで外に出て、皆さんにお会いし思いもかけず楽しい時を過ごさせて頂きました。最後の日々になると思っていたこの数日は、本当に楽しかった……」

セイカはとろけるような笑顔で、朝食を見つめ、私に微笑んだ。

「ありがとう、メイロード。優しいあなただから、言っておくね。
たとえ、作戦がうまくいかず、そのままダンジョンと共に私が沈むことになっても、決して無理をして助けたりはしないでね。それは私のすべき事だから、お願いね……」

だが、私の答えは明快だ。

「セイカ、大丈夫。
あのダンジョンの封印はあなたの〝死〟がなくとも、必ずできます。
さあ、行きましょう。そして、笑って帰ってきましょう!
今夜は、ご馳走ですよ。美味しいお酒も待ってますからね!」

しっかりセイカの手を取り、私はにっこり笑って見せた。

(絶対に、セイカの命は持って行かせない!)

そして、私たちは再びあの青い7階層へと向かった。

「《青の祈祷》が難しいのは、二つの強力な魔法を長時間使い続ける必要があるからだ。《青の術》を用いて清浄な水を作り出し、それに強い聖性を付与しながら、全ての階層がそれで満たされるまで術をかけ続けることは、ひとりではかなり厳しかろう。だがな……」

グッケンス博士の解析によれば、この〝爆砂〟ダンジョンの封印のためには《青の術》で作り出される沿海州の水質を持った清浄な水でないと効果がない可能性が高いという。だが、聖なる清めに関しては、聖魔法での《浄化》の高位魔法《聖なる浄化》が同じ働きをすることができると突き止めてくれた。

そこで、セイカと私が役割を分担し、セイカの作り出す《青の術》に私が《聖なる浄化》を付与するという2段階の方法を取ることにした。

私とセイカは下の層へ繋がる入り口に立ち、まずセイカが入り口の上に大きな水球を作る。作り出された水球の水は美しく澄んだ青さで、徐々に大きさを増していく。
そこへ私が《聖なる浄化》を付与すると、水球の水は更に青みを増していく、その状態になったところで水球の下部に水流を作り、2人の合作で出来上がった《封印の祈祷》が施された聖なる水は徐々に階下の層へ流されていった。

(確かに、これはなかなか大変だなぁ。ある程度はグッケンス博士の《地形把握》で、階下の大きさなどは予想がついたけれど、何層それが続いているのかまでは、把握できていないし……
いつまで続ければいいのか分からないっていうのは、魔法力の問題だけじゃなく、精神的にキツい)

私とセイカは励まし合いながら、粛々と作業を続けていく。

この《封印の祈祷》の効果は、一気に全てを沈めない限り有効性がない。なぜなら、魔物に時間を与えてしまうと、その層にいる魔物が封印を無力化するために特殊な毒を吐きながら発熱し、水を蒸発させながら無効化してしまうというのだ。

「ですから、迅速に、そして一気に全てを仕留めなければ《封印の祈祷》は効力を発揮できないのです」

〝巫女〟は、たとえ命の危険があろうとも、一度始めたこの祈祷を途中で止めることは許されないのだ。

やがて地の底から断末魔のような声が聞こえ始めた。爆砂を内に持つ危険な魔物達にも、最後の時が訪れているようだ。どうやら、声が届く階層まで聖なる水で満たされてきているらしい。

「うむ。もう少しだ。気を抜かんようにな」

状況を確認してくれているグッケンス博士の励ましに、私たちは頷いて更に力を込める。
だが、セイカの顔色はあまり良くない。

私はせめて体力だけでも回復させようと、セイカに手持ちの〝ハイパー・ポーション〟を飲ませてみた。さすが高級ポーション、体力だけでなく多少は魔力の回復もできたらしく、なんとか持ちこたえている。

ジリジリするような時間が過ぎ、その時は遂にやってきた。
階段ギリギリまで水位が上がり、断末魔の声も全く聞こえなくなったのだ。

次の瞬間、セイカはその場に崩れ落ちるように倒れた。だが、ちゃんと息はあり、セイリュウが様子を見てくれている。

「よし、メイロード。《硬化》だ!」

博士の言う通り、私は水の表面を固める《硬化》の魔法をかける。これは凍らせるのではなく、文字通り固めるもので、全てではないがおそらく2階層分ぐらいは、ガッチリ固められたと思う。固まって動かない水の表面は、なんだか青いプラスチックの塊のようだ。

「セーヤ・ソーヤ、石を運んでくれる?」

「了解です!」
「了解です!」

予定通り、洞窟内から巨大な石を切り出していた2人は、相変わらずの怪力でその巨石をゴロゴロと転がしてきて、ドカンと階段の入り口を塞いだ。

これでもう〝爆砂〟ダンジョンが蘇ることはない。

まだ起き上がれないセイカをセイリュウが抱きかかえ、私たちは《青の封印》のある第7層を離れると、上層の第6層へと移動した。さすがに昨日の今日では〝ネオ・パクー〟は沸いておらず、この層も静かなものだった。

「ここに《青の封印》があった痕跡も残さんほうが良かろう」

ということで、博士と私が水魔法で、第7層を水に沈めた後、博士の魔物コレクションの中から沿海州の凶悪水生生物をサクッと放流。〝ゴズメ〟という人も丸呑みするクジラのような大きさの物凄い歯を持つ怪魚だ。
伝説の怪魚らしく、沿海州では〝見るだけで呪われる〟とまで恐れられているそうなので、これより先に進もうとするものはまずいないだろう……となぜか博士は自慢げだ。

こちらはただ水を入れるだけなので、特に難しいこともなく、私が水魔法で予定通り満たした。
非常に攻撃的なこの〝ゴズメ〟は厳密には、魚の形をした魔物なので、捕食しなくても生きられ、特に餌がなくとも周囲に水があればそこから力が得られるそうだ。

(それにしても博士、なんでこんな危ない怪魚まで飼っているんですか!!
博士のコレクション、危な過ぎです!)

しおりを挟む
感想 2,983

あなたにおすすめの小説

策が咲く〜死刑囚の王女と騎士の生存戦略〜

鋸鎚のこ
ファンタジー
亡国の王女シロンは、死刑囚鉱山へと送り込まれるが、そこで出会ったのは隣国の英雄騎士デュフェルだった。二人は運命的な出会いを果たし、力を合わせて大胆な脱獄劇を成功させる。 だが、自由を手に入れたその先に待っていたのは、策略渦巻く戦場と王宮の陰謀。「生き抜くためなら手段を選ばない」智略の天才・シロンと、「一騎当千の強さで戦局を変える」勇猛な武将・デュフェル。異なる資質を持つ二人が協力し、国家の未来を左右する大逆転を仕掛ける。 これは、互いに背中を預けながら、戦乱の世を生き抜く王女と騎士の生存戦略譚である。 ※この作品はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※本編完結・番外編を不定期投稿のため、完結とさせていただきます。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。