利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

330 捨てられた味噌蔵

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330

今日は対策会議のため、マホロの商人ギルドへやってきている。

議題は西ノ森味噌……ではなく東の里の味噌蔵をめぐる諸問題だ。

席に着いているのはタスカ幹事、エビヤ商会の代表、バンス穀物商店の番頭さん、そしてベザサールが座っている。

いや、彼の本当の名前はヘクトルだそうなので、これからはそう呼ぼう。

まずは、なぜタガローサの送ってきたスパイ兼今回の悪巧み現地総指揮のはずのヘクトルがここに座っているのか、ということから話しておこうと思う。

あの夜の攻防の始まった頃、ヘクトルは早々に捕まって気絶したまま転がされていた。そのまま転がしておいて魔物や野犬の餌食にするのも夢見が悪いということで(まぁ、話も聞きたかったし……)、セーヤたちに帰るついでに味噌蔵の方へ運んでもらうことにした。

その途中で、ふと目覚めたヘクトルが見たのが、最後の攻撃で私が打ち返した太陽が落ちてきたかのような巨大な炎の鳥の姿だった。悪事を企んだ魔法使いを焼き殺し(ベザサールはこの時、ベーダ・ライは絶対死んだと思ったそうだ)忿怒の火炎を叩きつけるその姿に、なにやら〝神の怒り〟を見ちゃったらしい。

(まぁ、あそこまでの規模の魔法、帝国にいたって一生に一度も見る機会はないだろうとは思う。一応、事前に説明しておいたエジン先生にも、あの後かなり引かれちゃったしなぁ。至近距離で見たら人生観が変わる……のかもしれないけれども……)

「私……恐れ多いことでございますが〝天啓〟を得たのでございます。神は私に〝悔い改めなければ死と共に永遠の地獄が直ぐに訪れる〟と確かにお告げになりました。私が間違っておりました。私はこれまでの罪をどう償えばよろしいのでしょう」

セーヤとソーヤを天使的な何かだと思ったのか、縛られたまま涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ヘクトルはそう言い募り、二人に懺悔し続けたそうだ。

「正直、メンドクサ!と思いましたけど、色々これまでの悪事を吐かせるにはそう思っている方が都合いいかなって思ったんで、適当に話を合わせました」

「私にとりましてはメイロードさまは神にも等しいお方でございますから、あながち間違ってもおりませんし……」

ソーヤ……それにセーヤまで、ベザサールもといヘクトルのなんだかわからない〝天啓〟を補強して完璧に〝悔い改めさせて〟しまったそうだ。

(ウチの妖精さんたち、時々怖い……)

そんなすっかり人が変わったヘクトルからの聞き取りによれば、彼は大陸の人間だが、親の仕事の都合で子供時代をマホロで過ごしていたそうだ。そのため言葉にも土地勘にも不自由がないため、今回の仕事を任されたという。
タガローサの元で、10年ほど働いていたそうだが、主に行なっていたのは裏工作を含めた乗っ取りや施設管理だそうだ。

だが、今回のことで目覚めてしまった彼は、もう帝国に戻る気もないそうで、タガローサとも手を切るという。

「今回の失敗で、もう既に見限られているはずですし、戻っても厳しい減俸と罰のような仕事が待っているだけでしょう。今までの私なら、それでもタガローサ様のその地位と権力にひれ伏しておりましたでしょうが、もう未練も恐れもございません」

ヘクトルはこの騒動の直後、天地アマツチ教に帰依したそうで、僧侶として修行しながら、今回の味噌蔵騒動で振り回された人たちを助けていきたいという。僧服に身を包んだその姿は、今や全くの別人だった。私の方を見て深々と頭を下げられ、なんとも居心地が悪い。

ヘクトルは私があの魔法を使ったことは知らないが、セーヤとソーヤに刷り込まれて私を〝神の使い〟だと思ってしまっている。今回のことも私が成したことだと思っているそうだ。

(だから、ソーヤ!セーヤ!やりすぎだってば!!)

「それにしても、今回はいい仕事をされましたね、メイロードさま」

タスカ幹事が私に話しかけてきた。その声には、驚きの気持ちが滲んでいる。

さらに彼は熱弁をふるって私の功績を語った。

味噌はもともとこの国に古くからあった食材であったが、誰もそれがここまで大きな商売が成り立つような品物になるとは考えていなかった。

だが〝種麹〟という味噌醸造における技術的なブレイクスルーを成したこと、圧倒的に人口が多い大国での消費を確約する〝味噌ラーメン〟という新しいレシピの普及の足がかりを作ったこと、これによって需要と供給の両方の事業を活性化させ、一躍高値で取引できる上に大量に作ることができる商品を生み出すに至ったこと。
別にそこまで考えて行ったわけではないのだが、結果的には非常に無駄のない事業計画となった。

(おじさまの味噌ラーメン好きにも感謝だね。あれで売れるという確信が得られたし)

これから、この国でもきっと味噌関連の仕事に着く人たちが増えるに違いない、商人ギルドもさらに活気付くこと間違いなし、とタスカ幹事は感極まったように感謝を述べた。

「メイロードさま、マホロは今、立ち直ろうとしております。
全てはメイロードさまのおかげでございます。本当にありがとうございます!」

周りがウンウン頷いてますが、話し合う方向が違います。

「それは、まぁ、結果なので、それぐらいにして、話を進めましょう」

まだ、語りたそうなタスカ幹事を止めて、話し合ったのはマホロの東の里に建設してしまった蔵についてだ。

「ヘクトルさんはエビヤ商会に蔵を押し付けろ、と本国から言われているんですよね」

「ええ、ゴミしかできない蔵に用はない、ともう興味もないようでした。むしろこれ以上は手間賃も維持費も1カルも払いたくない、と……」

(やっぱり、無理に連れてられた職人さんたちのことも、全く考えてないね。儲からないとなったら、簡単に切り捨てるやり方、本当に救いようがない人ね……)

みんながタガローサのやり方に腹を立て、眉間にしわを作って黙ってしまったので、私は、にっこり笑ってこう言った。

「じゃ、エビヤ商会さん、押し付けられて下さい」

「へっ!」

ビックリしてエビヤ商会の代表の方が飛び上がる。

「これは……今回の私共の不始末の懲罰的なことでございましょうか……」

泣きそうなエビヤさんに、私は苦笑しながらこれからの計画を語った。
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