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2 海の国の聖人候補

318 申請書

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318

「屋台ですか?

マホロの表門付近に屋台があった前例はありますが、あまり商売ははかばかしくはなかったようで、現在は全く露店や屋台は出ていないのですよ。それを街道沿いで、ですか?」

それは既にリサーチ済みだ。

全体に景気が低迷気味だったため、人の往来も少なく首都へ続く街道だと言うのに、活気がない街道沿い。
だが、景気も徐々に良くなってきているし、それに連れて往来する人々も増え始めてきている。

長い不況時になくなった施設が多いため、食堂や宿も不足気味で、困っている人も多い。

「マホロまで半日かからない距離のマホロの西ノ森にある集落に、宿泊や休憩場所に困っている人たちを誘導しようと思っているんです。でも、今は全く認知されていないので、宣伝を兼ねて名物を売る屋台を、西ノ森へ続く脇道のある場所へ出したいと思っています」

そこで私はマジックバック風に見せかけた《無限回廊の扉》から、屋台で出そうと思っている商品のいくつかを取り出した。

「土地の方の率直な感想も頂きたいと思ったので、いくつか試作してきました。

どうぞお試しください」

ひとつ目は定番の焼き鳥。だが、これには辛味のある味噌をつけて食べる。
コチュジャンに近いものなのだが、この世界ではまだ手に入れていない素材もあるため、アレンジは加えてある。
蜂蜜と甘みの強い柑橘類は手に入ったので、これを使って旨味を出し、深みを増すためいくつかの香辛料と合わせた。

唐辛子は栽培されていなかったが、山椒は市場にあったので、それをベースに味を組み立ててある。味噌がいい出来なので、それを邪魔しない味にしてみた。甘辛で濃厚、そして肉にも野菜にもとっても合う。

「屋台料理は、基本はこの甘辛味噌を塗った串の焼き物のような軽食にするつもりです。

しっかり食べたい方は、これから建設予定の味噌料理専門店や宿の食堂へ誘導したいので……〝西ノ森味噌〟の美味しさを知ってもらうための宣伝活動の一環と捉えて頂いてもいいです」

もうひとつ取り出したのは、具沢山のいわゆる〝あら汁〟だ。

「こちらは、マホロの魚市場の方にお願いして捨てられるところを回収した魚の身のついた骨や頭で出汁を取り、たっぷりの野菜も入れた味噌汁です。

安いお値段で提供できる上、滋養もたっぷりなんですよ」

魚は移動可能な大きさの小さな魔石冷蔵庫で運ぶので、鮮度も問題なし。
試作した段階で、あまりに美味しかったので、いち早く商品化を決めた。

そして麦ご飯を使った焼きおにぎり。
これから米の収穫が増えれば、いづれは米で出したいと思っている。

「葉っぱで包んでお渡しするので、手も汚れませんし、軽食にどうでしょう?」

焼いた味噌のいい香りが部屋に広がると、秘書さんの生唾を飲む音が聞こえた。

「あ、秘書さんもぜひ食べて感想をお願いします。もし可能ならお手隙の方にもぜひ食べて頂きたいです」

《生産の陣》でたっぷり用意してきているので、何人来ようと大丈夫。

私の言葉に、ハッとした秘書さんは頭を下げた後、ちょうどお昼時だったこともあり、10人ぐらいを連れてすぐに戻ってきた。

一番好評だったのは〝あら汁〟

食べ慣れている魚の味だから当然といえば当然だが、これと麦ご飯の味噌焼きおにぎりの組み合わせが絶妙だと褒められた。

「これ、マホロではお売りにならないのですか?絶対買いに行きますのに残念です。でも、西ノ森あたりに行く楽しみができました。きっと噂が広がれば、マホロからも食べに行きますよ!」

味噌味の焼き鳥、焼き野菜も同じく好評。

「これ、酒が欲しくなりますね。いやぁ、うまいな。マホロでどこか出さないかな、本当に」

(オトナな皆さんは、そうおっしゃると思いました)

でも、申し訳ないけれどレシピはしばらく秘密にする予定だ。そんなに広範囲に広めてしまっては、独自性が失われて、西ノ森味噌の宣伝にならない。

「なるべく早くお店で食べられるようにしますので、ぜひ美味しい味噌料理を食べに、お誘い合わせの上、西ノ森の食堂までおいで下さいね」

私はそう言って、ちょっと口コミを期待しつつ、料理を振る舞った。

(でも、それほど難しいレシピではないので、そのうち自然に広まっていくとは思いますけどね)

屋台については、営業許可証は必要とのことだが、商人ギルドで場所と営業内容を提出するだけでいいそうだ。特に保健所的なものはないらしい。
帝国もそうだったが、基本的に、商売に対する税金というものはないのだそうで、人頭税が基本。
雇用された場合、雇い主は雇い人の人数に応じて税金が課せられる。
これも職人たちから税金を取るために始められたものだが、今では商売人全体に広まっている。

後は、儲けの大きい商人たちの方から中央へ〝任意の寄進〟という形で渡されるのだそう。

これは恐らく貴族以外に巨大な資本を持つ商人が現れることを想定していなかったためだと思う。
サイデムおじさまも心得たもので、個人ではなく〝イスの商人全体〟からの上納金として、莫大な額を国へ納めている。個人で莫大な金額を上納するのは、自尊心は満たされるかもしれないが、一文にもならない上、嫉妬を買い警戒心を抱かれるだけ、だそうだ。

冒険者の場合、ギルドの依頼で受けた仕事では1割を税金として徴収される。報酬を渡される段階で天引きされているので、これは確実な税収。冒険者の生み出す税収はかなりの額だと思われる。

だからこそ、西ノ森の御領主様も、新しくできたダンジョンに夢中で、こちらとしては助かっている訳だが……

「ああ、そういえば、東の里にも味噌蔵を建てたいっていう話が、来てますよ」

美味しそうに焼き鳥にかぶりついていた事務の方が、のんびりと驚愕の情報を口にした。

「え!え!! それ、いつの話ですか?!」

私の食いつきにびっくりしながらも、
〝一時的な資金窓口をギルドに設置するための特に守秘義務もない申請書なので私になら見せても構わない〟
というタスカ幹事の鶴の一声で、事務の方は申請書類を持ってきて見せてくれた。

(日頃から、ちゃんとお付き合いはしておくものですね。こういうとき融通が効くのはありがたい)

私は申請書の内容をメモし、にこやかに感謝を言ってお返しした後、即座に私の優秀なスパイ2名に念話を送った。

どうやら、敵の動きは思った以上に早かったようだ。それにしても、いきなり味噌蔵建設してくるとは……

(さて、どうしてあげましょうかね)
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