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2 海の国の聖人候補

312 密談ーー主にラーメンについて

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312

確かにおじさまのいう通り、右から左にモノを動かして〝ハイおしまい〟という仕事とは、今回のケースは違う。
元々私の味噌ラーメンが発端となり事業化するところまできた案件であり、今後の需要も私が関わるかどうか如何イカンで、消費量が大きく増減する可能性も高い。

(発酵ビジネスについては、ちゃんと関わっていった方がお互いのためみたいね。その点、おじさまは正しい……)

それに、今は独占できてもその後の動向についての監視を緩めれば、誰が動くか分からないのも事実だ。

〝自分さえ儲かれば良し。他はどうなろうと関係ない〟

というルール無用の、おじさまとは真反対の職業倫理を持つパレスのタガローサのような商人に脅しをかけられたり、無茶な値切りでもされたら、色々と立場の弱い沿海州の人たちは逆らえないかもしれない。
そういう脅威からも、このビジネスを守らなければいけないのだ、と私は改めて理解した。

私は気を引き締め、これまでの経緯を説明しながら長い話し合いを続けた。
そしてその結果、私はおじさまからこのビジネスに関する融資を受けるという選択を導き出した。

私のポケットマネーから出すような仕事では、大きな商売はできないし、むしろ資金の出所を探られた場合面倒が起こる可能性が高い。

「いいか、詳しい現地調査はサイデム商会の現地の人間にやらせるが、お前の計画を実行するために必要な豆や麦それに米の作付け状態について早急に調べて動け。足りないなら、農地をすぐに増やせ。

味噌蔵もすぐに建設を始めろ。

その費用は、お前の利益の前倒しということで、無利子で即刻融通しよう。
利益と相殺だ。
お前の取り分は純益の1割2分、初期投資との相殺が終わればそこからは、お前の利益になる。いいな!」

「えっ、多すぎ……」

おじさまにギロッと睨まれた。

「それで……結構でございます」

説教タイムの後なので、逆らうのはやめておこうと思う。
それに、おじさまのいうことは筋が通っていた。
私が利益を受けるということは、その仕事に対する責任があるということだ。始まろうとしている大きな味噌ビジネスを私なりに見守り、発展させていく方法を考えていこう。

それが、商売……なんですよね、サイデムおじさま。

尊敬を込めて見返した私に、おじさまはカラのどんぶりを突きつけてきた。

(おかわり……ですね)

「作りますけど、その間は用意した副菜もちゃんと食べてくださいね。野菜も躰には大事なんですから。ほら!肉ばっかり食べない!」

食に関しては、いつも私とおじさまの立場は逆転する。
おじさまもさっきまでとはうって変わって、しおしおと副菜に手をつけている。

「ったく!」

私は台所に戻り、次のラーメンを作り始める。

(いよいよ、完全新作の投入だ!)

数分後、再度テーブルに置かれた、今度は2つの丼を見て怪訝そうな顔のおじさま。

「なんだ、この真っ黒なラーメンと水みたいに透明なラーメンは?」

「醤油ラーメンと塩ラーメン、今回の旅の成果のひとつです」

醤油ラーメンは、もちろん醤油をメインにした、いわゆる昔懐かしい屋台風東京ラーメンをイメージした味だ。残念ながら醤油は、まだこちらでは完成していないので《異世界召喚の陣》を使い元の世界から取り寄せたものを使用している。
だが、それ以外はほぼ異世界で調達したもので作ることができた。

かたや塩ラーメンは、以前から限定ではあるが屋台で提供し、好評だったものをベースにしている。でも、今回はバンダッタの貝の出汁を前面に押し出した磯の香りの塩ラーメン。それに最高級バンダッタ昆布からの出汁もガッツリ。
一口食べれば、その透明さからは信じられない旨味とコクの洪水だ。トッピングには鶏ハムをメインに使ってみた。

「どちらも今までに食べたことのない味だ。麺も変えてきているな。
味噌よりずっとスッキリした味わいで、食べ応えという点では劣るが、万人ウケする味だし、後を引く……うん、うまいな!」

ことラーメンに関してだけは、おじさまも一端のことを言う。

「おっしゃる通りです。こちらは、まだ開発中の〝醤油〟を使ったものと、最高級の〝バンダッタ昆布〟を始めとした、原価率を考えない超高級素材をふんだんに取り入れた塩味の麺料理です。

この二つは、本格的な市場投入までにはかなり時間を要しますが、塩の方は高くてもいいなら現状でもある程度は出せます。どうですかね、これ、富裕層相手に売れないでしょうか?」

二つのラーメンをペロリとスープまで飲み干して食べ終わったおじさまは、なんとも言えない苦笑いを浮かべている。

「お前、マホロの商業ギルドの全権大使みたいだぞ。
なるほど〝バンダッタ昆布〟の話は聞いている。今のところ品質と〝物語〟が相まって高額で取引されているようだが、そうなればなったで、今度は沿海州だけでは取引先が限られる訳だな。そこで、金の出せる富裕層のいる帝国へ輸出しよう、と……

いい着眼点だ。それに、このスッキリした味わいは、貴族の日常食の脂っぽさと対極にある美味だ。悪くない。
食いつかせる算段次第だが、店はどこに出すつもりだ。どう持っていく?」

おじさまは私にまた店を出させたいようだが、今回は違う方向で作戦があるのだ。

「店なんか、出しませんよ。今回は、食材をがっちりこちらで押さえていますから、利益はそちらから得ます。どうせ、大量には流通させられないですから、高く買ってくれる貴族の厨房を狙い撃ちです」

「その手で行くか……それも悪くない一手だな」

私とおじさまは、お互いの顔を見てニヤっと笑った。

「こちらの倉庫は空けておく。ありったけ買い付けるからいくらでも持ってこいとバンダッタの小僧に伝えてくれ」
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