上 下
120 / 813
2 海の国の聖人候補

309 ドメスティックな味噌

しおりを挟む
309

「ええと……これが〝豆の妖精〟の卵ってこと?」

取り出された白い粉末状の〝種麹〟をマジマジと見たエジン先生は、不思議そうだ。

「そうです。とてもうまくいきましたね。この状態なら、保存も可能です。
そして、これさえあれば、帝国でも味噌は作れます」

それは、ある意味諸刃の剣でもあった。沿海州の特産品である〝味噌〟が、作れるものになることは、彼らにとって歓迎すべきことではないだろうから……

「エジン先生が、これをどうされるかについて、私は問いません。

先にも申し上げました通り、私は商品として売るために興味を持っているのではないのです。ですから、種麹が手に入ったからといって、私がいきなり味噌の大量生産を帝国で始める、といったご心配もいりません。

とはいえ、私の料理が一部の帝国人の間で噂になり始めているようですし、特に味噌については大陸での需要が高まる可能性を早めに考えておいて頂いた方がいいと思います。その節は、サイデム商会を通して、かなりの発注が来るはずですから」

保存の効く味噌そして醤油は、輸出品として需要が高まれば、沿海州諸国にとって非常に実入りのいい重要な商品に育つだろう。特に現在、海産物以外産業と言えるものがない状況のアキツにとっては外貨を稼げる貴重な取引材料にもなり得ると私は考えている。

そして、今〝種麹〟を作り出す方法を知っているのは、わたしたちだけ。
つまり、将来確実に得られる大きな利益をどう分配するか、そのさじ加減を握るのは私たち、沿海州ではエジン先生だけだ。

ラーメン大好きサイデムおじさまのゴリ押しで、イスの商人ギルド内に設置されたラーメン店の人気は相変わらず凄まじく、そこでしか食べられない限定品の味噌ラーメンの味は、食べた人たちのウワサで徐々にイス全域へ広まっている……という報告は既に私の耳にまで届いている。

参入希望者や類似品の店も続々現れているとキッペイから詳細に報告ももらった。

(どれも、まだまだ全く別物という感じらしいけどね……)

「帝国の特にイスで、安定した品質の味噌が大量に必要とされる時は近いと思います。
できれば、アキツの方であるエジン先生が指揮をとって、大量生産ができる体制を作ることをお勧めします」

私の話を聞いたエジン先生は困り顔だ。

そうだとは思っていたが、やはり彼も商売には大して興味はない人なのだ。

ともかく、今後の需要予測を話せてよかった。頭に留めておいてくれれば、エジンさんなら何か方策を考え始めるだろう。

(さて、味噌のことをもう少し研究した後は、いよいよ醤油作りだね)

「味噌についてですが、実際に試して頂ければはっきりするのですけど、豆の味噌に付いている妖精が、実は一番のんびり屋さんなんですよ。

麦に着く妖精さんたちが一番せっかちで、次が米です。

ですから、早急に必要なら麦、長期熟成なら豆、と使い分ければいいんです。更に、これは皆風味にも差があるので、組み合わせも多様にできて、料理の幅も広がりますよ」

要するに麹菌たちの好きなデンプン量の差なんだけどね。

デンプンが多い麦は発酵が早いし、少ない大豆は時間がかかる。

それぞれの特性さえ知っていれば、後は実験をしつつ最高の相性を見つけていけばいい。

「なんだか、君が〝豆の妖精〟に見えてきたよ。どうして、そんな事を知っているのか不思議でたまらないな。
実験で得たというには、画期的すぎる発見ばかりだよ」

「ま、まぁ、妖精さんとは確かにお付き合いがありますし、私もそれなりに実験はしてまいりましたから……」

再び、しどろもどろの言い訳をしつつ、とにかく重要な点を伝えることができた。

私たちは、麦、米、豆の味噌を、条件を変えながら仕込み、大量の味噌樽を作り上げた。
後は結果を……待ってられない!!

私は仕込んだいくつかの味噌樽を、大陸の魔法使いに頼んで〝時間を進めてもらう〟と言って蔵から持ち出し《無限回廊の扉》の時短機能をフル活用。3分間クッキングのような俊速で完成状態に持っていった。

(だって、待ってられないんだもん!)

仕込んだ味噌たちは、どれもとても美味しい味噌に出来上がっていた。
この調子なら、蔵で熟成を待っている子達も時間が経てば、美味しい味噌に全て生まれ変わってくれるはずだ。
もちろん歩留まりも驚異の改善が期待できる。

出来上がった、完全異世界産の合わせ味噌で作ったお味噌汁が美味しすぎて、私は本当に感動してしまった。
上質な天然物を吟味して作った出汁と味噌の組み合わせは、本当に旨味の洪水のようで、最初に飲んだ時には、ソーヤと2人頷き続けながら、その極上の風味をかみしめた。

実験の詳細を話しながら、自慢げにご馳走したグッケンス博士やセイリュウも、とても美味しいと手放しで褒めてくれた。

で、そうしたら、今度はどうしてもサイデムおじさまとキッペイにも食べさせてあげたくなってしまった。

(一度、こっそりイスに行ってみようかな……)

私は、醤油醸造の実験のためのメモを取りながら、久しぶりに帝国への帰還を考え始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

ラフィリアード家の恐るべき子供たち

秋吉美寿
ファンタジー
英雄と女神と呼ばれるラフィリアード家の子として生まれたジーンとリミアの双子たちと彼らと関わる人間たちとの物語。 「転生」「生まれ変わり」「誓い」「魔法」「精霊の宿りし”月の石”」 類い稀なる美貌と知性!そして膨大な魔力を身に秘めた双子たちの憧れ、『普通の学園生活』を過ごさんと自分達のことを知る人もいないような異国へ留学を決意する。 二人は身分もその姿さへ偽り学園生活を始めるのだった。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

僕は最強の魔法使いかって?いえ、実はこれしか出来ないんです!〜無自覚チートの異世界冒険物語〜

アノマロカリス
ファンタジー
僕の名前は、ホーリー・シャイニング。 一見…中二病とも思われそうなこの名前だが、勿論本名ではない。 僕の本名の聖(ひじり)輝(てる)を英語にしたのがこの名前だった。 この世界に転生する前は、僕は日本で暮らす両親不在の天涯孤独な一般の高校生だった。 友達には恵まれず、成績も標準で、女の子にモテそうな顔すらしていない。 更には金も無く、日々のその日暮らしをバイトで賄っている状態だった。 そんな僕がある時にクラスの女子に少し優しくして貰った事で、勘違い恋愛症候群に陥ってしまい… 無謀にもその子に告白をしたのだが、あっさり振られてしまった。 そして自暴自棄になり、バイト先のコンビニで有り金全てを使って大量の酒を購入してから、タワマンの屋上で酒を大量に飲んで酔っ払った状態で歩いていたら何かの拍子に躓いてしまい… 目が覚めるとそこは雲の上で真っ白な神殿があり、目の前には美しい女神様が立っていた。 それから先は…まぁ、異世界転生を促された。 異世界転生なんてあまり気乗りはしなかったので、当然断ろうとしたのだが? 転生先は公爵家の五男でイケメン、更には現世よりも圧倒的にモテると言われて受諾。 何もかもが上手い話だと思っていたら、当然の如く裏が有り…? 僕はとある特定の条件を約束し、転生する事になった。 …何だけどねぇ? まぁ、そんな感じで、物語は始まります。 今回のHOTランキングは、最高2位でした。 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。