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2 海の国の聖人候補
291 伝説の織姫
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291
まだこの地がハーラーという国でさえなかったほど昔。
土地は貧しく、漁場を巡り争いの絶えない漁業と痩せた農地での収穫しか産業のなかった時代。
政治は混沌とし安定しない土地で、戦の中、親を失い、年老いた祖母とふたり、食べるものにも事欠く暮らしをする娘があった。
娘には、もう身体の利かぬ祖母から教わった機織の技術はあったが、使える材料は限られ、一生懸命織り上げても、高く買い取ってもらえるような高品質な織物は作ることが叶わなかった。
それでも娘は鋭い葉に手を傷つけながら沼地の植物から繊維を取り、それを織ることでなんとか生計を立てていた。
ある日、娘が山で染色に使う植物を探していると、突然、目の前に一羽のみすぼらしい灰色の鳥が天から落ちてきた。
鳥は羽に矢を受けたらしく、バタバタと苦しげに羽ばたいていた。
目の前で徐々に弱っていくその鳥の姿を気の毒に思った娘は、身に付けていた粗末な服を切り裂き、血止めの効果のある野草を探して包むと、手近な木の枝を鉈で整え添え木にして大きな鳥の羽に巻きつけた。
そして、もういまはぐったりと首を垂れたままの鳥を、羽を射抜いた者に見つからぬよう草花を積むために持ってきた大きな背負い籠に入れ、そっと家へと運んだ。
幸い子供の頃に小鳥を育てたことがあった娘は、手早く鳥のための草の寝床を作り、自分の食べる分の木の実や穀物を丁寧に潰して鳥のための食事を整え与え続けた。
鳥は娘の手厚い看護を受けながら、三日三晩眠り続けた。
そして四日目の夜、娘が鳥の様子を見にいくと弱っていたはずの鳥は起き上がっていた。
その時、驚く娘の頭の中に声が響き渡った。
〔賢く心優しい娘よ。私の大事な〝神宣鳳〟を救ってくれてありがとう。
これは私の言葉を大事な人々に届けるための依代として、地に遣わされた神獣である〕
その言葉とともに、灰色にくすんでいたはずの鳥の羽は徐々に光を帯び始め、美しく光り輝き始めた。
〔この礼に、そなたの望みを叶えよう。なんなりというが良い〕
どんなものでも与えると言う神に娘が願ったのは、もっと質の良い材料でいい布を作り、祖母に楽をさせたいというものだった。
娘の心の美しさに感心した神は、娘にこの地に住む動植物から採ることのできる珍しい素材とその採取方法の詳細を授け、いくつかの貴重な生物の在り処も授けた。
〔これらのものから織られる布のいくつかは、他では決して作ることのできないこの地の仕事となろう。
これから、心やさしきお前の住むこの地は私が守護する。安心して励むが良い。
そして、このことを忘れぬ限り、この地の織り物を未来永劫絶えぬように導こう〕
〝神宣鳳〟は、その身から大きな羽を一枚抜き取り、その金色の羽を娘に渡した。
不思議なことに、灰色だったはずの羽は、今は抜いてもその輝きを失わず光り輝いていた。
そして、ゆっくりとその美しく輝く羽を広げ、一声高く鳴いて天高く舞い上がり、天へと戻っていった。
やがて娘の作り出す不思議な布は評判となり、娘は神の尊き御心とその技術を伝えていった。
これが〝布の都〟の起源。
娘の名は、沼で泥にまみれながら引き抜いた葦で布を織る娘〝ヌノビキ〟と言った。
やがてヌノビキの名は国中に広がり、多くの弟子を持つこととなった。
彼女によってもたらされた新しい布の製法は、この街に新しい産業の礎を築き、遂には〝生き神さま〟とまで呼ばれるようになる。
そして、彼女と彼女に恩寵を与えた神を讃える〝ヌノビキ大社〟が建立された。その最初の巫女となった〝ヌノビキヒメ〟は〝神宣鳳〟から賜った黄金の羽を織り込んで、奉納舞のための衣を作り上げた。
これが〝神の衣〟
それから毎年、〝神の衣〟にその年新たに作られた布をひと針ひと針心を込めて縫い込め、この季節の満月の日、娘は神に感謝の舞を捧げ続けた。
そして、いよいよ娘の命が尽きようとするその年、彼女が死を覚悟して舞終わると〝神宣鳳〟が頭上より現れた。
「また会えた……」
そう優しく語りかけながら、もう老境に差し掛かった〝ヌノビキヒメ〟が舞い降りてきた〝神宣鳳〟に触れた瞬間、彼女の姿は若さを取り戻し、そして〝神宣鳳〟と共に〝神の衣〟だけを残し忽然と消えたという。
その後、毎年選ばれた〝ヌノビキヒメ〟が、舞を捧げることとなり、今の祭りとなっている。
伝説では、彼女はこの地を守る大神の妻になったとも、天界の織姫になったとも伝えられている。
ラーヤさんが語ってくれたこの物語と絵からこの布に描くべき図案は決まった。
「最高の絵師に図案を書かせます。期待してくださいね、メイロードさま!」
私はにっこり笑って頷くと、もう一度、頭上から美しく舞い降りてくる〝神宣鳳〟と見つめ合う優しい表情の女性の絵に目を落とした。
なんとなく〝ヌノビキヒメ〟にシンパシーを感じながら……
まだこの地がハーラーという国でさえなかったほど昔。
土地は貧しく、漁場を巡り争いの絶えない漁業と痩せた農地での収穫しか産業のなかった時代。
政治は混沌とし安定しない土地で、戦の中、親を失い、年老いた祖母とふたり、食べるものにも事欠く暮らしをする娘があった。
娘には、もう身体の利かぬ祖母から教わった機織の技術はあったが、使える材料は限られ、一生懸命織り上げても、高く買い取ってもらえるような高品質な織物は作ることが叶わなかった。
それでも娘は鋭い葉に手を傷つけながら沼地の植物から繊維を取り、それを織ることでなんとか生計を立てていた。
ある日、娘が山で染色に使う植物を探していると、突然、目の前に一羽のみすぼらしい灰色の鳥が天から落ちてきた。
鳥は羽に矢を受けたらしく、バタバタと苦しげに羽ばたいていた。
目の前で徐々に弱っていくその鳥の姿を気の毒に思った娘は、身に付けていた粗末な服を切り裂き、血止めの効果のある野草を探して包むと、手近な木の枝を鉈で整え添え木にして大きな鳥の羽に巻きつけた。
そして、もういまはぐったりと首を垂れたままの鳥を、羽を射抜いた者に見つからぬよう草花を積むために持ってきた大きな背負い籠に入れ、そっと家へと運んだ。
幸い子供の頃に小鳥を育てたことがあった娘は、手早く鳥のための草の寝床を作り、自分の食べる分の木の実や穀物を丁寧に潰して鳥のための食事を整え与え続けた。
鳥は娘の手厚い看護を受けながら、三日三晩眠り続けた。
そして四日目の夜、娘が鳥の様子を見にいくと弱っていたはずの鳥は起き上がっていた。
その時、驚く娘の頭の中に声が響き渡った。
〔賢く心優しい娘よ。私の大事な〝神宣鳳〟を救ってくれてありがとう。
これは私の言葉を大事な人々に届けるための依代として、地に遣わされた神獣である〕
その言葉とともに、灰色にくすんでいたはずの鳥の羽は徐々に光を帯び始め、美しく光り輝き始めた。
〔この礼に、そなたの望みを叶えよう。なんなりというが良い〕
どんなものでも与えると言う神に娘が願ったのは、もっと質の良い材料でいい布を作り、祖母に楽をさせたいというものだった。
娘の心の美しさに感心した神は、娘にこの地に住む動植物から採ることのできる珍しい素材とその採取方法の詳細を授け、いくつかの貴重な生物の在り処も授けた。
〔これらのものから織られる布のいくつかは、他では決して作ることのできないこの地の仕事となろう。
これから、心やさしきお前の住むこの地は私が守護する。安心して励むが良い。
そして、このことを忘れぬ限り、この地の織り物を未来永劫絶えぬように導こう〕
〝神宣鳳〟は、その身から大きな羽を一枚抜き取り、その金色の羽を娘に渡した。
不思議なことに、灰色だったはずの羽は、今は抜いてもその輝きを失わず光り輝いていた。
そして、ゆっくりとその美しく輝く羽を広げ、一声高く鳴いて天高く舞い上がり、天へと戻っていった。
やがて娘の作り出す不思議な布は評判となり、娘は神の尊き御心とその技術を伝えていった。
これが〝布の都〟の起源。
娘の名は、沼で泥にまみれながら引き抜いた葦で布を織る娘〝ヌノビキ〟と言った。
やがてヌノビキの名は国中に広がり、多くの弟子を持つこととなった。
彼女によってもたらされた新しい布の製法は、この街に新しい産業の礎を築き、遂には〝生き神さま〟とまで呼ばれるようになる。
そして、彼女と彼女に恩寵を与えた神を讃える〝ヌノビキ大社〟が建立された。その最初の巫女となった〝ヌノビキヒメ〟は〝神宣鳳〟から賜った黄金の羽を織り込んで、奉納舞のための衣を作り上げた。
これが〝神の衣〟
それから毎年、〝神の衣〟にその年新たに作られた布をひと針ひと針心を込めて縫い込め、この季節の満月の日、娘は神に感謝の舞を捧げ続けた。
そして、いよいよ娘の命が尽きようとするその年、彼女が死を覚悟して舞終わると〝神宣鳳〟が頭上より現れた。
「また会えた……」
そう優しく語りかけながら、もう老境に差し掛かった〝ヌノビキヒメ〟が舞い降りてきた〝神宣鳳〟に触れた瞬間、彼女の姿は若さを取り戻し、そして〝神宣鳳〟と共に〝神の衣〟だけを残し忽然と消えたという。
その後、毎年選ばれた〝ヌノビキヒメ〟が、舞を捧げることとなり、今の祭りとなっている。
伝説では、彼女はこの地を守る大神の妻になったとも、天界の織姫になったとも伝えられている。
ラーヤさんが語ってくれたこの物語と絵からこの布に描くべき図案は決まった。
「最高の絵師に図案を書かせます。期待してくださいね、メイロードさま!」
私はにっこり笑って頷くと、もう一度、頭上から美しく舞い降りてくる〝神宣鳳〟と見つめ合う優しい表情の女性の絵に目を落とした。
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