利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

280 ラーヤの本業

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280

ラーヤさんは、この老舗の当主であると共に〝コウダイ屋〟の広告塔、という二足のわらじを履いているそうだ。

ラーヤさんはどちらとしても超一流なので、商人の情報網と〝辻練り〟の情報網、どちらからもあらゆる情報が寄せられる事情通でもあり、いい話も悪い話も常に耳に入っている。

「この国、というか沿海州では、魔法を日常生活に使うということはまずありませんでした。沿海州では所謂イワユル魔法に当たるものは、神事に携わる方々の持つ特殊な力とされていますし、体質的に使える人が少ないですから……

ですが、ここ2-30年、徐々に〝魔法屋〟と呼ばれる人方々が、遥か遠方の国から仕事を求めてやってくるようになりました」

おそらくキルム王国から流れてきたのだろう彼らは、ハーラーにおいては特に得難い能力を持っていた。

洗濯では取り除けない汚れを取り除ける〝洗浄〟系の〝魔法屋〟は、驚くべき画期的な存在だったのだ。

この国の多くの人にとって、それは夢のような能力であったため〝魔法屋〟は非常に好意的に受け入れられ、その地位を急速に確立していったのだそうだ。
今では、店を持つまでになった有名〝魔法屋〟もあるのだという。

「ですが、最近、彼らの中に、服を汚させるよう、人を雇っている者があるという噂があるのです」

、とはどういうことですか?」

「ご覧の通り、この国の人たちは衣装を楽しむことに熱心です。
高価なものが多く流通しているだけでなく、何より着物を大切にしています。

ですが、どんなに素晴らしく大事な着物にも汚れはつきもの、落ちずに着られなくなることも多い。

それが〝魔法屋〟の登場で、状況が変わり、汚れの多くは取り除けるようになりました。

通常の洗濯に比べれば、非常に高価ですが、お気に入りの着物には代えられませんから……

そして、今、私達のような〝辻練り〟と呼ばれる高級素材の服を着た者たちが、着物を酷く汚される事件が多発しているのです」

それは、普通の洗濯では全く歯が立たないもので〝魔法屋〟に依頼しても難しいと言われ、それでも頼めば高額が請求される。
実際、この事件でつけられた汚れの除去率は半分程度、しかも高価な生地ほど落ちにくい。
高額な報酬を要求しながら完全ではない仕事をされたことで、最近では〝魔法屋〟と〝辻練り〟の関係が、かなりギクシャクしているのだという。

(まぁ、〝魔法屋〟としては、落ちようと落ちまいと魔法力は消費するから、料金は取るよね)

有名な〝辻練り〟の衣装を直したとなれば、その〝魔法屋〟には箔が付き、しかも高額の請求もできるため、彼らが名のある〝辻練り〟を狙うのは、ありえないことではないかもしれないが、どうも引っかかる。

「それで、私も狙われてしまいましてね……」

ラーヤさんが取り出したのは、先ほど見た〝アキツ瑠璃蔓草〟のランテル風のシャツ。

先ほど街頭で〝辻練り〟をしていた時には上着で隠していた右肩から背中にかけて、大きな青と灰色のシミがまだらに残っており、背中に美しく刺繍された屋号の糸と針の意匠にも、汚れが残ったままだ。

(これは、何とも無残ね……)

私も〝アキツ瑠璃蔓草〟の汚れが、魔法屋の手に余ることは、分かっている。
この繊維は、一見一本に見える繊維が何百もの極細の繊維からなっており、しかも天然のため択られ方も複雑で、一度入った汚れは、まず落ちる事がない。

「このシャツは、うちの初代がこの店で初めて販売した高級生地〝アキツ瑠璃蔓草〟を使い最高の職人技で仕上げた逸品なのですよ。言わばこの店の顔。
もし、彼らが仕掛けた騒動だとすれば、メンツを潰しておいて、今度は〝落とせませんでした〟じゃ、幾ら何でも間尺に合わない!」

ラーヤさんの怒りは分からなくはないが、逆に〝落とせなかった〟という評判が立てば、魔法屋にとっても打撃だろうし、そこまでする理由がわからない。

いや、例外が〝アキツ瑠璃蔓草〟だったと考えるべきかもしてない。
この特殊な布についてよく知らない、外の国から来た人間だから、これを汚すということの意味に気がつかなかったのかも……でなかったら、悪質極まりない。

「ラーヤさん、先ほども少しお話ししましたが、わたしの知り合いのイスの魔法屋〝貴方の魔法〟にお願いすれば、時間はかかるでしょうが、必ず綺麗にしてくれると思います」

「そうですか。時間がかかるのですね……」

ラーヤさんにとって、この服は大事なセレモニーのためのものでもあり、自身のトレードマークでもある。

「たとえ汚されても、これに変わるものはありません。なんとか早く綺麗にしたいんですが……そうですか……」

魔法の国から来た私なら、なにか知っているのではと、藁にもすがる思いだったのか、落胆ぶりがひどい。

(仕方ない……これも何かの縁だろう)

「あー、今日知り合ったばかりの子供に預けるのは不安だと思いますが、知り合いの魔法使いにこれから会いに行くので、もしよかったら持って行って、綺麗にできないか、聞いてみましょうか?」

ラーヤさんの顔が、ものすっごく明るく輝いた。

「是非!是非お願いしたい!正直、万策尽き果てていて、このままではもう着ることは難しいのです。
近々〝ヌノビキの祭り〟がございますので、それまでには何があっても着られる状態にしたいのでございます。

新しく作るには高価過ぎるだけじゃない、これはうちの宝なんです!
金額は問いません、これの光沢を取り戻して下さい。お願いです!!」

ラーヤさんという人は、不思議な人だ。

子供である私に頭を下げることも全く厭わないし、全く子供扱いもしない。
こうして、高価な服を預けることになる提案にも、頼むことに全く躊躇も見せない。

「どうして、私はそんなに信用されているんでしょう?」

早速、大事そうに着物を丁寧に包み始めたラーヤさんに聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
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