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2 海の国の聖人候補
261 タイチのおじさま
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261
「見えてきました!あそこに見える山の下に広がっているのがバンダッタです!」
心なしか弾んだ声で、タイチが指差す方向に、山に囲まれた大きな入江の港町バンダッタが見えてきた。
整備された立派な港に、大小様々な数多くの漁船。
穏やかに打ち寄せる波の音が心地よい、いかにも漁師の町らしい雰囲気だ。
だが悲しいかな、タイチが指し示した湾を取り囲む山は、広範囲に土の地肌に崖崩れらしき跡があり、美しい港町の景観を著しく損なっている。
脳内地図で確認したところ、バンダッタの港周辺以外この領地はほぼ山岳地帯。平野が少ないため点在する山間部の集落は小さく、人口も港周辺に集中しているようだ。
でも、私たちが降り立った、広い港には人の姿はほとんどない。もう遅い時間だからかもしれないが、灯りもなく閑散とした港湾周辺には領内の中心的な街の雰囲気は感じられず、確かに荒廃の影を見せている。
「おじを中心にした網元衆が、なんとか港が荒れないよう気を配っていますので、船はどれもいつでも漁に出られるように整備されています。でも、〝休眠地〟の勧告が出てしまってからは、徐々にこの町から離れる人も出始めていて、このままでは……」
努力しても、肝心の漁が再開できなければジリ貧なのは明らかだ。
今、この町の漁師たちは〝見切り時〟を探している。人が離れる前に手を打たなければ再生への道は更に遠のくだろう。
(これは急がないと……)
もう日も落ちてしまった。
朝の早いだろう漁師であるタイチのおじさまの家を訪問するには、とても不躾な時刻だが、今回は敢えて伺うことにし、タイチに連れて行ってもらう。
漁師たちが集まったりすることもあるのだろう漁師頭のお宅は、とても広い三和土を持つ大きな家だった。
「夜分遅くお訪ね致しまして申し訳ございません。お互いのために少しでもお話を先に進める必要があると思いましたので、ご無礼は承知でお伺い致しました」
玄関で、深々と頭を下げる私に、キョトンとしたタイチのおじさま一家。
やはりだいぶ痩せられてはいるようだが、それでも大きな躰のおじさまの後ろから、細っこい子供たちが不思議そうに覗いている。
1、2……8人!!しかも私より小さい子も半分ぐらいいそう。
(これはタイチが遠慮してしまうわけだわ)
私はソーヤを促して、バッグ風に細工した無限回廊直結扉から、大きなピクニック・バスケットを出してもらう。
出がけに《生産の陣》で作れるだけ作って詰め込んできたので結構な重量、私には重すぎて全く持てない。
「これは私が作ったサンドイッチとお菓子の詰め合わせ。よかったら食べてね」
大きなバスケットを子供たちの前に差し出す。お父さんが頷くのを確認した子供たちは、わっとバスケットに群がりみんなで引きずらないよう一生懸命運んで行った。
すぐ開けてみたのだろう。家の奥からは、すぐに楽しそうな嬌声が聞こえてきた。
おじさまは子供達の楽しげな声に、少し気が緩んだ様子でこう言った。
「気を遣わせてすまないな。まぁ、玄関で挨拶もなんだ。上がってくれ」
ーーー
タイチのおじさまヨシンさんは、頭を掻きながらリビングに案内してくれた。
背も高く背中の大きな人だ。浅黒くがっしりした大きな躰には、大小の傷がいくつも見える。海で闘う男の人らしい頼もしい雰囲気、多くの漁師を率いている人の風格も感じられる。
恐らくこんな時でなければ、もっと筋肉隆々で恰幅の良い人だと推測できる仕事に鍛えられた躰だ。
「子供じゃ酒も出せねーか。おい、何か飲むものはあるか!」
「あ、お気遣いなく持ってきてますので……」
バンダッタの困窮についてタイチからしっかり聞き取りをしていた私は、お茶や柑橘のジュースも大量に持ってきている。
「私がブレンドしたお茶とジュースです。ぜひ飲んでみてください。それにこちらは、ご当地の地酒です」
ソーヤが子供たちの食卓へジュースを運び、私は地酒をヨシンさんの前へ置く。ヨシンさんの頬が上がったのを私は、当然見逃さない。
(ここにも酒飲み発見!)
私は地酒に合う、港町の方が好きそうな塩辛とか貝の燻製などのつまみを手早く並べ、まずはヨシンさんと乾杯した。
(もちろん、私はジュースだ、チェッ)
面白がって子供達もジュースで乾杯している。とてもかわいい。
「あなたのことはタイチから聞いています。子供ながら立派な商人で、たまたま出会っただけで縁もゆかりもないタイチのために、交渉をしてくれ、身内を探してくれ、その上アキツまでの船の手配までしてくれたと。
あなたがいなければ、俺たちも、二度とタイチに会えなかったかもしれない。
本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるヨシンさん、横ではタイチも頭を下げている。
だが、そんな昔の話は今はどうでもいいのだ。
「今日伺ったのは、その話ではありません。単刀直入に言いますね。
私は多分この町を立て直す方法を知っています。
そのためにご協力頂きたく、訪問には失礼なお時間と知りながら伺わせて頂いたのです」
「なっ!!」
そう言ったきり、ヨシンさんはコップを落としたのにも気付かず、私の顔を目が点になったような表情で長いこと見ていた。
(ごめんなさい、ヨシンさん。気をしっかり持ってね!これからもっと驚かせちゃう、多分……)
「見えてきました!あそこに見える山の下に広がっているのがバンダッタです!」
心なしか弾んだ声で、タイチが指差す方向に、山に囲まれた大きな入江の港町バンダッタが見えてきた。
整備された立派な港に、大小様々な数多くの漁船。
穏やかに打ち寄せる波の音が心地よい、いかにも漁師の町らしい雰囲気だ。
だが悲しいかな、タイチが指し示した湾を取り囲む山は、広範囲に土の地肌に崖崩れらしき跡があり、美しい港町の景観を著しく損なっている。
脳内地図で確認したところ、バンダッタの港周辺以外この領地はほぼ山岳地帯。平野が少ないため点在する山間部の集落は小さく、人口も港周辺に集中しているようだ。
でも、私たちが降り立った、広い港には人の姿はほとんどない。もう遅い時間だからかもしれないが、灯りもなく閑散とした港湾周辺には領内の中心的な街の雰囲気は感じられず、確かに荒廃の影を見せている。
「おじを中心にした網元衆が、なんとか港が荒れないよう気を配っていますので、船はどれもいつでも漁に出られるように整備されています。でも、〝休眠地〟の勧告が出てしまってからは、徐々にこの町から離れる人も出始めていて、このままでは……」
努力しても、肝心の漁が再開できなければジリ貧なのは明らかだ。
今、この町の漁師たちは〝見切り時〟を探している。人が離れる前に手を打たなければ再生への道は更に遠のくだろう。
(これは急がないと……)
もう日も落ちてしまった。
朝の早いだろう漁師であるタイチのおじさまの家を訪問するには、とても不躾な時刻だが、今回は敢えて伺うことにし、タイチに連れて行ってもらう。
漁師たちが集まったりすることもあるのだろう漁師頭のお宅は、とても広い三和土を持つ大きな家だった。
「夜分遅くお訪ね致しまして申し訳ございません。お互いのために少しでもお話を先に進める必要があると思いましたので、ご無礼は承知でお伺い致しました」
玄関で、深々と頭を下げる私に、キョトンとしたタイチのおじさま一家。
やはりだいぶ痩せられてはいるようだが、それでも大きな躰のおじさまの後ろから、細っこい子供たちが不思議そうに覗いている。
1、2……8人!!しかも私より小さい子も半分ぐらいいそう。
(これはタイチが遠慮してしまうわけだわ)
私はソーヤを促して、バッグ風に細工した無限回廊直結扉から、大きなピクニック・バスケットを出してもらう。
出がけに《生産の陣》で作れるだけ作って詰め込んできたので結構な重量、私には重すぎて全く持てない。
「これは私が作ったサンドイッチとお菓子の詰め合わせ。よかったら食べてね」
大きなバスケットを子供たちの前に差し出す。お父さんが頷くのを確認した子供たちは、わっとバスケットに群がりみんなで引きずらないよう一生懸命運んで行った。
すぐ開けてみたのだろう。家の奥からは、すぐに楽しそうな嬌声が聞こえてきた。
おじさまは子供達の楽しげな声に、少し気が緩んだ様子でこう言った。
「気を遣わせてすまないな。まぁ、玄関で挨拶もなんだ。上がってくれ」
ーーー
タイチのおじさまヨシンさんは、頭を掻きながらリビングに案内してくれた。
背も高く背中の大きな人だ。浅黒くがっしりした大きな躰には、大小の傷がいくつも見える。海で闘う男の人らしい頼もしい雰囲気、多くの漁師を率いている人の風格も感じられる。
恐らくこんな時でなければ、もっと筋肉隆々で恰幅の良い人だと推測できる仕事に鍛えられた躰だ。
「子供じゃ酒も出せねーか。おい、何か飲むものはあるか!」
「あ、お気遣いなく持ってきてますので……」
バンダッタの困窮についてタイチからしっかり聞き取りをしていた私は、お茶や柑橘のジュースも大量に持ってきている。
「私がブレンドしたお茶とジュースです。ぜひ飲んでみてください。それにこちらは、ご当地の地酒です」
ソーヤが子供たちの食卓へジュースを運び、私は地酒をヨシンさんの前へ置く。ヨシンさんの頬が上がったのを私は、当然見逃さない。
(ここにも酒飲み発見!)
私は地酒に合う、港町の方が好きそうな塩辛とか貝の燻製などのつまみを手早く並べ、まずはヨシンさんと乾杯した。
(もちろん、私はジュースだ、チェッ)
面白がって子供達もジュースで乾杯している。とてもかわいい。
「あなたのことはタイチから聞いています。子供ながら立派な商人で、たまたま出会っただけで縁もゆかりもないタイチのために、交渉をしてくれ、身内を探してくれ、その上アキツまでの船の手配までしてくれたと。
あなたがいなければ、俺たちも、二度とタイチに会えなかったかもしれない。
本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるヨシンさん、横ではタイチも頭を下げている。
だが、そんな昔の話は今はどうでもいいのだ。
「今日伺ったのは、その話ではありません。単刀直入に言いますね。
私は多分この町を立て直す方法を知っています。
そのためにご協力頂きたく、訪問には失礼なお時間と知りながら伺わせて頂いたのです」
「なっ!!」
そう言ったきり、ヨシンさんはコップを落としたのにも気付かず、私の顔を目が点になったような表情で長いこと見ていた。
(ごめんなさい、ヨシンさん。気をしっかり持ってね!これからもっと驚かせちゃう、多分……)
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