上 下
72 / 823
2 海の国の聖人候補

261 タイチのおじさま

しおりを挟む
261

「見えてきました!あそこに見える山の下に広がっているのがバンダッタです!」

心なしか弾んだ声で、タイチが指差す方向に、山に囲まれた大きな入江の港町バンダッタが見えてきた。

整備された立派な港に、大小様々な数多くの漁船。
穏やかに打ち寄せる波の音が心地よい、いかにも漁師の町らしい雰囲気だ。

だが悲しいかな、タイチが指し示した湾を取り囲む山は、広範囲に土の地肌に崖崩れらしき跡があり、美しい港町の景観を著しく損なっている。

脳内地図で確認したところ、バンダッタの港周辺以外この領地はほぼ山岳地帯。平野が少ないため点在する山間部の集落は小さく、人口も港周辺に集中しているようだ。

でも、私たちが降り立った、広い港には人の姿はほとんどない。もう遅い時間だからかもしれないが、灯りもなく閑散とした港湾周辺には領内の中心的な街の雰囲気は感じられず、確かに荒廃の影を見せている。

「おじを中心にした網元衆が、なんとか港が荒れないよう気を配っていますので、船はどれもいつでも漁に出られるように整備されています。でも、〝休眠地〟の勧告が出てしまってからは、徐々にこの町から離れる人も出始めていて、このままでは……」

努力しても、肝心の漁が再開できなければジリ貧なのは明らかだ。

今、この町の漁師たちは〝見切り時〟を探している。人が離れる前に手を打たなければ再生への道は更に遠のくだろう。

(これは急がないと……)

もう日も落ちてしまった。

朝の早いだろう漁師であるタイチのおじさまの家を訪問するには、とても不躾な時刻だが、今回は敢えて伺うことにし、タイチに連れて行ってもらう。

漁師たちが集まったりすることもあるのだろう漁師頭のお宅は、とても広い三和土タタキを持つ大きな家だった。

「夜分遅くお訪ね致しまして申し訳ございません。お互いのために少しでもお話を先に進める必要があると思いましたので、ご無礼は承知でお伺い致しました」

玄関で、深々と頭を下げる私に、キョトンとしたタイチのおじさま一家。
やはりだいぶ痩せられてはいるようだが、それでも大きな躰のおじさまの後ろから、細っこい子供たちが不思議そうに覗いている。
1、2……8人!!しかも私より小さい子も半分ぐらいいそう。

(これはタイチが遠慮してしまうわけだわ)

私はソーヤを促して、バッグ風に細工した無限回廊直結扉から、大きなピクニック・バスケットを出してもらう。
出がけに《生産の陣》で作れるだけ作って詰め込んできたので結構な重量、私には重すぎて全く持てない。

「これは私が作ったサンドイッチとお菓子の詰め合わせ。よかったら食べてね」

大きなバスケットを子供たちの前に差し出す。お父さんが頷くのを確認した子供たちは、わっとバスケットに群がりみんなで引きずらないよう一生懸命運んで行った。

すぐ開けてみたのだろう。家の奥からは、すぐに楽しそうな嬌声が聞こえてきた。

おじさまは子供達の楽しげな声に、少し気が緩んだ様子でこう言った。

「気を遣わせてすまないな。まぁ、玄関で挨拶もなんだ。上がってくれ」

ーーー

タイチのおじさまヨシンさんは、頭を掻きながらリビングに案内してくれた。
背も高く背中の大きな人だ。浅黒くがっしりした大きな躰には、大小の傷がいくつも見える。海で闘う男の人らしい頼もしい雰囲気、多くの漁師を率いている人の風格も感じられる。

恐らくこんな時でなければ、もっと筋肉隆々で恰幅の良い人だと推測できる仕事に鍛えられた躰だ。

「子供じゃ酒も出せねーか。おい、何か飲むものはあるか!」

「あ、お気遣いなく持ってきてますので……」

バンダッタの困窮についてタイチからしっかり聞き取りをしていた私は、お茶や柑橘のジュースも大量に持ってきている。

「私がブレンドしたお茶とジュースです。ぜひ飲んでみてください。それにこちらは、ご当地の地酒です」

ソーヤが子供たちの食卓へジュースを運び、私は地酒をヨシンさんの前へ置く。ヨシンさんの頬が上がったのを私は、当然見逃さない。

(ここにも酒飲み発見!)

私は地酒に合う、港町の方が好きそうな塩辛とか貝の燻製などのつまみを手早く並べ、まずはヨシンさんと乾杯した。
(もちろん、私はジュースだ、チェッ)

面白がって子供達もジュースで乾杯している。とてもかわいい。

「あなたのことはタイチから聞いています。子供ながら立派な商人で、たまたま出会っただけで縁もゆかりもないタイチのために、交渉をしてくれ、身内を探してくれ、その上アキツまでの船の手配までしてくれたと。
あなたがいなければ、俺たちも、二度とタイチに会えなかったかもしれない。

本当にありがとうございました」

深々と頭を下げるヨシンさん、横ではタイチも頭を下げている。

だが、そんな昔の話は今はどうでもいいのだ。

「今日伺ったのは、その話ではありません。単刀直入に言いますね。

私は多分この町を立て直す方法を知っています。

そのためにご協力頂きたく、訪問には失礼なお時間と知りながら伺わせて頂いたのです」

「なっ!!」

そう言ったきり、ヨシンさんはコップを落としたのにも気付かず、私の顔を目が点になったような表情で長いこと見ていた。

(ごめんなさい、ヨシンさん。気をしっかり持ってね!これからもっと驚かせちゃう、多分……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【魅了の令嬢】婚約者を簒奪された私。父も兄も激怒し徹底抗戦。我が家は連戦連敗。でも大逆転。王太子殿下は土下座いたしました。そして私は……。

川嶋マサヒロ
恋愛
「僕たちの婚約を破棄しよう」 愛しき婚約者は無情にも、予測していた言葉を口にした。 伯爵令嬢のバシュラール・ディアーヌは婚約破棄を宣告されてしまう。 「あの女のせいです」 兄は怒り――。 「それほどの話であったのか……」 ――父は呆れた。 そして始まる貴族同士の駆け引き。 「ディアーヌの執務室だけど、引き払うように通達を出してくれ。彼女も今は、身の置き所がないだろうしね」 「我が家との取引を中止する? いつでも再開できるように、受け入れ体勢は維持するように」 「決闘か……、子供のころ以来だよ。ワクワクするなあ」 令嬢ディアーヌは、残酷な現実を覆せるのか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。