吸血乙女は葛藤する

コトイアオイ

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②悪役転生

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 私、リリス・ノーチェスは本当の意味で目覚めた。木から落ちたショックで、前世の記憶を取り戻したのだ。そこで気づいたのは、この世界が前世で空前の大ブームを巻き起こした伝説の乙女ゲーム、『赤薔薇の迷宮』だということ。


このゲームの特徴は、攻略キャラが人外だという点が特徴的で、イケメンキャラが吸血鬼という設定だ。当然吸血鬼と言えば、どこか退廃的で倒錯的、そして大人な世界を予想するだろう。ご安心ください、勿論そういうゲームですよ。年齢制限が付いてましたよ。


高校生でそのゲームやってたけど、何か?


懐かしいものよ、かつては授業が終わり次第、速攻帰宅してポチポチやってたわ。私の推しは、やはりユリウス・クラウディエだ。責任感が強く、剣の腕にも優れた美少年。しかし、彼は純粋で、多少のツンデレ要素がある。彼が慣れない吸血行為に赤面しているシーンなんぞ、それこそ吐血ものだった。


 そんな私の愛するユリウスが目の前に、というか、私の身体を抱き締めて心配そうに様子を窺っていた。この瞬間鼻血ぶしゃあしなかっただけ、私は頑張ったと思う。しかし、私の邪念と欲望渦巻く視線に気づいたのか、ユリウスは身体を離してしまった。ああん、私の嫁ー!


それにしても、ユリウスから随分と良い匂いがする。イケメンは周りの空気すら良い匂い漂わせてるのか、レベルたっけぇな。


匂いの元を辿っていたら、ユリウスの膝に私の視線はたどり着く。少年らしい半ズボンから覗く彼の膝には、たった先程負ったであろう傷がある。さらに、その傷からは今も尚、血が流れている。


え、何?イケメンの血は良い香りがするの?ゲームだから?え、でも、ゲームで匂い効果とかあったっけ…。


私はごくりと喉を鳴らしていた。それはまるで、獲物を見つけた捕食者のように。


吸血鬼が登場するゲームだから、そういう特別効果がついてるのかな。吸血鬼の中でも力の強い者の血は美味しいという設定だったが、それもヒロインには及ばない。ちなみに、ヒロインの血は吸血鬼皆を惹き付ける絶世の味となっている。

力の弱い吸血鬼とされるユリウスの場合、設定通りなら美味しいはずはない。それでも、リリスを惹き付けるのは何故か。それはひとえに私がユリウス推しであるからだろう。好きなキャラなら、何でも良いものに見える。


いや、ちょっと落ち着こう。ユリウスから聞いた話では、今の私は…リリス・ノーチェスという名前らしい。鏡がないので顔は確認しようがないものの、視界に入る長い黒髪に、その名前。



『ふふふ、貴方みたいな小娘の血が美味しいわけないじゃないの』

『ユリウスは私のものよ』

『貴方が現れなければ…!』

『私は悪くないわ、なのに何故こんな仕打ちを受けなくてはならないの!!』


私の頭の中で、流れるようにその瞬間瞬間の映像が蘇る。これは、前世の私がヒロインの目を通して見てきた、悪役の吸血鬼…。ヒロインと吸血鬼達との愛を邪魔する意地悪な美女、リリス・ノーチェスに他ならない。彼女は散々ヒロインを虐め抜いた結果、吸血鬼達の中では重い罰である焼身の刑を受ける。何も衣服を纏わず、太陽に晒されながら、じわじわとその身を焼かれるのだ。最後には灰となり、その存在はなかったことのように忘れ去られるという、かなり残酷な刑である。


 そこまで思い出した私は、一気に青ざめる。これ、ゲーム通りなら今後絶望しかないよ。ヒロイン出てきた時から、私の人生真っ逆さまだよね。人っていうより、吸血鬼に転生しちゃったみたいなんだけどさ。


まずい。非常にまずい。せっかく間近でイケメン堪能できるうひょー!とか思ってたのに、寄りにもよって何故リリスに転生したよ。道端の小石レベルのモブでいいのに。


「…くっ、運命が憎い!」


私の魂の叫びが静かな森に響いた。
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