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第1話 花畑にて

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 気付くとフラウラーゼは広い花畑に居た。

 見渡す限りの色とりどりの花々、カラフルなその様子はどこまでも広がっており、視界はそれらで埋め尽くされている。

 現実離れしたその情景を見て、一瞬天国に来たのかと錯覚してしまった

「わたくし、まだ夢の中にいるのかしら?」

 いつものように屋敷の温室で過ごし、花々に声をかけながら魔力を分け与えていた。

 元気のない花々が自分の粗末な魔力で少しでも力を取り戻せたらと、昔から慣習で行なっている。

 それを行なうと取り柄もない自分が役に立っているような気がして、自己満足ではあるけれど日課としているのだ。

 いつも通りそのような事をしていた時、急に視界が眩しくなったので、咄嗟に目を閉じたのは覚えている。

 光が収まり、再び目を開けた時には既に一面の花畑が広がっていた。

 突如現れたどこまでも続く広い光景に、フラウラーゼは驚き、瞬きを何回も行なってしまう。

「こんなにはっきりとした夢は初めてね」

 起きたつもりだけれどと小首を傾げ、思い返すように目を閉じた。

 動揺している様子は見受けられない。

(今朝のスープは美味しかったわ。暖かい季節にピッタリの冷製スープ、パンもふかふかで幸せだったわね)

 記憶を遡るうちに朝食の記憶に至り、その美味しさを思い出してうっとりしていると、後ろから声を掛けられた。

「すまない。急にこのようなところに連れてきてしまって」
 聞こえてきたのは聞きなれない、男性の声だ。

 振り返れば黄緑色の髪をした見慣れない服装をした男性がそこに立っていた。

 妙齢で背は自分よりも高い、切れ長の目は深い緑色だ。見た事のないデザインの服だけれど、シュッとしたスタイルに似合うものだ。

 生地も高価そうである。

「体調は悪くないか?」

 そう問われるが見覚えもない男性に何て言っていいかわからない。

(この方は誰かしら?)

 もしかしたら自分が忘れているだけかしら? とまじまじと見つめていると、男性は照れくさそうな顔をして俯いてしまう。

 もじもじとしているが、それよりも気になる事があった。

 彼の尖った耳、明らかに人間のものではない。

「体調は大丈夫ですが、あなたはどちらさまでしょうか」

 どうしても思い出すことが出来ないので知らない人だと判断し、フラウラーゼは意を決して、聞いてみる。

 突然の見知らぬ場所と見知らぬ人で、普通ならば警戒するべきなのだろうけれど、男性から悪意が感じられない事から、必要以上の警戒は要らなそうだと判断した。

 悪い人が体調がどうとか聞かないだろうし。

「我はその、植物を束ねる者だ」

(庭師? いいえ、まさかね)

 さすがにこのような庭師はいないだろう。

 尖った耳やこちらの体調を心配する様子から、彼がここに連れてきたのかもしれない。

(明らかに人間ではないわね、精霊かしら)

 魔物という考えも浮かぶが、それならばこんなまどろっこしい事はせずに食い殺されているだろう。

「精霊さん、という事でいいのでしょうか」

「そうだな。人間達にはそう呼ばれている」

 合っていてよかった。それならば耳が尖ってたり、このような不思議な力を持っててもおかしくはない。

 食い殺される心配がなくなりとりあえずホッとする。

「精霊さんがわたくしに何の用でしょうか? こういう風に呼び出される心当たりはないのですけど」

 フラウラーゼは精霊を今まで一度も見た事はないし、こうして話をしたこともない。

 なぜこうして声を掛けられたのか、そしてどうして見知らぬところに連れてこられたのか、不思議に思う。

 不興を買ったのではないと思うけれど。

「急に連れてきてしまった事は本当に申し訳ない。そなたとは一度話してみたかったのだ。とても花が好きだと聞いてな」

「そうですね、とても好きです。綺麗で一生懸命で、彼らを見てるととても和みます」

 それは本心だ。笑顔で話すフラウラーゼを見て、男性は破顔する。

「我らも懸命に生きているのでそう言われると嬉しい。今日はそなたにお礼を伝えようとも思ったのだ」

「お礼、ですか?」

「あぁ。いつも貴重な魔力を見返りもなく渡してくれていると聞く。力の弱い者たちには喜ばしい事だ。そのもの達に代わって礼をしたくて」

 それがこんなところに呼び出した理由なのかと驚いた。

「お礼なんてそんな……わたくしは美しく咲く花が見たいという、我儘で行なったのです。充分に見返りを貰ってますよ」

 大した事をしていないのにそんな事を言われるとは寧ろ恐縮だ。

 ひと一人をこんな所に連れて来られるという事は、この精霊はだいぶ力の強い者だと推測される。

 そんな人? にこのような事を言われる謂れはないのに。

「いや、それではこちらの気が済まない。だからこれを」

「あ、あの?」

 躊躇うフラウラーゼに男は半ば強引に渡してくる。

 持たされたのは緑色の宝石を用いたブローチだ。

「あの、さすがに見知らぬ殿方から、このようなものは受け取れません」

「そう言わずに。これはただの装飾品ではない。それに触れて我の名を呼べばいつでも駆けつけ、助けると約束しよう。どんな時でも力を貸すからな」

 早口で捲し立てられ、フラウラーゼは戸惑った。

 心なしか男性の顔が真っ赤になっている。

「あの、あなたは……」

「それではフラウラーゼ、また会おう」

 耳まで赤くなった男性が手を翳すと、またフラウラーゼの視界は大量の光で白く染まる。

 眩しさで目を開けていられなくなった。

 再び目を開けると元の場所、自分の屋敷の温室に戻っていた。

「夢、ではないのね」

 手の中にあるブローチを握りながらフラウラーゼは困ったように眉を顰めた。

「あの人の名前、何て言うのかしら?」




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