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第1話 黒獅子のお気に入り
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「戦況はどうだ?」
攻め入ってきた相手の様子を聞く。
「恐ろしい数ですね、まともにやれば勝てないでしょう」
男はそれを聞いてため息をつく。
黒髪をした大柄な男性、顔には大きな傷が走っている。
彼はこの隊の隊長だ。魔石のついた大剣に手を添え、ヴェイツは考える。
「俺が出てもいいが……エイシャスに頼むか」
大多数を殲滅するのに向いているエイシャスは、このような時にとても頼りになる。
ヴェイツ自身はあまり力を使わせたくないが、周囲の期待は大きい。
彼女を呼んできてくれと側近に頼むと、ぼそりと呟いた。
「彼女にこれ以上人を殺させたくはないんだがな」
その頃彼女は一人、陣営の中を歩いていた。
「将軍の人形」
それが皆が抱く彼女への評価だ。
長い白髪を結いもせず下ろしており、きれいな美貌は感情を露わにしない。
鎧もマントも身につけず、さすがにドレスではないが、およそ戦いに向くような服ではない。
男だらけのこの陣営を無防備に歩いている為、周囲の目を引きつけている。
スラリとした手足に均斉の取れた顔と体は女性らしさが際立っていた。
戦で昂ぶっている者が多い中、武器を持たない彼女はとても危うい。
誰かに襲われてもおかしくないだろう。
「エイシャス様」
そんな中で呼び止めたのは、ヴェイツの側近のウォンだ。
「ヴェイツ様がお呼びです、お戻りください」
「わかったわ」
軽い足取りでウォンの隣に並ぶ。
美丈夫であるウォンとエイシャスはとてもお似合いだ。別な意味で目を引いている。
「何故あのような目立つ真似を?」
「囮よ。だって困ってる人がいるのでしょ?」
ちらりと色っぽい目を向けられ、苦笑する。
「まぁそうですね。困ってる者は多数おります。ですが、エイシャス様自らが相手されることはないのですよ」
男だらけの陣営だが、すくなからず女性もいる。
それ故に起こる悩みだ。
「あら、あなたが言ったわ。解決したらきっとヴェイツ様はお喜びになると。あの方の役に立つならば、何でもするつもりなのだけど」
にこりと微笑むその笑顔はとてもつくりものめいている。
仕草も洗練されていて、足取りも優雅だ。
(こうして見ると本当に貴族令嬢みたいだ)
ドレスを着て、髪を結い上げればそうなるだろう。
だが、彼女は平民、しかも孤児だ。
たまたまヴェイツが助け、色々な事を教え、ここまで育った。
そしてら望まずとも才覚を現してしまった。
人を殺す才覚だ。
「来たかエイシャス」
「ヴェイツ様!」
まるで恋する乙女のように顔を赤らめ、嬉しそうな声を上げる。
「またテントを抜け出していたか。外に出るなとあれ程言っただろう」
「だって、退屈なんですもの」
そうむくれて言うと、ヴェイツの腕に擦り寄り、体を寄せる。
「何の御用でしょう、私ヴェイツ様の為なら何でもします」
胸元をはだけさせ、上目遣いでヴェイツを見るが、ヴェイツは怖い顔を更に怖くさせていた。
「そういう事はしなくていい。それより、敵の軍勢がおおよそ把握できたようだ」
エイシャスは残念そうにしながらもヴェイツに体を預けるのは止めない。
「山岳地帯を挟んでお互いどう出るかを探っているところだ。今のところ向こうが攻め入る気配はないようだから、こちらから攻め入ろうと思う。エイシャスの力を借りることは出来るか」
「何でもします、ヴェイツ様が望むなら」
にこにこしながら言うエイシャスに心が痛い。
自分に拾われてしまったためにこの少女はこのような事をせざるを得なくなってしまった。
いわばヴェイツのせいで人殺しをさせられているのに、それを微塵も感じさせない。
「いつも、すまない」
「いいえ、いいのです」
ヴェイツの逞しい胸に頬を寄せ、エイシャスは気持ちよさそうに目を瞑る。
「いちゃつくのはそこまでにしてくれません?」
一緒に来たウォンの事など忘れていた。
「故郷に帰れば恋人がいるんだからいいでしょ?」
「それでも目に毒ですよ、僕だって早くアイシャに会いたい」
ウォンはため息をついた。
ヴェイツはエイシャスの髪を撫でながら耳元で囁く。
「三日後に決行する。それまで余計なことに力を使うんじゃないぞ」
「はい」
ヴェイツの渋い声を聞きながら、エイシャスはうっとりとした顔になった。
攻め入ってきた相手の様子を聞く。
「恐ろしい数ですね、まともにやれば勝てないでしょう」
男はそれを聞いてため息をつく。
黒髪をした大柄な男性、顔には大きな傷が走っている。
彼はこの隊の隊長だ。魔石のついた大剣に手を添え、ヴェイツは考える。
「俺が出てもいいが……エイシャスに頼むか」
大多数を殲滅するのに向いているエイシャスは、このような時にとても頼りになる。
ヴェイツ自身はあまり力を使わせたくないが、周囲の期待は大きい。
彼女を呼んできてくれと側近に頼むと、ぼそりと呟いた。
「彼女にこれ以上人を殺させたくはないんだがな」
その頃彼女は一人、陣営の中を歩いていた。
「将軍の人形」
それが皆が抱く彼女への評価だ。
長い白髪を結いもせず下ろしており、きれいな美貌は感情を露わにしない。
鎧もマントも身につけず、さすがにドレスではないが、およそ戦いに向くような服ではない。
男だらけのこの陣営を無防備に歩いている為、周囲の目を引きつけている。
スラリとした手足に均斉の取れた顔と体は女性らしさが際立っていた。
戦で昂ぶっている者が多い中、武器を持たない彼女はとても危うい。
誰かに襲われてもおかしくないだろう。
「エイシャス様」
そんな中で呼び止めたのは、ヴェイツの側近のウォンだ。
「ヴェイツ様がお呼びです、お戻りください」
「わかったわ」
軽い足取りでウォンの隣に並ぶ。
美丈夫であるウォンとエイシャスはとてもお似合いだ。別な意味で目を引いている。
「何故あのような目立つ真似を?」
「囮よ。だって困ってる人がいるのでしょ?」
ちらりと色っぽい目を向けられ、苦笑する。
「まぁそうですね。困ってる者は多数おります。ですが、エイシャス様自らが相手されることはないのですよ」
男だらけの陣営だが、すくなからず女性もいる。
それ故に起こる悩みだ。
「あら、あなたが言ったわ。解決したらきっとヴェイツ様はお喜びになると。あの方の役に立つならば、何でもするつもりなのだけど」
にこりと微笑むその笑顔はとてもつくりものめいている。
仕草も洗練されていて、足取りも優雅だ。
(こうして見ると本当に貴族令嬢みたいだ)
ドレスを着て、髪を結い上げればそうなるだろう。
だが、彼女は平民、しかも孤児だ。
たまたまヴェイツが助け、色々な事を教え、ここまで育った。
そしてら望まずとも才覚を現してしまった。
人を殺す才覚だ。
「来たかエイシャス」
「ヴェイツ様!」
まるで恋する乙女のように顔を赤らめ、嬉しそうな声を上げる。
「またテントを抜け出していたか。外に出るなとあれ程言っただろう」
「だって、退屈なんですもの」
そうむくれて言うと、ヴェイツの腕に擦り寄り、体を寄せる。
「何の御用でしょう、私ヴェイツ様の為なら何でもします」
胸元をはだけさせ、上目遣いでヴェイツを見るが、ヴェイツは怖い顔を更に怖くさせていた。
「そういう事はしなくていい。それより、敵の軍勢がおおよそ把握できたようだ」
エイシャスは残念そうにしながらもヴェイツに体を預けるのは止めない。
「山岳地帯を挟んでお互いどう出るかを探っているところだ。今のところ向こうが攻め入る気配はないようだから、こちらから攻め入ろうと思う。エイシャスの力を借りることは出来るか」
「何でもします、ヴェイツ様が望むなら」
にこにこしながら言うエイシャスに心が痛い。
自分に拾われてしまったためにこの少女はこのような事をせざるを得なくなってしまった。
いわばヴェイツのせいで人殺しをさせられているのに、それを微塵も感じさせない。
「いつも、すまない」
「いいえ、いいのです」
ヴェイツの逞しい胸に頬を寄せ、エイシャスは気持ちよさそうに目を瞑る。
「いちゃつくのはそこまでにしてくれません?」
一緒に来たウォンの事など忘れていた。
「故郷に帰れば恋人がいるんだからいいでしょ?」
「それでも目に毒ですよ、僕だって早くアイシャに会いたい」
ウォンはため息をついた。
ヴェイツはエイシャスの髪を撫でながら耳元で囁く。
「三日後に決行する。それまで余計なことに力を使うんじゃないぞ」
「はい」
ヴェイツの渋い声を聞きながら、エイシャスはうっとりとした顔になった。
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